偽りの栄光
「何にしても剣の勇者であるアマキ様、あなたこそメルロマルクの希望。どうか治安の低下したメルロマルクを引き続きお守りください。貴方こそ国の代表にして光なのです」
女王がそう、強く手を握って錬に婚約者との婚約を強引に結ばせていたのですぞ。
「……」
「さすがレン様! 王様にまで上り詰めることが出来ましたね!」
「俺達、どこまでもお力になります」
「ブブー!」
何て様子で錬の仲間もエールを送っていましたぞ。
そうして……赤豚が輸送されるまでの数日、自由な時間が与えられたのですな。
そこで錬に大きな変化があったのですぞ。
「俺は犬と料理の妖精イヌルトだワン! キール、ルナ! これから遠い国に冒険の旅に出ようワン! 料理を極め闇の料理界で大暴れだワン」
ゼルトブルとパンダの村に居たお姉さんの村の者たちをメルロマルクに引っ越しの準備をしている所で、率先して錬がイヌルトの姿になってルナちゃんと一緒に居るキールに声を掛けていましたぞ。
ちなみに剣は最近変化させることが出来るようになったお義父さん達が使っていた包丁ですぞ。
「どうしたんだ剣の兄ちゃん? その姿で居るの嫌がってたのに……しかも変な語尾付けてよ」
「良いから料理と冒険の旅に出ようワン! 遠く、遥か遠く、剣の勇者の栄光の噂が聞こえない新天地を俺は目指すワン! ルナ、そこで俺はキールと一緒に可愛い大冒険、ロマンを経験したいのワン! 乗り物としてついてきてくれるワン?」
「うん! ルナ、可愛いキールくん達とモフモフのランデブーするー」
「良いワン! では出発だワン! メルロマルクではないここから!」
「え? けど、俺……メルロマルクでみんなと村の復興しねーといけねーんだけど?」
「そんなの尚文と仲間の奴隷たちがしてくれるワン」
なんて必死に説得をする錬をお義父さんは可哀そうな目で見つめますぞ。
「錬……君は……」
「俺はメルロマルクの英雄にして神で王となってしまったキングアゾット・天木錬ではなくイヌルトだワン! 名前をどうしても知りたいのなら教えてやる。ケルススだワン! 間違っても天木錬じゃないワン! さあ! キールとルナ! 旅立とう!」
「わー、待ってー! ルナ、キールくんも連れて行くー」
「わ!? ルナちゃん、俺を持って剣の兄ちゃんを追いかけて行くなよ! 何だよこの空気!?」
あははははは……うふふふ……と、錬が何やらキラキラした空気を纏いながらルナちゃんとキールを連れて走って行きますぞ。
何かブーン! 追いかけて来なさーいって感じに錬が手を広げて走ってますぞ。
「はあ……とうとう逃げたね。勇者というか……何もかもから、剣の勇者天木錬という偶像の重みに耐えきれず」
「捕まえに行きますかな?」
「んー……まあ、ちょっとそれも可哀そうな気もするし、ラフミちゃん?」
お義父さんが何処にいるのかわからないラフミの名前を呼びますぞ。
するとどこからともなくラフミが姿を現しますぞ。
「なんだ呼んだか?」
「面白がってたでしょ? 君の責任なんだから錬の仕事、やってくれるよね?」
「ふん。私がやると思っているのか? 逃げるアゾットを捕らえて城にぶち込むのも面白そうでは無いか」
「錬は逃げ続けるよ? そもそも君の所為なんだからね? 限度を知ろうね? これが君の罰で、次の世界ではここまで遊ばないようにする戒めだよ」
お義父さんの圧にラフミは舌打ちをしてますぞ。
「チッ! 完全に逃げるとはな。まあ良いだろう。まだまだ遊べるところは無くも無い。が、時々アゾットにも仕事はさせるぞ?」
「責任感はある方だから息抜きさせれば少しはしてくれるかなぁ……錬を上手く説得しないとね?」
