精霊
ここが何処なのか。
どうして俺は周りの出来事を察知できるのか、それを今、教えてくれる存在がやってきたのを理解する。
しかし、その姿に俺は言葉を失くした。
「アトラ……?」
「はい」
そこには死んだはずのアトラが、宙に浮く形で現れたのだ。
俺はアトラを……本物かどうかを確かめる為に、とりあえず抱き締めてみた。
「ああ……私は本望です……」
この反応は本物だ。
それにしても、コイツは死んでも変わらないな。
まあ俺の記憶が見せた幻想かもしれないけどさ。
「ここは、あの世とかそんな場所か?」
「尚文様にもっと抱き締めてもらいたいですわ」
「いいから話せ!」
魂だけで周りを確認していたとかそんな感じ。
見て聞いた感じじゃまだ生きているようだったが、脳死とかそんな感じだったのだろうか。
イヤだな。負けっぱなしなんて。
ここまでコテンパンにされたまま死ぬなんて勘弁願いたい。
しかし、俺は死んだら地獄に落ちると思っていたが、死の国はこんな風になっているのか。
さすがにこんな微妙な空間が天国って事はないだろう。
「ここが死者の国という問いですが、答えは率直に、違いますわ」
朗らかに、アトラは微笑んで答える。
なんだ。早とちりか。
天国でも地獄でもないって事は深層意識とか、伝説の武器が作り出した空間とか、そんな感じを想像する。
昔読んだマンガで、そういうシーンがあったからだ。
「そうか、アトラ、痛みとかは無いか?」
「ええ、痛くも痒くもありませんわ」
「それで、ここは何処なんだ?」
「言うなれば、尚文様の盾の世界……ではありませんね。伝説の武器の世界でしょうか」
「ほう……」
そういえば、さっき見えた光景はどれも勇者が居る場面に偏っているな。
錬、元康、樹、フォウル、リーシア、クズ。
皆、勇者として選定された奴等だ。
「あの鞭の七星勇者の所も見えるのか? 奪われてしまったが、奴が盾を持っている訳だし」
「ええ。ですが、盾は奪われておりませんよ」
「は? だって取られたのは確かじゃないか」
「あの程度の力で四聖を完全に物にする事など出来ません。精々表層程度、本来の性能を発揮できないそうですわ」
そう言ってアトラが手を掲げると鞭の……奴が悠々と戦場を眺めながらうすら笑いを浮かべている光景が映し出された。
ヴィッチと楽しげに何か話している。
その後、別の女と話している所でヴィッチが不快そうな、それでいて企んでいるような笑みがある。
なんとも腹立たしい光景だな。
「こちらは見る必要が無いかと思います」
「そうだな」
「で? なんで俺はこんな場所にいるんだ?」
「尚文様に力を貸してくださっている盾の精霊様にお招き願いました」
「ほう……あの呪われた盾が?」
「そうですわ。呪われた盾ですわ」
アトラの隣で光の玉が上下している。
これが盾の精霊か?
なんとも頼りない光だな。
俺の心が伝わったのか、動きが少し大きくなった。
「心外だと弁解していますわ」
「そうか。とりあえず一発殴らせろ」
アウェーに召喚させた報いを受けさせてやる。
スッと盾の精霊とやらはアトラの影に隠れる。
若干震えているような気がしなくもない。
女の後ろに隠れるとか……。
「お気持ちは十分承知いたします。ですが、この領域にまで来られた勇者様は初代以外では尚文様が初めてだそうです」
「ああ、そう。で、その盾の精霊が俺に何の用だ?」
「尚文様にご決断を問いたいと申しております」
辺りに盾の精霊と同じ光る玉が集まってくる。
おそらく、これが武器の精霊と言う奴だろう。
ひーふーみー……なんで十二個もある訳?
