悪辣
「ああ……深夜呼ばれて一体どうしたのかと思ったら、樹が色々と暴れたアレね」
「……ありましたね」
ウサギ男がため息をして思い出していますぞ。
というのも少し前、樹がリースカとウサギ男を連れてどこぞの貴族の屋敷近くに待機させ樹だけが忍び込んで偵察していたら亜人獣人を虐待するパーティーが開かれていたとかですぞ。
危ない薬でパーティーが開かれているノリ……では無く薬も使われていた非常に胸糞悪い催しだったそうですぞ。
薬で高揚した連中が笑いながら奴隷たちを拷問虐待……残虐なショーをヘラヘラして行っていたらしいですぞ。
例え樹がリスーカになっておらず拷問されて正義を捨てて居なくてもあの現場を見たら正義を見限り、悪を成しただろうと思える程の光景がそこにあったとかですな。
「人間は世に居てはいけない存在であると思えるほどのおぞましい出来事でしたよ。思わず皆殺しとばかりに全員、捕縛して同様の報いを受けさせてやろうと思いましてね」
そのパーティーに居た連中を一人残らず樹は麻痺や睡眠などで単独で昏倒させてからお義父さんを呼び出して搬送したのでしたな。
その屋敷は一夜にして無数の人が消えたと町で人食い屋敷と怪談になり、推定犯人としてメルロマルク内での樹の手配度が急上昇することになったのですぞ。
「どういう神経をしていたら拷問した亜人たちの血で風呂を作って浸かろうと思えるのか……」
「酷い現場だったのは間違いなかったけどさ……」
そうして連行された者共は樹の命令ですべてシルトヴェルトへと送り届けられたのですぞ。
奴隷化させた後にお義父さん、俺、樹、急遽呼ばれた錬とでポータルスキルによりシルトヴェルトに送り飛ばしたのであっという間でしたな。
「木も魔物も、亜人も獣人も僕は良いと思いますよ。ですが人間はいずれ滅ぶべきです。このままではね?」
「何ていうか……どこぞの魔界の扉を開けようとする元探偵みたいな形相になってきたなぁ……本気で療養させなきゃいけないかもしれない。樹が魔王になってどうにかしなきゃいけないって事にならないことを祈るばかりだよ」
「そこまでは堕ちてませんよ。リーシアさんのような方も居ますからね。腐った物は処分しないとすべてが終わる……僕が召喚された意味ですよ」
「うーん……」
樹は過激ですな。
「シルトヴェルトの方でもそんなパーティー開かれてたら嫌だけど残虐さって所じゃ負けてないかもしれないからなー……腐ってるのはどこも変わらないよ」
ふと、樹の人々への絶望を見つめる瞳は……アークが転生者への怒りを挟まず見ている瞳と重なりましたぞ。もちろん、樹の瞳など序の口とするようなゾッとするような目でもありましたな。
最初の世界のお義父さんも時に諦めるようにそのような瞳をした時がありましたが……それほどに思う何かがきっと、アークにもあったのだと思うと胸が痛みますな。
俺はあの方が期待する程に光を抱いているか……わかりませんな。
「何にしてもあんまり片方の勢力が正しいとは思わないでね? 亜人側も過激な連中は居るんだから」
「わかってますよ。いつまでも長話をしている訳には行かないでしょう? いってきてください」
「うん」
「では出発ですな」
もちろん、俺はライバルの親が引く馬車など乗らないのですぞ。
ユキちゃんに乗って並走ですぞ。
おや? 最初の世界のお義父さんが突然のユキちゃんの登場に突っ込んでますぞ。
今まで黙っていたじゃないかと?
