遺言
体が浮遊するかの様にふわふわとしている。
ここにいないはずなのに、様々な事象が、様々な人々を介して、見えてきた。
錬達のポータルで重傷を負っていた俺と女王はメルロマルクで一番大きな治療院へと搬送された。
どちらも傷は深く、意識が薄い。
それは俺自身が俺を見ても酷いと思う程、厳しい物だった。
「これは酷い……重度の呪いにかかっている。早く儀式魔法の準備!」
治療師が宣言し、四聖教会から儀式魔法の使い手が招集される。
これからありとあらゆる手段が施されるだろう。
「しっかりしてください、ナオフミ様!」
「そうだ! 兄貴!」
「ごしゅじんさま!」
「ラフー」
傷を負った錬達や谷子、サディナ、キールも治療するために別室に連れていかれる。
よかった。全員傷は比較的に浅い。
これならしばらくすれば元気に動ける程度には回復するだろう。
「今から治療を始めます。どうか皆さんも傷を癒してください」
ラフタリア、フィーロ、フォウルが最後まで俺に向かって呼び掛けを繰り返していた。
ここで一度視界が途切れる。
そして次に映ったのは女王とクズだった。
女王の傷は深く、誰の目にも死という文字が浮かび上がる程だ。
「……ゴホ!」
担ぎ込まれた女王の手をクズは震える手で握り、祈っている。
クズは幸運にも無傷だったため、付き添いを許可されていた。
「イグドラシル薬剤の服用を開始、同時併用でドライファ・ヒール、高濃度聖水の使用。更に儀式魔法の発動を――」
治療師が医者のように傷口に回復魔法を使いながら指示を続ける。
女王だけあって、相当高度な治療を受けていた。
しかし、それ等の治療は何一つ効果を出さない。
「なんて呪いなんだ……以前盾の勇者様が受けた呪いに匹敵する――」
「ミレリア」
クズの言葉に反応したのか、ゆっくりと女王は目を開いてクズの方を向く。
「声と……やりとりは……聞こえて、おりました」
「喋ってはなりません、女王様!」
治療師が治療を施しながら注意する。
しかし女王はゆっくりと頭を横に振って答える。
「わかっております……私の、命は、残り少ないのでしょう?」
「そ、それは……」
言葉を濁す治療師にクズはギロリと睨み付け、立ちあがる。
「何を言っておるんじゃ! 貴様が治療しているのはこの国の女王であるぞ! 治療師ならば命を賭けてでも救ってみせよ!」
「無茶を……命じてはなりませんよ」
弱々しく女王はクズに注意する。
クズの心を理解するなんて微妙な気分だが、俺には今のクズの気持ちが理解できた。
あの時、アトラを失った時と重なったからだ。
大切な人がいなくなってしまう事への悲しみ。
無力な自分への失望。
原因への憎しみ。
それ等全てが混ざり合って、何も考えられないんだ。
「し、しかし……」
「これは……天罰だったのかもしれませんね。私の不手際に対して……の、実の娘を犠牲にしてまで、我が国を、世界を守ろうとした私の……」
「違う! 断じて違う!」
クズは女王の言葉を必死に否定する。
「……そうでしょうか? 全ては私の所為であるような気がしてなりません。娘……マルティを、あのような者に育ててしまったのは、私の無能が招いた事だと……思うのです。なまぬるい私の判断故に、こうなる事は……全て決まっていたのかもしれません」
「それは……ワシが、ワシが……」
女王を失う原因が自分であると考えているのか、クズは震えた声を漏らす。
そんなクズに女王は告げた。
「おそらく鞭の勇者……いいえ、侵略者はこの国に攻め込むでしょう」
「…………」
「今のメルロマルクでは、非常に厳しい状況に立たされます。幸いな事にイワタニ様と勇者様方、そしてその仲間達がいます」
「じゃが、盾の勇者は……!」
「貴方も……わかっておられるのでしょう? 世界の為には過去の遺恨は棄てて、進まねばならない事を」
クズの目に一筋の涙が零れ落ちる。
それは、俺が願った事と、フォウルの祈りと同じ。
