焼きもち
「あ、ナオフミちゃん、怪我はもう良いのかしら?」
今日できる事はクズに任せて、病み上がりの俺は傷が早く治る様、早めに休もうとした所でサディナが海岸からやってきた。
それにしても俺と顔を合わせると、どいつもこいつも傷の心配をするな。
自分では自覚が薄いが、傷は深かったのかもしれない。
まあ何日も瀕死になっていた訳だし、しょうがないか。
「まあな。所でどうしたんだ? 俺に何か用か?」
「戦争になるのでしょ? お姉さん、少しでも役に立てるようにLv上げに行ってたのよ」
「そうか」
海の中じゃサディナは優秀だからな。
それに戦争になれば、サディナは戦力として優秀だ。
何より人と戦った事がありそうだし、個人的な信頼度も高い。
「何Lvになったんだ?」
「95ね。お姉さんも未開の領域に足を踏み入れてる!」
「ああ、はいはい」
「と言う事でー」
サディナが俺にじゃれてきてラフタリアに聞こえないよう尋ねてきた。
何故態々ラフタリアを煽る様な事をするんだ?
元々コイツはこういう奴だけどさ。
「少しは迷いは晴れたかしら?」
「……少しはな」
「そう、ところで報告したい事があるのだけど」
「なんだ?」
「私の秘密基地のある島にちょっとね。ルーモ種の誰かもついでにお願い」
そう言えば……ラフちゃんがその方向だと言っていたな。
ちょっと気になる。
キャッスルプラントだったか。
あれが突然変異でもしていたら厄介だ。
一応調査しておくか。
「ラフー?」
「わかった。時間も無いし、案内しろ」
「じゃあナオフミちゃん」
チラッとサディナはラフタリアの方へ視線を向け、俺に合図する。
「これからお姉さんとデートしましょう」
ちなみにもう真っ暗だ。
ラフタリアにはサディナとの会話は殆ど聞かれてない。
誤解を招くような事を……。
「何処へ行くつもりですか!」
「やーん。お姉さんに何言わせるの、ラフタリアちゃん」
「ナオフミ様!」
ふむ……ラフタリアがこう言う態度を取るのは焼きもち……なんだよな。
そう思うと可愛いと感じてしまうから不思議だ。
まあ、元々ラフタリアは美少女で可愛いとは思うけど、それとはまた別ベクトルの意味でだ。
少しからかいたくなるのは俺が子供だからだな。
「そうだな、じゃあついでにイミアが来ないか頼んでみるか」
それとなく、サディナに乗りながら話を続ける。
……なんとなく、このノリは懐かしい気がするな。
この世界に来る前の俺はこんな感じで、誰かがふざけたらそれに便乗していた気がする。
今考えるとちょっとチャライな。
ははっ……元康の事を笑えないな。
「ナオフミ様!?」
「どうした?」
「いえ……サディナ姉さんと何処へ行くつもりですか!」
どう答えたら良いものか。
昔の俺だったら首を傾げながら島と答えるだろうな。
だが、今はもう、ラフタリアの気持ちもある程度はわかっている。
少し余裕が出来た事をアピールしてみるか。
「サディナとデートだろ?」
「あら? お姉さんとデートしながらイミアちゃんも一緒に?」
「ああ、ついでにラフちゃんを連れていくか」
「あらー、じゃあイミアちゃんも交えて肉欲の宴ね」
サディナの悪乗りが果てしないな。
ガシッとラフタリアは俺の肩を掴んで殺気を放つ笑顔を向けてくる。
やはり矢面は俺なのか。
「ナオフミ様? 少々お話が」
「そうは言うがなー……」
こう言う女心がわからない訳じゃない。
ラフタリアが焼きもちを焼いているとなると、色々と試したくもなる。
些か外道な気持ちになるけどさ。
「ラフタリア」
「なんでしょう?」
「お前は……世界が平和になった時、どうする?」
「どうするとは?」
「イヤな、俺が生死の境を彷徨った時、アトラと、盾の精霊って奴に会ったんだ」
俺は意識が戻る前の出来事をラフタリア達に掻い摘んで説明した。
特にこの世界に残留した理由とかは恥ずかしいので、かなり伏せている。
「で、元の世界に帰る時、この世界の人も連れていけるかもしれないらしいんだ」
「そ、そうなのですか」
ラフタリアの目が泳いでいる。
やはりそうか。
勇者の伝説に関してよく知らないが、元の世界に帰った勇者も居たのだろう。
俺がその例に漏れず、帰ろうとしたその時、ついてこようと考えていたんだろうな。
「だからラフタリア。お前は、どうしたいんだ?」
「あらー……」
サディナの奴、なんか思いっきり目が笑っている。
楽しげだ。
昔の俺だったら苛立ったな、絶対。
「えっと……その……」
「この世界に残って、村で平穏無事に過ごすか?」
「……」
「それとも俺と一緒に俺の世界へ来て、慣れない異世界で過ごすか? それを聞きたくてな」
「ナオフミちゃんは帰る選択しかないのね」
「まあな。帰れたのに残ったのは後味が悪過ぎるからだしな」
「私は……」
ラフタリアは胸に手を当てて一歩前に出る。
「私はナオフミ様といつまでもご一緒したいと思っています」
「……そうか」
勇気を振り絞って宣言したラフタリアは誇らしそうにしている。
「わかった」
「はい」
「じゃあラフタリアはサディナとの件に口を挟む事は出来ないな」
「……は?」
「だってそうだろ? ラフタリア、この世界の婚姻許可される年齢は?」
「はい?」