実はサーカスでの空中ブランコからショーには出て居たのですぞ。
もちろんコウも参加してましたぞ。
ユキちゃんは奴隷売買に若干の耐性があるフィロリアル様なのですぞ。
何故かと言うとサラブレッド故に自身の値段からの調教に関して理解があるからですな。
「良い奴隷が見つかると良いですわね。元康様」
「そうですな。お義父さん、有りますかな?」
「うーん……サディナさん達の話だと生き残っていた子達は大半、確保してるからもはや売買用が主流になって来てるかな。一応、シオンに知っている人とかいないかとかも話してるけどね」
居るかもしれないという人相の特徴辺りはお姉さん達から聞いているとの話ですな。
同行するワニ男は獣人姿で腕を組んで黙って乗っております。
精神を集中しているという事でしょうかな。武人風な空気を纏ってますぞ。
そんなワニ男にお義父さんは視線を向けますぞ。
「シオンは……樹のように人間に絶望してしまったかい?」
「……気持ちが分からない訳では無いが、良い者も居るのを自分は知っている。今日のサーカスでも虐待に関して不快な顔をするものも居た」
「うん。そうだね。過激なのを喜ぶ人たちが目立つけど、良い人もいるよね。後半はみんな楽しんでくれているよね」
「ああ」
「それはともかくシオン、短い間にずいぶんと体を鍛えたね。すごく筋肉質になっちゃって……最初の演目、かなり反応悪くなっちゃったから降ろそうかって話になってるよ?」
「そ、それは……できれば継続して出て居たいのだが……」
やはり最初にやっていた出来事だからかワニ男はまだ出たいようですぞ。
「弱体化の魔法を掛けて鞭打ちを受けるって案があるにはあるんだけど……シオンは筋肉質過ぎてね。痛がる姿が不自然になりそうってのがさ」
「……難儀な事だ。力を欲した結果、望まぬ事になるとは」
はぁ……とワニ男がため息をしますぞ。
「まあ、なんかシオンの獣人姿の肉体美が良い感じだからかファンみたいな人も出て来てるよ? この辺りは人種関係ないのかな?」
「反応に困る。興味の無い者たちからの好意を受ける方の身になって貰いたい」
「同感ですな」
今でも時々、豚が俺に手紙を渡してくることがありますぞ。
サーカスに出演してから時々舞い込むらしいですな。
呼び出されても豚語が分からないのでお断りしてますぞ。
あ、お義父さんの命令で罵ってはいけないという事で穏便にですな。
ユキちゃんやコウを肩車して会いに行くのですぞ。
「何だかんだ顔とかいろんな面で人目を引くからねー……シオンも元康くんもヴォルフも、テオもなんか知的に見えるって所で購入したいって貴族が最近はそこそこ居るよ。だからかテオ、獣人姿で歩き回る様になってるし」
お姉さんもそうですが、お義父さんが購入した奴隷はみんな外見の評価が上がりますな!
「むしろ自分に興味のある連中の層が不安なんだが……自分をどんな目で見ているのだ?」
ワニ男の問いにお義父さんは微笑んでいますぞ。
「六割くらいは女性だよ。すごく筋肉質で鱗が綺麗だとか言ってるよ」
「……自分の皮が目当てなのでは?」
少しばかりお義父さんは顔を反らしましたぞ。
ワニ皮のバッグを求める豚の親とか居たのを俺は知ってますぞ。
こちらの世界でも同様にある話なのでしょうな。
「これは自分の鱗や皮を磨く盾の勇者が原因なんじゃないのか?」
お義父さんが時々、暇を見てはマッサージのついでとばかりにワニ男の鱗を磨いてましたぞ。
ワニ男もリラックスして更に鱗が綺麗になるという事で気に入っていましたな。
エクレアもワニ男をイケメンになったなと茶化しておりました。
「いや、そこはさー磨けば磨く分だけ綺麗になってる感じがして面白くなっちゃうというかさ、テオやヴォルフの毛並みだって同様だよ? 皮目当てだったとして残り半分はシオンの肉体美に魅了されたんじゃない?」
「ギャウ」
おや? ライバルの親がここぞとばかりに馬車を引きつつ鳴きました。
「ドラゴンの皮とかも人気素材だって話もあったっけ……贅沢な一品のバッグや財布を貴族たちは自慢するのかねー」
「自分よりもドラゴン辺りが適材だと思う」
爬虫類っぽい連中の悩みの様ですな。




