献上品
「しかし!」
「父上!」
婚約者が大きくクズに声を上げて遮りますぞ。
「母上からの注意もありますが、私からも言います。冷静になってください。シルトヴェルトへの憎悪の感情で目を曇らせてはいけません。盾の勇者様は……父上の大事な物を奪った者では無いのです」
婚約者もここ数日でお義父さんの人柄を理解したのですぞ、クズの方に問題があると完全にわかるからこその注意ですな。
「此度の私の帰りが遅くなり、盾の勇者様に誘拐された等と言うデマが父上の耳に入ったのはすべて我が国の宗教である三勇教の息が掛かった者たちによる陰謀です。私に剣を振り上げ魔法で攻撃しようとしたのも同行した騎士たちだったのですよ?」
「……」
「挙句、母上の命令で行動する私に盾の勇者様と和解する必要はないとまで述べる。王命に逆らった者たちです。母上の命令に逆らった者が起こした陰謀に踊らされてはいけません」
クズは婚約者の注意に対して、最愛の娘であるからこそ怒りを露わにできず、受け入れる事も出来ない。
そんな顔でいるようですぞ。
本来だったらここで平行線となりクズが話題を反らして有耶無耶になるような流れですな。
「城の騎士たちはどうしたというのだ!」
「それは……私を殺すことに終始していたのでやむなく、処理致しました」
「メルティ、お前が我が国の騎士を手に掛ける等出来るはずも無い。やはり――」
樹が皆殺しにしたとはいえない状況なので婚約者が自ら処刑したとクズへと報告したのですが、クズはこれ幸いとばかりに口を開こうとしてましたぞ。
そこで錬に化けたラフミがバサァっとマントをはためかせて婚約者とクズの間に入り……クズが別のループでやっていたフィロリアルクロスみたいにマントで自身の体を包んで不敵な笑みを浮かべましたな。
「親子の醜い言い争いは今ここですべき事ではない。何が真実かを推測だけで語るのはどうなのだ? 剣の勇者である俺の前でこれ以上白々しい逆恨みを繰り返すのは感心しないぞ」
「……」
クズが間に入るなとばかりに忌々しそうに錬を睨んでいましたが協力している手前、強く出るか迷った顔をしてますな。
「王よ。尚文はお前の身の上に関して国内で耳にして心を痛めていたぞ? だからか、国内で行っている事業の合間にお前との和解の手立てを模索していたのだ」
「盾がワシに?」
ハッとクズが鼻で笑うような口調で言いましたぞ。
和解なんて天地がひっくり返っても不可能だとばかりの態度ですな。
「その手立てとしてメルティ王女を送り届けると共に、献上品として連れて来ている……どうか受け取って考えて欲しいそうだ」
そう言って……ローブを深々と羽織らせ車いすに乗った人物を錬に化けたラフミは後ろから連れて来てクズの前に立たせましたぞ。
「一体何を持ってきたか知らんが盾がワシを――」
クズがどんな代物を出されたって絶対に和解しないと言おうとした所でラフミはローブを羽織らせ、車いすの人物のローブをはぎ取りましたぞ。
「あ……」
そこに姿を現したのは虎娘でした。
何を隠そう、ラフミの提案でゼルトブルに居る虎娘を急遽治療して遣わせる事にしたのでしたな。
道中で勇者の力による薬効で肌を治療した状態の虎娘ですぞ。
もう少しで立てるくらいに回復するはずですが、どうも車椅子の方が効果的だという話ですぞ。
後は任せろとラフミに渡していたらすぐに連れて来たので驚いたのですぞ。
「な……な……な――!?」
その顔を見て怒りの形相だったクズは驚愕に彩られてしまったのですぞ。
で、虎娘はというと、クズの方に顔を向けて何度も小首を傾げてましたな。
「……お兄様……ではないですよね? 非常によく似た気配をした方なのですが」
「こ……こ――」