「サディナ、知っているか?」
「親が自立を認めたらその時から大人の扱いで可能ね。国によって変わってくるでしょうけど、ナオフミちゃんはこの村の掟はどう思っているの?」
「前は恋愛禁止だったが、今はある程度なら許可しようと思っている」
「あら、丸くなったのね」
「それでラフタリア」
「は、はい!」
「俺の世界じゃ男は18歳、女は16歳からだ。俺の世界に来るんだったらそれは頭に入れておかないと、俺が犯罪者として捕まる」
「はぁ……?」
どうもしっくりこないみたいだな。
世界の認識なんてこんな物なんだろうが、俺も最初の頃は苦労した。
もしもラフタリアが俺の世界に付いて来たら、こんな事は腐る程経験する事になる。
それの練習とでも考えておくか。
「俺も元の世界じゃ勇者じゃなくて一般人だからなぁ。生活だって厳しいし、安定するまで随分苦労すると思う」
「な、ナオフミ様?」
「そんな場所で、未成年の女の子と結婚し家庭を築くのは難しいんだ」
ラフタリアの顔が青ざめて行くような気がする。
だがな、これは重要な事だぞ。
そもそも前提として、ラフタリアには戸籍が無いし、耳と尻尾をどうするんだ。
まさかずっと魔法で隠している訳にもいかないだろうし、かなり大変だと思う。
仮に盾が色々と融通を利かせてくれるとしても、ラフタリアの年齢を誤魔化すのはどうかと思うのだ。
生活もある程度は楽になるのが早いかもしれないけど。
「つまりだラフタリア。俺の世界で、ラフタリアと婚姻を結ぶにはラフタリアの年齢がハードルとなっているんだ」
「そ、そんな!」
言葉を失ったかのようにラフタリアは一歩下がる。
見た目、大人の美少女だけどラフタリアはまだ子供なんだ。
まあ、最初に会った時の年齢から逆算すれば五、六年は我慢だな。
それくらいなら、俺も待てるぞ。
学生服を着るラフタリアとか見てみたいしな。
それ位の事は盾が叶えてくれるだろう。
「だが、俺の世界に行く気が無い連中、この世界では既に大人の扱いなんだ。だからデートくらいはしても良いし、アトラの遺言もあるからな。少しくらい、好意に答えるべきだと俺も思う様になった。後の生活を考えると、女王が言っていた事じゃないが、悪い話じゃないだろ?」
勇者の子供を身篭っていたとなれば、最低限の生活は保障されるだろうし。
後の事を考えて、村の連中で俺の事が好きって奴には、考えておくべきなんだよな。
少しイヤだけど、前よりは不快感が無い。
「で、ですが……」
「と言う訳でナオフミちゃんはみんなの物よー。お姉さんとデートした後楽しい事しましょう」
「そんな、ナ、ナオフミ様ー!」
これくらいにしておくか。
ラフタリアが今にも泣きそうな顔で手を伸ばしているし。
「と言うのは冗談だ」
「……は?」
「サディナが秘密基地にしていた島で何か見つけたらしいから、イミアとラフちゃんを連れて行くだけだよ」
うん。モテ男の気持ちが少しわかったような気がする。
勇者勇者と自惚れていた元康や錬、樹の気持ちが理解出来た。
だけどラフタリアにそんな事をしても俺はあんまり楽しくないな。
いや、結構楽しんでたけどさ。
そりゃあ、村の連中の為に、そう言う事をしておいた方が、後で良い結果になるのかもしれない。
俺はラフタリアの頬を撫でる。
「ただ、ラフタリアも自覚してほしい。俺の世界ってのは正直、生きるのはとても大変なんだ。……違うな。この世界と比べれば生きるだけなら簡単だが、制度があって息が詰まる。勇者の大半がこの世界に永住したがるくらいにな。ラフタリアも後悔するかもしれないぞ?」
「……それでも、私はナオフミ様と共に居たいです」
「ああ。俺はこの世界に残るつもりは無いのは前にも言ったろ?」
まあ、残りたいような気もするけど、やはり元の世界に帰りたいと言う気持ちが強い。
傍にラフタリアが居てくれるのなら迷いなく元の世界に帰ると言う想いがある程に。
「はい。ナオフミ様の決心は理解しています」
「だからさ、村のみんなの事を俺は考えようと決めたんだ。その為にどうしたら良いかも、ラフタリアならわかるだろ? 今回は冗談だったけど」
「……はい。アトラさんの事でわかっていたつもりでしたけど」
「だから、少しは大目に見て欲しい。いずれ来るその時に備えてな」
「わかりました。ところで、私の年齢に問題があると言うのは本当なんですか?」
「そうだなぁ。その辺りは行ってみないとわからないな。盾が融通をしてくれるかもしれないし」
と、答えるとラフタリアは安堵したように胸を撫で下ろす。
「ラフタリア、気になるならついてくるか?」
「あら残念、終わったら楽しい事しましょうよ、ナオフミちゃん」
シッシと手でサディナを追い払いながらラフタリアに聞く。
「はい。ご一緒します」
「わかった」
座り込んでしまっていたラフタリアを立たせて、俺はイミアを呼ぶ。
そして海岸に停泊させていた小船へと歩き出した。
「ラフー?」
ラフちゃんを撫でつつ考える。
そういやコイツ、ラフタリアそっくりになれるんだよな。
色々と卑猥な事を俺は将来、ラフタリアとする様になるんだよなぁ。たぶん。
そう言うので、下手とか言われたらどうしようとか考えが頭を過る。
まあ、村の連中でー……経験するのか?