クズが何を神に祈っているのか、俺には手に取るように感じ取ることができた。
「ルシア……ミレリア……」
そして小さく、アトラの名前をクズは続ける。
「英知の賢王と呼ばれた貴方なら……ルージュなら希望を見出せます」
「しかし……杖はワシの声に応えてくれぬ……!」
「違います。杖は、貴方が勇者だからではなく、誰よりも並外れた、誰よりも素晴らしい知恵を持っていたから、力を貸してくれたのです」
「…………」
「私は信じています。この劣勢な状況を引っ繰り返す……滅びに向かうメルロマルクをここまでのし上がらせた、その知略を……」
「ワシは……ワシは……」
「ふふっ……これだけの駒を使って、今度はどんな風に英知の賢王は私は驚かせてくれるんでしょうね?」
「……ミレリア」
「この国の未来を、任せましたよ。どうか、イワタニ様と共に世界を……救ってください。杖の勇者にして私の最愛の人……」
女王はクズに向けて、血を吐きながら微笑んだ。
「あの全知に彩られた、敵対する者全てが畏怖する……姿を世界に、知らしめてください……」
と、同時だった……女王の力が完全に抜けたのは。
「女王様!」
バンと音を立てて治療中に国の重鎮が押し掛けてくる。
「フォーブレイが、全世界に宣戦布告を行いました! 世界は一度フォーブレイに統一するべきであると」
事態は……クズが思っているよりも早く、結論を求めようとしていた。
次に映ったのは二日後。
「フォーブレイが全面戦争なんてふざけた真似を!」
治療を終えた錬達は城に到着して、休息を取っていた連合軍との会議に参加し、その一報を聞いて声を出す。
この場にいる者の顔は皆暗い。
それだけフォーブレイという国の力は強大という事だ。
何より錬達はLv三倍以上もある、連中の力を知っている。
連中を止めたいという思いは強いが、それが難しい事もわかっていた。
「やってくれる。あの卑怯者の勇者……波があるのに世界征服なんてしている暇があると本気で思っているのか!?」
「……あるのでしょうね」
「お義父さんとフィーロたん。果てはみんなをあんなに傷付けたアイツを私は許しませんぞ!」
勇者三人の言葉に連合軍の連中は同意する。
フォーブレイでの出来事は連合軍に伝わっている。
シルトヴェルトの連中も出席している。
あのゲンム種とシュサク種の奴等もだ。
「尚文は治療中……それでいて、フォーブレイとの戦争か……」
「はい。今、フォーブレイは全軍を率いて、最初に攻め入るのはメルロマルクと、我が国へ向けて進軍中です。その道中にある国でフォーブレイの威光に従わぬ者は……新兵器の飛行機による空中降下と爆薬攻撃により白旗を上げている状況です」
「アッサリと敗北を許すのは理由があるんだよな?」
「はい。空を飛べる魔物による空中戦を行ったのですが、飛行機からの攻撃に成す術もなく……」
「乗り手が高Lvであるのは間違いないでしょうね」
「ふぇえ……」
リーシアが口癖を言うと、樹がリーシアの頭を撫でで宥める。
錬がドンとテーブルに拳を叩き付ける。
「尚文が重傷を負わされたのが厳しい……状況はどうなんだ?」
「芳しくないようです。何度も峠を繰り返し……」
「尚文さん……」
「あのタクトという奴、一体何者なんだ! 勇者の武器を奪う能力を持っているとは」
錬が愚痴ったと同時だった。
会議室に兵士が駆け込んでくる。
「新情報です! シルドフリーデンがフォーブレイと同盟を結んだと宣言されました!」
「なんだと!?」
「そして七星勇者であるタクト=アルサホルン=フォブレイが民衆の前で神の子であることを宣言し、複数の七星武器を所持出来る事を宣言いたしました!」
ガタっと会議の場に出席している者が椅子から立ち上がって、驚愕の表情を浮かべる。
無難な手ではある。
複数の勇者の武器を使えるという事は、神をも恐れぬ所業か、神に愛されているか、あるいはその二つどちらもだろう。
伝説の武器への信仰が根強いこの世界ではそれだけで特別な存在として扱われる。
