飴と鞭
「奴隷商!」
俺は朝一で奴隷商のテントに乗り込んでいた。
「朝からどうしたというのです勇者様。ハイ」
「お前の所の魔物紋が不良品だったぞ。返答しだいでは俺の危険な奴隷と魔物がここで暴れる事になる。な?」
「フィーロ、お腹空いたから後でね」
「……いい加減にしないとお前を朝飯にするぞ」
フィーロに掛けた魔物紋がどうも思い通りに発動せず、しかも外せないとは。
「おや? それはどういう事ですかな?」
奴隷商に俺は朝の出来事を説明する。あの後が大変だった。フィーロをどうにか宥めて人間の姿にさせてからテントにやってきた。
ラフタリアに至ってはフィーロが変な事をしないか常時気を張っていて、大変そうだ。
「どうやらフィロリアル・クイーンには普通の魔物紋では拘束を解いてしまわれるようですね。ハイ」
「というと?」
「高位の魔物は普通の魔物紋では縛れないのですよ。くじの景品である騎竜には特別な魔物紋を刻みます」
「つまりコイツには普通の魔物紋だと効かないと?」
「ええ」
奴隷商の奴、新たな事実にやや興奮気味に手帳に何かをカリカリと書いている。
「で、その特別な魔物紋は施してくれるのか?」
「いやはや、それはサービスの適応外です。ハイ」
「なんだと」
「さすがに安くはない金銭がかかりますので、サービスするには厳しい所です。こちらの被害も限界に近いですので」
くっ! これ以上のサービスはさすがに出せないと言う訳か。
まあ、あれだけの被害を出させてしまったのだから、しょうがないか……。
「幾らだ?」
「勇者様の将来に期待して、大マケにまけて銀貨200枚でどうでしょう」
くうううう……高い。
「そこを――」
「ちなみに相場は安くて銀貨800枚ですぞ。私、勇者様には期待しておりますので嘘は吐いておりません」
ぐは!
俺の精神に多大なダメージが与えられた。
敗北を認め、非常に遺憾ながらも奴隷商に銀貨200枚を渡す。
「……嘘だったら俺の危険な配下が貴様を血祭りにあげるからな」
「承知しておりますとも」
キョロキョロと辺りを見渡していたフィロリアル・クイーンの姿をしているフィーロの大きな翼をラフタリアが手を繋いで、連れて来る。
「そこでジッとしていろよ、フィーロ」
「なんでー?」
「ジッとしていたら後で良いものを食べさせてやる」
「ホント?」
「ああ」
目を輝かせたフィーロは奴隷商の指示する場所でジッとしている。
よし、魔法を施すなら今だ。
俺が奴隷商に目で合図を送る。奴隷商も頷き、顔の見えないローヴを着た部下を12人も呼んでフィーロを取り囲む。
そして何やら薬品を地面に流し、フィーロに向って全員で魔法を唱えだした。
床が光り輝き、フィーロを中心に魔法陣が展開される。
「え、な、なーに」
バチバチとフィーロは抵抗を試みるが、それも叶わず、魔方陣がフィーロに侵食する。
「い、いたーーーい! やめてー!」
魔物紋の更新に痛みを感じたフィーロが暴れ回り、その度にバチバチと魔法陣が揺らぐ。
奴隷商の部下から驚愕の声が発せられた。
「念には念を、多めの人数で魔法拘束をさせておりますが……この重圧の中で動けるとは、将来が末恐ろしいです。ハイ」
そういや、まだLv19だものな、これで70とか行ったらどれだけの強さを見せるのか。奴隷商の言葉も頷ける。
やがて、魔法陣はフィーロの腹部に完全に刻み込まれ、静かになった。
「終わりです。ハイ」
俺の視界にも前のよりも高度な指示を与えられるらしい魔物のアイコンが表示されている。俺は迷わず、俺の言う事は絶対とチェックを入れた。
「はぁ……はぁ……」
フィーロは肩で息をしながら俺の方に歩いてくる。
「ごしゅじんさまひどーい。すごく痛かったー」
俺は自分でも邪悪に笑っているのだろうなと思いながらフィーロに命令する。
「まずは人型になれ」
「えー、痛かったからやだー。おいしいものちょうだい!」
舐めた口調で命令を拒否し、食べ物をねだるフィーロの魔物紋が輝く。
「え、いや! 何、やだやだ」