自分で言っておきながら恥ずかしくなってきた。
「ターリー?」
そう言う点で考えて、ラフタリアに限りなく同じラフちゃんは良い実験台になるぞ。
ラフタリアの弱い個所を――
「……ナオフミ様? ラフちゃんを撫でながら何を考えているのですか?」
ラフタリアが俺の肩を掴む。
何だろうその顔には影が掛っていて背筋が凍りつきそうになる。
「ラフゥ……」
ラフちゃんの方も頬に手を当てて恥ずかしそうに俯いた。
俺ってそんなに考えている事が顔に出るのか?
まあ、考えが外道だしな。怒られるのも無理は無い。
そんなこんなで島に辿り付いた。
相変わらず俺がおかしくしてしまったバイオプラントの残骸が目に痛いな。
正直、最初に来た時とは別物になってしまっている。
そんな島の丘だった場所にサディナは案内した。
「ここよ」
そこにあったのは、小さな穴……の様なのだけど、妙に深そうだ。
大きさは……。
「ラフー?」
そう、ラフちゃんがちょうど入るくらいで、深さは……暗くてよくわからない。
「ラフタリア」
「あ、はい」
ラフタリアが魔法で明かりを作りだし、穴に落とす。
……穴の中はある程度見えたが、それも途中までだ。
何処まで続いているんだ? この穴。
なるほど、ルーモ種の奴が必要と言う意味がわかった。
本来なら無視しても良いような問題だけど、ここがおかしくなった俺の研究所跡だと言う事も兼ねてか。
ここから変なクリーチャーが出現して暴れ出したら堪った物じゃない。
「ラフー?」
「イミア、少し潜って調べてくれないか」
「は、はい!」
イミアは俺の頼みに二つ返事で頷き、軽く魔法を詠唱する。
『力の根源足る私が命ずる。理を今一度読み解き、掘削する力を授けよ』
「アースブロウ!」
イミアの両手の爪に魔法の力が宿る。
「では行きますね」
イミアがガリガリと地面を掘削しだした。
「魔力を込める分だけ掘りやすくなるのです」
自慢げにイミアは掘って行く。
凄いな、土がプリンみたいに掘りだせる。
やはり餅は餅屋だな。モグラみたいな獣人のイミアに頼んで正解だった。
しばらく掘って行くと、イミアは穴から顔を出す。
「えっと、かなり深い所に何か埋まっているみたいです」
「持ってこれるか?」
「大きいので……ただ、元が植物だったみたいで既に枯れています」
「そうか」
バイオプラントで作られた物だったのか。
手掛かりは、無いのか?
「あ、でも魔力の核となっていた物らしき道具は持ってきました」
と、言ってイミアは石片を俺に手渡した。
これ……石板の欠片じゃないか?
ラトが石板に乗せていたのを思い出す。
「ありがとな」
土を払って立ちあがったイミアを褒める。するとイミアは照れ臭そうに自分の頭を撫でる。
「いえ、それほどでもありませんよ」
「イミアは、好きな人とか居るのか?」
「え? い、いえ……」
「そうか」
ま、村の連中にはこれからゆっくりと聞いて回るとするしかないな。
「ターリー?」
「お前は何処から来たんだ?」
ラフちゃんに再度尋ねる。
……穴を指差すなよ。ネタバレだろうが。
「今日はこんなもんか」
後数日で、戦争になる。
こんな事を……と思うかもしれないが、ラトに解析して貰うだけで何か発見があるかもしれないんだ。