その中で色が違うのが盾の精霊を入れて四つ。
残りが八つ。
七星だったら一つ多いぞ。
「俺に?」
「はい。正直な話で言いますと、盾の精霊様は世界の行く末に関して、放棄という選択肢もあるのではないかと提案しております」
「……放棄?」
「はい。ですから報酬を前倒しで尚文様にお与えするかを尋ねに、こうして呼んだのです」
「報酬……」
「世界を無事救った。もしくは波を乗り越えた勇者に与えられる伝説の武器の褒美だそうです」
アトラは浮遊する光の声を何度も聞いてから、俺に話しだす。
世界を救った報酬、ね。
そういうのは最初に言ってほしいもんだな。
「まずは一つ目、元の世界に帰還する。この場合の報酬は元の世界で願いを三つ程、どんな物でも叶えられるという事です」
「何でも、ね」
「尚文様の世界では因果律、ですか? というのを弄ってある程度の事は出来るのだそうで……金持ちになるや、良い仕事を得て何不自由の無い一生を迎える事も出来るそうです。ただ、不老不死はさすがに出来ないと述べております」
「ほう……」
「ただ、途中離脱なので、そこまでの事はできないそうです。精々気に入った子を一緒に連れて行けるというところだとか」
「アトラ、お前は?」
「私は常に尚文様と共に居ますわ。なので含まれません。一緒に尚文様の世界へ付いていけます」
なんとも……報酬としては悪くない物だな。
実際俺は元の世界に帰りたい訳だし、これ以上の物はそう無い。
「ラフタリアさんを連れて尚文様は元の世界に帰り、戦いを忘れて平穏に生きる、というのが盾の精霊様の提案です。もちろん、ラフタリアさんがいても無理がないようにする事を約束するそうですよ」
「……何故ラフタリア?」
「違うのですか? と、盾の精霊様は尋ねていますよ」
「まあ……」
ラフタリアが俺の世界に来てくれて、ずっと……一緒に居てくれるのなら悪い選択じゃない気もする。
もちろんラフタリアの気持ちも大事だが、本人は俺の事を好きだと言ってくれた。
多少年齢差はあるが、見た目大人だし、盾の精霊とやらも無理が無い様にしてくれると言ってくれている。
うん、これまで頑張ってきた報酬としては本当に……悪くない。
「他の選択もお教えしましょう」
アトラが話を続ける。
「次に二つ目。この世界に残って、勇者として崇め称えられながら永住するという物です。これは歴代の勇者様方の多くが選んだ物だとか」
ま、俺は理解できないけど普通に勇者として活躍した奴ならわからなくもない。
実際、クソみたいな異世界の現実さえ知らずにいられれば、最高の待遇だしな。
「報酬じゃないような気がするが?」
「人々の為に戦い、自らの居場所を築き上げ、己の手で救った世界は、何よりも輝かしい報酬ではないかと述べています」
「誰が上手い事いえと言った!」
余裕あるな! この盾!
まったく……そんな綺麗事で納得できる程人間出来てないつーの……。
「三つ目は一度元の世界に帰りますが、またこの世界へ来る事の出来る権利ですわ」
「意味があるのか?」
「さあ……」
あー……でも、行き来出来たら良いよな。
元の世界でやる事を終えたら永住ってパターン。
わからなくもない。この世界は腐ってるからお断りだけどさ。
ふと、村の連中の笑顔が浮かぶ。
帰りたい気持ちはある。
だが――
「……聞きたい事が沢山ある」
盾の精霊はふわふわと浮いてアトラに意志を伝える。
「なんでしょうか?」
「今すぐなのか?」
「……ええ、そのようです。それ以外となるとタイミング的に難しく、まさしく世界が平和にならねば出来ないと申していますね」
ここで帰る事が出来る。
しかもラフタリアは連れていけるのか。
治療中の、意識の戻らない俺にラフタリアは必死に呼びかけて、命を繋ごうとしている。
「何故? 今になってそんな事を言いに来た?」
俺が騙された時も、辛い時も、死にそうな時も、どんな時だってこんな真似はしなかった。
なのに今更そんな条件を提示しに来るとか、どんな意味がある?
「正直……尚文様は今までの盾の勇者の中ではもっとも過酷な運命に翻弄されていると盾の精霊様も仰っています」
盾と同じ色の精霊が近くでくるくると回っている。
そりゃ光栄な事で。
つまりはヴィッチみたいなクソに騙されたお人好しは俺位な物と。
まあ錬達も騙されてたけどさ。
「終末の時に、敵の手によって我等伝説の武器は余りにも消耗してしまっている。既に戦える状況では無いのかもしれない。ならば滅びゆく世界から、せめて召喚してしまった勇者を救うのも一つの手であると……精霊様達はおっしゃっています」
「本当、今更だな」
「瀕死であるのも理由だそうです。他の剣、弓、槍の勇者様方にも、瀕死になった時に尋ねて回るそうですよ」
「もしも、ここで俺が帰ったら、村の連中やこの国……世界はどうなる?」
「おそらく……滅ぶでしょう。と盾の精霊様は述べていますわ」
全員を連れて行く事は出来ない。
という事は、俺の世界にラフタリアと数名しか……連れていけない。
もしラフタリアに、この世界を捨ててみんなと別れてくれ、なんて言ったらどんな顔をするだろうか?
そして……俺は……。
アトラが死ぬ前に残した言葉を思い出す。
「俺は……まだ帰らない。世界を救ってから、納得する形で帰る」
帰りたいと思っていた。
だけど、今の俺には守らねばならない奴等がいる。
許せない、倒さなければいけない奴がいる。
だから、納得できるまで残りたい。
なにより、本当かどうかも怪しいしな。
今すぐ帰るとか言ったら、お前は勇者じゃないバッドエンド、とかありそうだ。
俺も大概にゲームに毒されているな……。
俺のどうでもいい思考とは裏腹に、盾があった場所が淡く輝く。
盾の精霊とやらが喜んでいるって事か?
「……本当に、よろしいのですね? 蛮勇は身の破滅へと向かいます。後悔はありませんか?」
「無いかと言われればある。だが、帰って後悔するよりも、帰らずに後悔したい。背負う物が多過ぎた……車じゃないと帰れない」
徒歩というドロップアウトより車というグッドエンドを俺は選ぶ。
重い荷物も、車に乗せていけば余裕で帰れる。
ラフタリアを連れていけるのなら、ラフタリア自身に選んでもらいたい。
そしてあの村の連中も幸せな形で、俺は帰りたいのだ。
本当、面倒な物を背負い過ぎたな……。
だが、悪い気分じゃない。