勇者を殺した者だとしても、な。
「更には自分こそが世界を救う存在、四聖として召喚された者は悪であり、四聖の勇者を滅ぼすと各国に吹聴しています。他、悪の七星の内四名は既に粛清済みであることを宣言!」
「そんな真似をして良いと思っているのか!?」
「フォーブレイの教会上層部も話を受け入れている模様。ですがフォーブレイ国内外問わず各地の教会は異を唱え、反乱が勃発。しかし勇者の加護を受けた者達の力で鎮圧されつつあるようです。相当の根回しが出来ているかと思われます」
同時に影がシルトヴェルトのゲンム種に囁く。
あまり良い情報では無いだろう。
「……我が国もどちらに付くか割れている様です」
状況は……悪い方向へと向かって行っている。
「小手の勇者様はどうお考えで?」
ゲンム種の爺さんとフォウルは顔見知りと言う訳ではないが、若干因縁めいた関係なのをフォウル自身も理解していた。
「それは、俺をハクコとして見ているのか? それとも小手の勇者として見ているのか?」
「貴方は純粋なハクコではありますまい。盾の神の配下である、小手の勇者として尋ねているのです。それとも、タイラン=ガ=フェオンの血を継ぐものとして我が国で宣言いたしますか?」
フォウルは首を横に振る。
そして確かな意思で言葉にする。
「俺は盾の勇者が復興させた村を守る小手の勇者だ。血筋なんて二の次でしかないし、愚かな真似をする気は無い」
「そうでしょうとも。どんな因果があろうとも、我等亜人は真なる盾の勇者に従う事が運命。そこに血筋などありますまい!」
ゲンム種の爺さんはフォウルを熱い目で見つめる。
「その心意気こそが我等の初心である事を小手の勇者様はご理解なさっている様子。我等シルトヴェルトも力を貸すべきでしょう」
その言葉にシュサク種も続いた。
「うむ! 勇者殿は我等が同胞の死に涙し、怒りを露にしてくれた。我等が同胞の死を作り出した卑劣な者に屈するなど我等の誇り、そして信仰を汚す事他ならない!」
連合軍に参加した亜人全てが二人の言葉に頷く。
許せるはずが無いのだ。
共に戦った者達を殺した諸悪の根源を。
奴等への復讐は俺だけの物では無い。
鳳凰と戦い、散っていった全ての者達の為に、奴等を許す訳にはいかない。
そんな意思がこの場を満たしていた。
「…………」
フォウルは静かに、会議を見据えているだけだった。
その静かさ、姿は、過去の……フォウルの祖父と重なるとゲンム種は自慢げに答えた。
「さあ、どう動きますかな……英知の賢王。我等は既に進むべき道を見極めておりますぞ。そなたの賢き妻の遺志をどう汲み取る?」
「…………」
クズは黙って難しい表情を浮かべている。
「そもそもだ。アイツは経歴からして、何か……おかしいような気がするのは俺の気の所為か? 何処まで天才なんだ。飛行機や爆弾なんて……まるで俺達の世界の兵器みたいじゃないか」
錬が会議の場で愚痴る。
そこで樹が淡々と静かに手を上げた。
「どうした?」
「あくまで推測ですが、よろしいですか?」
「ああ」
「錬さんは、あの経歴を聞いて気付かないのですね。いえ、気付いているけど答えが出ないのですね」
「はあ?」
「元康さんは?」
「何の事でございましょう?」
樹は一度呼吸を整えてから答える。
「……おそらく、錬さんの世界にも、元康さんの世界にも、探せば見つかると思う内容ですよ」
錬と元康は首を傾げる。
「尚文さんは心当たりがあるようでしたから、間違いないでしょう」
「なんなんだ? 教えてくれ」
実は薄々考えてはいた。
唯、マンガやゲームの様な世界じゃないと考えているからこそ、他者の努力を否定したくなかっただけだ。
だが、今回の状況は明らかに出来過ぎている。
アサルトライフル。
飛行機。
三歳での魔法習得。
他、ありとあらゆる行動がその一点の集約している。
そう、奴は――
「はい。おそらく、あのタクトと言うこの世界で生まれた七星勇者は……転生、記憶も持ったままこの世界に生まれ変わってしまった異世界人ではないかと、僕は思います」