「英雄譚には世界を救った後に行方知れずになるものもあると思うが? キングアゾットもそれに倣えば良いだけだ」
「それをするのは無責任な程に国が揺らいでしまっているよ。ガッタガタで剣の勇者って偶像が無いと瓦解しかねないね。メルロマルクって国が消滅してしまいそうなくらいに君が活躍して支持を集めてしまってるんだよ」
さすがに現状では逃げれないとお義父さんは笑顔でラフミに問い詰めてますぞ。
「知らないと逃げても良いけど、君も一応勇者な訳で……愛を司るんだっけ? こんな無責任な愛はあるのかい?」
「言うではないか。はあ……まさか私がこんな尻拭いをしないといけない結末になるとはな」
「自業自得なの。刹那的な楽しさを求めた罰なの」
「鬼の首を取ったようにここぞとばかりに言うではないか。ハッ! 適当な所で離脱してくれるわ!」
ラフミは鼻で笑っていたのが印象的ですぞ。今後も何を仕出かすのか注意しないといけないですな。
「錬さんもイヌルト姿が気に入ったようですね」
「樹、錬の場合はアバター、変装目的であって君みたいに人間やめたい訳じゃないと思うよ」
「結果が同じなら良いじゃ無いですか。まさか錬さんがあのように逃亡を図るのは意外でしたね。あんなにイヌルト姿を嫌がっていたのに」
「錬って責任感が悪い意味で強いから極力責任を負いたくないってスタンスなんだよ。そんな錬は国と人々の期待を背負う一番の勇者って重圧は耐えきれなかった……いや、自分の行いが原因ならやり切るけどそうじゃないから逃げるんだろうね」
錬の後ろ姿はなんだか楽しそうでしたな。
とりあえず錬の逃避行をお義父さんは大目に見るようですぞ。
「レン様ー? 晩御飯迄には帰って来てくださいねー」
仲間の声に錬は返事せずにそのままルナちゃん達と出かけて行きましたぞ。
「錬の仲間達もなんか錬の本気の逃亡をよくわかってないみたいだし……まあ、ラフミちゃんに引き続き影武者をして貰うしかないね」
「そのようですね。それで尚文さんはペックルにならないので?」
「城での騒動を樹は忘れたのかな? テオとシオンが混乱しちゃってたでしょうが、こんな所でペックルの姿になったらヴォルフも居るんだから大変な事になるよ」
お義父さんの返事に樹はラフミの様に肩を軽く上げて微笑を浮かべますぞ。
「難儀な物ですね。亜人獣人の神様である盾の勇者が人間を辞めると亜人獣人たちの争いの火種になるとは」
「元々勇者って争いの火種らしいけどね」
「アマキ殿たちは出かけて行ったのか?」
「キールくん、これから村に帰ってしっかりと復興をしようって話してたのに」
久しぶりにお姉さんがエクレアやご友人と一緒に現れましたぞ。
「気にしないであげて、錬がこう……色々とあったからね」
「そうなんだ? 勇者様、本当に村にもう戻れるんだよね?」
「うん。エクレールさんが権威を回復させたからもう大丈夫だよ。何より……ほぼ奴隷狩りなんてするような連中は駆逐されてしまったと思うし、女王が広報で三勇教の悪さを広めてるから国の人たちもね」
「自分たちが悪側だと理解した時の気持ちは痛い程わかりますよ。高等存在人間達が果たしてその悪をグッと飲み込んで反省できますかね?」
樹は相変わらず嘲笑を繰り返してますぞ。
「そこは三勇教が悪いんだ。俺たちは騙されていたって流れになるんじゃないかな……あんまり詰問やあざけるのは程ほどにね? 人ってのはそんな強い生き物じゃないし、シルトヴェルトだって似たようなところがあるのが奴隷売買をしている俺は知ってる」
「?」
お姉さん達はお父さん達の嘆きをよくわからないといった様子で首を傾げていましたな。




