杖の勇者
「ぐ……」
目覚めと同時に激痛が走る。
「ナオフミ様!」
目を覚まし、体を起こした俺に、治療院の椅子で船を漕いでいたラフタリアは目を覚まして叫ぶ。
「大丈夫だ」
おそらく、盾が無いと会話が出来ないのかもしれないけれど、盾は……形としては存在しないが俺に力を貸している。
痛みを堪えて立ち上がる。
徐々に痛みが抜けて行くのを感じていた。
「錬達は会議中か?」
「はい。それで……あの後、私達は命からがら逃げ切りましたが、師匠が……」
「わかっている」
「ラフー」
ラフちゃんがベッドの下から出てきて俺に飛び乗る。
俺は撫でながら言葉を紡いだ。
「よしよし、お前のお陰なんだな」
「ナオフミ様?」
「意識が無い時も、武器を通じて周りを認識出来たんだ。ある程度は察知している。女王は……既に……だろ」
「……はい。フォーブレイから逃げ伸びた一昨日……治療の甲斐なく」
「ああ」
「今、メルティちゃんとフィーロが葬儀に参加しております」
「そうか……」
「これからどうしますか?」
「現存する最後の、目を閉じた七星勇者の目を開かせるんだよ」
国が総出になって行われた葬儀に、国民はみんな涙していた。
もちろん、それが本心であるかはわからない。
ただ、ここ半年の出来事の中で女王は大々的な改革を行った者だ。
それによって裕福になった者もいれば、困窮した者もいる。
そんな葬儀の後に……静かに眠る女王の棺の前で静かに佇む者が一人。
後方にはメルティが目を赤くしてフィーロと手を繋いでいた。
「メルティ」
「あ、ナオフミ!」
メルティが俺に向かって泣きながら駆け寄る。
「母上が……母上が!」
「すまない……守り切れなかった」
「ううん……良いの、ナオフミが命を賭けて守ろうとしてくれたってフィーロちゃんやラフタリアさん……沢山の人達が言ってたし、重症だったナオフミを私も見てる」
「それでも、守れなかった」
そう、守れなかったんだ。
女王は俺の為に尽力してくれた。
ウソは言わず、力を貸してくれていたし、国を動かして援助もしてくれていたのだ。
「メルティ。我慢しなくて良い。守れなかった俺を……憎んで良い」
「う、うぁああああああああああああああああああああああ!」
俺の言葉にメルティは大粒の涙を流しながらポコポコと殴りつける。
盾の加護が無いから痛い。
だけど、これは俺が受けなきゃいけない悲しみだ。
フィーロもメルティの涙に釣られて泣き始めてしまう。
しばらくの間、俺はメルティとフィーロを宥め続けた。
「ごめんなさい。ナオフミ」
「良いんだ。これで少しでも気が晴れるのなら」
「……ありがとう」
メルティは立ちあがって、教会を後にする。
「葬儀はもう良いのか?」
「母上との別れは既に済んでいるわ。今は、戦争に備えて準備をしておかないと」
「そうか……お前は強いな」
「フィーロちゃん!」
「うん!」
メルティはフィーロに乗って駆け出して行く、会議の場に出席するつもりなのだ。
「さて」
俺は女王の棺の前で一人佇む……クズに近付いた。
女王の死に顔は、綺麗なものだった。
今にも起きだしてしまいそうなくらいだとも思える。
クズは女王の亡き骸を静かに見つめている。
なんだかんだで愛していたのは、伝説の武器が見せた映像でわかっている。
クズは俺に気付いたが、それでも女王の方しか見ていない。
「……ワシを笑いに来たか? 大切なモノを何一つ守れない、愚かなワシを」
「いいや」
俺は女王の棺に花を添える。
ただ、それだけなのに、悲しい気持ちが溢れてくる。
女王は俺に力を貸し続けてくれた。
だからこそ、俺も女王の願いにある程度応えた。
本当なら、シルトヴェルトにでも渡ってこの国に戦争を嗾ける事だって出来たんだ。
だが、それも全て女王が力を注いでくれたお陰で、メルロマルクはシルトヴェルトと戦争をせずに済んでいる。
今ならわかる。
これがどれだけ難しい事だったのか。
国内の貴族、宗教は俺に対して執拗に嫌がらせを行ってきた。
きっと、俺の知らない所で様々な攻防があったのだと思う。
でなければ、あんなに毎日、国内の雑務に追われるはずもない。
それだけ頑張って、国の為に尽力し、世界の為にと行動したのに、これでは報われない。
何度も、それこそ何度も娘を矯正すべく、様々な事をしていたのだろう。
だが、それでも奴は心を入れ替えず、自分の欲望の為に平然と人を蹴落とし笑う事を繰り返した。
俺は女王が必死に、娘と夫の為に俺の機嫌を取ろうとしたのを理解している。
あの時、俺が娘と夫を殺せと世界中に風聞したら、今は無かっただろう。
その全ては無へと還った。
娘は女王の親心を足蹴にし、更には命を奪うにまで至ったのだ。
そんな娘の蛮行をクズはただ見ている事しか出来なかった。
「盾の勇者よ。国を任せた……ワシは戦えん」
俺はカッとなってクズの胸倉を掴む。
「お前の妻は俺に国を任せろと言ったのか!? お前の妻は、お前に何を伝えたかったのか、それさえもお前は理解しようとしないのか!」
クズは俺の問いに、一瞬だけ怒りを露わにする。
しかし、それもすぐに消え失せ、視線を逸らす。
「じゃあどうすれば良いのだ。ワシは……」