「転生って……あの転生だよな? 確か輪廻転生とか言う」
「はい。僕の世界にはそういう小説があるのですよ」
「俺はどっちかと言うとゲームしかやっていないからな……読んだ事があるかもしれないけど、覚えてない。覚えているのはゲームオーバー=死ぬというオンラインゲーム物。もしくはゲームの世界に限りなく近い世界にトリップしたという物だ」
「私もです!」
転生という単語に錬と元康が各々の考えを述べる。
三人の世界ではどうか知らないが、俺はそういう類の話を読んだ事があった。
転生した主人公が魔法のある……それこそ、この世界の様なファンタジーの世界に子供として生まれ変わる。
そして、現実とは違う世界に感動し、行動に移すのだ。
今度こそ失敗しない。成功して地位も金も女も、全て手に入れる、と。
「ですから確認をしたのです。そしてその類の小説で、赤ん坊に転生した主人公がよくやる行動に、幼い時に魔法の勉強をし、人よりも優秀な成績を収める。他、現代知識を使って発明をするなど、目立つ事をするのです」
「そういう話……なんか聞いた様な気がする。ネットの知り合いが似たような話を熱弁していた」
「そうです。本人から確証はおそらく取れませんが、経歴に怪しさが滲んでいます」
「という事は、アイツも俺達のように異世界から召喚されたという事か?」
「可能性ですが……ここから先は、何を考えているかは錬さんならわかるかと思うのですが?」
錬は静かに腕を組んで考え始めた。
「霊亀に敗れる前の俺が考えていた事、なんとなくわかった」
「私は過去を振り返りませんぞ! フィーロたんの思い出を埋めているので!」
「……誰か元康さんをここから追い出してください。邪魔です」
「「「はーい」」」
「ああ、クーさん、マリンさん、みどりさんでしたか。お願いします。よければ元康さんとしばらく何をしていても良いから遊んでいてください。尚文さんに後で僕が直々に説明しておきますので」
「「「はーい!」」」
「ぬあ! 天使達! 私を何処へ連れて行くつもりですか!」
と、元康を担いで三匹は会議の場から出て行った。
そもそもなんでこの場に居たのか怪しい奴等だったしな。
「つまり、昔の俺達が考えていたような……それでこの世界の王政やその他が腐敗していると思いこんだ場合の行動だと言うんだな?」
「ええ、そうすると全てが符合します」
「じゃああの伝説の武器を奪う力はどうなんだ?」
「あり得るのは、僕の世界のように能力で奪うという事でしょうか。僕の世界ではそう言う能力に目覚めたという小説が多いです。他人の能力を奪って強くなりたいといった類の物語もあります」
「そうか。樹がそう言うのなら、あり得るかもしれない」
「今まであまり目立ち過ぎなかったのは、僕の知る話でも出てくる目立ちたくないと言いながら人前でその力をよく使う行動に符合します。以前の僕がしていた様に、です」
苦しそうに、樹は錬に向けて説明した。
それはありえると思う。
俺の知る話でも、大き過ぎる力を手にした主人公が、その力を隠して生活するという物があった。
大抵は様々な事件の所為でバレる事になるのだが、そういった行動は樹が実証している。
「さすがに勇者の武器を奪って回っている事がバレたら、と踏み留まっていたのでしょう。ですが賽は投げられたと、こうして世界統一に走っている……ですかね」
「女ばかりの仲間を見るに、昔の元康みたいな考えもあるのかもしれない、という事か。なるほど、筋が通っている。よくわかったぞ」
錬は疑問が晴れたように頷いた。
逆に樹は考え込んでしまった。
「不自然な情報の消失……おかしい……いえ、今はこれからどうするかでしたね。フォーブレイとの戦いを――」
と、錬達と連合軍の会議は続いていた。
そうして浮遊する感覚は次へと飛ぶ。
今度はどこでも無い、明滅を繰り返す空間。
そこには俺と――……。