これは一体とばかりにクズが虎娘を指さしてラフミに顔を向けてますぞ。
「どういった経緯かは尚文も掴めては居ないがゼルトブルの方でお前の亡くなったであろう妹に非常によく似た奴隷がいるとの情報を仕入れ、国内からあの手この手と手立てを使って手に入れたという話だ……この献上品で尚文が和解の手立てに出来ないかとの提案だ」
「く……くううううううう!」
クズが怒りとも涙とも、どういった感情で居れば良いかまるで分らないとばかりに拳を固く握って震えてましたぞ。
「もちろん……彼女を道具として使う事に関して尚文は心を痛めていたぞ。だが、ではどうお前に伝えれば良いかとな。俺も悪くないと思ったからこうして送り届けた。あくまで……善意であることを理解しろ」
婚約者の方はというとクズと虎娘の両方を交互に見て困惑している様子ですな。
「ち、父上? えーっと……」
クズがあまりにも百面相な顔をしているようですからな。
「すぐに答えを求めてはいない。心の整理がついてからで良いだろう。だが、今回の手配に関しては陰謀と誤解だったのだけは理解して行動してほしいそうだ。では少し休ませて貰おう。しばらく城に居るから何かあったら呼べ」
「愛しの愛玩妹<ロリータ>、闇聖勇者は次の戦いに備えて僅かな安らぎを得るー盲目の令嬢<ホワイトタイガー>じゃあねー」
と、こうしてクズに虎娘と婚約者、そしてフィーロたんがその場に残りラフミと錬の仲間たちはその場を去ったのですぞ。
ラフミ達が去った後、フルフルと震えていたクズの拳が解かれて虎娘へと優しく近づきました。
「えっと……私は一体どうすればよいのですか?」
「大丈夫じゃ……君は気にしなくて良い。奴らに辛い事をされたりしたんじゃないのか?」
「いえ……突然私を求める方が現れたと、狂おしい程の愛を纏った方と……非常に甘い匂いを持った神聖な気配の方が私の病を治療してここに……その、私が出来る事があるなら何でもしますわ。その為に私は、ここに連れて来られたはずですわ」
虎娘の返答にクズは悲し気な顔になった後、婚約者でも驚く位に優し気な表情で手を握って優しく撫でましたぞ。
「メルティ」
「はい」
クズの先ほどまでの憎悪の気配が完全に無くなった姿を黙って見ていた婚約者が答えますぞ。
「……盾の指名手配を撤回するようにお触れを出すのじゃ」
「は、はい!」
「あ、メルちゃん待ってー」
婚約者はクズの返事に少しばかり戸惑いを覚えた顔をした後、すぐに玉座の間からフィーロたんと共に出て行ったのですぞ。
残ったのはクズと虎娘ですな。
「じゃあゆっくり休める所に移動しようか、何か……食べたいものはあるかい? 後で色々と話してくれるとワシは嬉しい」
「は、はい……」
クズはそう言って虎娘を乗せた車椅子を押して部屋へと直々に送りに行ったのですぞ。
念のため、隠蔽状態で様子を見ておいた方が良いでしょうな。
まだ三勇教を処理出来ていない。女王が帰還する前のメルロマルクの城ではいつ虎娘に凶刃が向かうかわかりませんぞ。
「王よ! その者は――!?」
兵士は元より場内の騎士、大臣等が忌々しそうに虎娘を見て声を上げますぞ。
ですがクズが鋭い眼光で威圧してますぞ。
「何人たりともこの子に傷をつけることは許さん! これは絶対じゃ!」
「は……ハッ!」
と、クズの声に一様に敬礼を見せていますが隙あらば殺そうと画策しているような態度の連中のようでしたぞ。
もちろん、その気配を見抜けないクズではありませんな。
色々と考え込んでいる顔をしているようでしたぞ。
ラフミが虎娘には配慮すると言っていたので、いつまでもここにいる必要はありませんな。
そんな訳で俺は来た道を帰り、城から脱出したのですぞ。