「そこで悲しんでいれば女王は生き返るのか? 祈っていればアトラは帰ってくるのか? 奇跡を願っていれば、世界が平和になるとでも言うつもりか!」
「うるさい! お前に……お前なんかに――」
クズは俺に向けて怒りを露わにして殴りかかる。
サッと避ける俺にクズは、怒りのぶつけどころを見つけたかのように睨みつけた。
「わからないとでも思っているのか?」
「……」
俺は……静かにアトラの事を想う。
盾の中で、俺に囁きかけてくれた少女は、既にこの世にはいないのだ。
俺達を守るために、その身を張って助けてくれた。
「俺はアトラの仇を討つ。ついでにお前の娘であるヴィッチを処刑するつもりだ。メルロマルクに害を成すだろうからな」
露骨な演技をしてやる。
精霊よ、それでダメだったら諦めてくれ。
「そうなったらメルロマルクは俺の物だ。いや、フォーブレイさえ俺の物となり、世界は俺の所有物と化す」
「なんじゃと!?」
「シルトヴェルトは盾の勇者を神と称える国だ。喜んで俺の配下に加わるだろう。メルロマルクは既に俺の物、次はフォーブレイ……世界の大国は手中に収まったような物じゃないか。ハハハ、新国家の設立だ」
「くっ……」
「そうなったらクズ。まずはお前を処刑してやろう。役立たずの勇者としてな。その次はメルティか? アイツは俺の事を良い奴だと誤解しているからな。きっと面白い物が見れるぞ? なんならお前の妻が望んだ様に性奴隷にでもしてやろうか?」
本人に聞かれたら殺されそうだな。
盾の無い今の俺じゃあメルティの魔法でもかなり痛いから、本人がいなくて良かった。
しかし、これだけ言えばクズだってキレるだろう。
「そんな真似はさせん!」
クズは怒りを露わにして俺に拳で殴りかかる。
俺は……静かにその拳を受けた。
クズのLvが幾つなのか知らない。
月日の流れで弱っているのとかその辺りは聞いていないから知らない。
ただ、盾が休眠している所為で口に血の味がした。
「ワシは……ワシこそがミレリアの愛したメルロマルクを守る! お前なんかに奪われてたまる物か!」
「……そうだ。それで良い。やれば出来るじゃないか」
「な……」
俺の返答にクズは絶句する。
「再度問う。お前の妻は俺に国を任せたと言ったのか? 違うだろう? お前に任せたんだ! 杖の勇者にして英知の賢王! お前が……何よりも愛した女の遺言を守れ!」
ハッとクズは目を大きく見開いて一歩下がる。
そして涙を拭う。
「そうじゃな……ワシの目が曇っていた。悲しみに、大切な者を守ると言う名の腐敗に身を任せ、盾……イワタニ殿に、過去の憎しみを押し付けてしまった」
キッと、クズは女王が来る前、俺と敵対していた時の様な覇気……いや、それ以上の何かを出して俺を見据える。
「妻はワシに国を任せた。ならワシがする事はその遺志を継ぐ事のみ。許してほしいとは言わん。だが、それでも我が国の為に戦ってくれないか? いや、戦ってください!」
クズは自ら土下座し、俺に頼み込む。
「頭を上げろ。何を今更……俺は、女王との約束を守るまでだ。そこから先は知らんがな」
女王は国を守るために力を貸してほしいと言った。
その為に、出来る限り援助はする、と。
死ぬまでその事を守った女王に、俺は命でもって返さねばならない。
フォーブレイに巣食うこの世のゴミ、真のクズを掃除する為に俺は戦わねばならない。
「上げませぬ! これまでイワタニ殿にしてきた事を思えば、決して許される事では無い。己の愚かさを、罪を……ワシは償い続けなければならぬ!」
「……そうだな。こんな事態になっても、お前にされた事を思えば、簡単には許せない……だが――」
錬、元康、樹が変われた様に、そして俺自身が変わった様に、誰でも変わっていける。
例え許されない事だったとしても、償う事はできる。
その機会の分位は女王からもらっている。
「お前はこれから変わるんだろう? ならば言葉ではなく、行動で示せ」
「わかりました」
「さあ、何をしている。今すぐにでも、この国の為に動け!」
「はい!」
クズが立ち上がり、キリッとした表情で敬礼する。
その言葉に応じるかのように、クズの前に光り輝く杖が出現した。
「これは……」
「やっと思いだしたか」
そう、杖の七星はこの時を待っていた。
目が曇り、腐っているクズ……いや、オルトクレイが目を覚ますのを。
クズは杖を握りしめる。
すると光が散り、七星が蘇った。
杖の精霊。
約束は守ったぞ。
「……行きましょう。イワタニ殿」
「ああ。英知の賢王」
「いえ、ワシは愛する者を守れなかった。そんな愚かなワシに相応しい名などクズ以外ありえません」
「…………」
「ワシはクズ。何もかもワシが招いてしまった事。これからもクズとお呼びください」
まるで別人だな。
自分で賢者を名乗る奴は碌な奴がいないと言うが、自分でクズを名乗る奴はどんな奴なんだろうな。
少なくとも、前者よりはマシだと信じよう。
「……わかった。クズ、作戦は任せたぞ。お前の頭の中にある英知の賢王の出涸らしに期待している」
「お任せを。最小限の犠牲で敵を屠って見せましょう」
俺達は女王の棺に背を向け、静かに……歩き出した。