フィーロは魔物紋に何か魔法を飛ばすが、今度は弾かれて呪いが発動した。
「いたい、いたい、いたい!」
フィーロは魔物紋の痛みで転がる。
「俺の言う事を聞かないと、もっと痛くなるぞ」
「いたい、いたい! うう……」
嫌々ながら人型に変身するフィーロ。すると魔物紋の輝きは収まった。
「ふむ……今度はちゃんと発動したな。よくやったぞ、奴隷商」
「ええ、かなり強力な紋様なので、簡単には弄ることは出来ません。ハイ」
俺は倒れているフィーロの前に出て告げる。
「お前本体で銀貨100枚、次にその魔物紋で200枚。合計銀貨300枚の損失だ。その分は俺の指示に従って返してもらうからな」
「ご、ごしゅじんさまー」
フィーロがよろよろと俺に手を伸ばす。
なんか純粋そうな顔をしている子供にこんな事を言うのも良心が傷つくのだけど、俺だってワガママな奴を野ざらしにしておきたくはない。
「言う事を聞け」
「や、やー」
「そうかそうか、どうしても俺の言う事に従えないのなら、ここであの怖いおじさんにお前を引き取ってもらおう」
「……!?」
フィーロの奴、やっと自分の立場が分かったのか、恐怖に顔が歪む。
奴隷商の奴、何か微妙に困ったような嬉しそうな表情で俺を見ているな……。
「いくらでコイツを買ってくれる?」
「そうですねぇ。珍しいので迷惑料込みとして金貨30枚出しても購入したいですな。重度の魔物紋を刻んでいるのでもう暴れることも出来ないでしょうし、使い道には事欠かないかと。ハイ」
奴隷商の奴、自分で売買されるのが困ると言っていた癖にここぞとばかりに値段を付けてきた。
本音は知らないが、こいつの手に渡ればフィーロの一生は終わるな。
それにしてもフィーロの奴、凄く怯えた表情で俺を見上げている。
これはきつい……消えたはずの俺の良心が活性化している。
だが、フィーロの態度しだいでは本当にそういう未来を選ばなければならない。
俺は優しいお兄ちゃんでもなければ、ペットを溺愛する飼い主でもない。
「だ、そうだ。今度はお前が暴れても俺は迎えに来ないぞ……にがーい薬を飲まされて、色々体を弄繰り回された挙句……死んじゃうんだろうなぁ……?」
「や、やーーーー!」
フィーロは大きな声で拒否する。
「ごしゅじんさまーフィーロを嫌いにならないでー……」
俺の足に縋って懇願するフィーロ。
くっ! これは厳しい……。
それでも俺は引くわけにはいかない。
「俺の言う事を素直に聞くなら嫌いにならない。これからはちゃんと聞くんだぞ」
「う、うん!」
「よしよし、じゃあ宿屋で寝るときは絶対に本当の姿になるな。これが最初の約束だ」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるフィーロに俺の数少ない良心が疼く。
さて、今日はこれから武器屋に行かなきゃなぁ……。
と、フィーロから視線を逸らすと奴隷商がこれでもかと言う程、楽しげな笑みを浮かべている。
「素晴らしい程の外道っぷりに私、ゾクゾクしています。アナタこそ伝説の盾の勇者です!」
賞賛の観点が間違っている気がするが……文句を言うのもどうかなぁ。
と、その隣にいるラフタリアも微妙な顔で俺を見てる。
「ナオフミ様……さすがにあんまりでは……」
「こうでもしないと言う事聞かないだろ、コイツは。お前だって最初はそうだったろうが」
俺の返答にラフタリアも頷く。
「そういえば、そうでしたね」
「ワガママは許せる所と許しちゃいけない所があるんだ」
主に俺の本意で決まるとはあえて言わない。
「飴と鞭ですね分かります。ハイ」
「奴隷商、貴様には言っていない」
しかも、勝手に俺を理解するな。
「色々迷惑を掛けたな」
「そう思うのでしたら是非、扱いやすいよう、私共が用意したフィロリアルの育成を――」
「さて、今日はまだ行く所があるんだ。行かせてもらおう」
「極力、私共のペースに飲まれないようにしている勇者様の意志の強さに尊敬の念を抱きます。ハイ」
こんな調子で話を終えた俺達はテントを後にした。