継矢
「……」
タタン! タン! っとパンダが服の裾や襟に隠した短剣を素早く出して指の一つ一つに挟んで器用に飛ばすのですぞ。
リースカも似たように投擲していた事がありましたがパンダは割と器用になんでもこなしますな。
「ブブブヒー!」
怠け豚が観客の関心を引くようにマイクを片手に大声で何か煽っているようですぞ。
軽快な小太鼓のリズムが鳴り響き、観客の意識は照明の当たっているパンダと的に括り付けられたパンダの配下に向けられました。
スタンスタンとパンダは紙一重でパンダの配下の輪郭をなぞる様に短剣を一本一本投げつけて行きました。
中々の曲芸なのですぞ。
パンダの曲芸師ですな。
ちなみにパンダの祖父も似たように投げつけてましたがもっと大雑把でしたぞ。
そんな投擲芸を樹はお義父さんの頭の上から顔を覗かせて凝視してますぞ。
「樹、あの芸なら出ても良いと思うけどどうだい? 得意なんでしょ?」
「確かにあの程度なら息をするように出来ますね。とはいえ、この国の連中を喜ばせるのは……少し考えさせてください」
「表の顔って感じでショーに出るのは良いと思うから良い返事を期待してるよ」
表はサーカスの凄腕射手のリス獣人、裏ではメルロマルク内の貴族を仕留める暗殺者ですな。
「確か最後近くで失敗するのでしたっけ?」
「うん。その後、人間の方が似たようにナイフ投げして成功して締める流れだね。全部成功させた時と失敗させた時の拍手の差が明確でねー」
ここはメルロマルクですからな。
亜人や獣人はサーカスの演目で失敗するという筋書きじゃないと満足しない客が多いのですぞ。
「キャイン――!?」
打ち合わせ通りにパンダが配下にナイフ投げを失敗させてドスっと当たり、鮮血が飛びますぞ。
尚、失敗用の短剣は血糊が出るギミック付きですぞ。
焦ったような演技をしてから更にパンダは配下の頬に投げナイフを投擲、更にけがをさせて玉から転がり落ちて膝をつく。
という演技なのですぞ。
ちなみにリハーサル時はあくび交じりに正確に命中させてましたがな。失敗など不要とばかりでしたぞ。
で、後に続くのは魔物商の配下が引き継いで的確にナイフを投げて締める形ですぞ。
リハーサル時はパンダの技量の高さに舌を巻いて逆に教わっている弟子みたいな関係らしいですぞ。
「ブブヒブブ!」
怠け豚のアナウンスで拍手が起こってナイフ投げの演目が終わりましたぞ。
カラカラと的に括られたパンダの配下が舞台裏に運ばれ、括られた縄が外されましたぞ。
「お疲れ様、手当をするよ」
「はいでさ。やーやっと姉御の的役をさせて貰えて楽しかったでさ!」
「よかったね」
と、お義父さんがケガをした部分を回復魔法ですぐに治療しましたぞ。
「……」
樹が高速で弓を引いてパンダが投げたナイフの柄の部分にすべて継ぎ矢をしましたぞ。
ギョッと舞台裏に戻ってきた魔物商の配下が変わり果てた的を見て驚きの表情をしてますな。
「戯れですよ。気にしないでください」
こんな簡単な事、誰でも出来ますよ。とばかりの厭味ったらしい態度ですぞ。
印象が悪いですな。
やはり樹は樹ですぞ。
「やっぱり樹はこの手の演目が向いてるね。こっちじゃ印象悪いならゼルトブルの方に出て貰うのもイイかもね。あっちは失敗無しでも良いんだ。エミアさんを助手にさ」
お義父さんは全く気にしてない様子で樹に感心したように提案してますぞ。
「……前向きに検討はしますよ。エミアさんを的には括りませんよ? 志願しそうですが」
「まあ、何か役に立ちたいみたいだからあんまり生殺しにしないようにね。こっちも村の子達のやる気を反らすので大変でね」
お姉さん達ですぞ。
最近ではゼルトブルのショーにそこそこの頻度で出るようになって貰いましたからな。
単純にサーカスという側面ではゼルトブルの方が好評なのですぞ。
「誰かの為に頑張りたいって気持ちは……大事だからね」
「……そうですね」
樹も素直になれないと言った態度ですがここは反発出来ずに同意するようですな。
「次は演武だね。今回のメインは誰だったかな?」
「私とシオンだ」
エクレアがサーカス用に薄着の衣装で大きな戦斧装備のワニ男と一緒に来ますぞ。
「そっか、エクレールさんにシオン、頑張ってね」
「任せてくれ」
「エクレール様がこのような事に参加しなくても良いと思うが……」
「言うな。私が出たいのだ。出なければごく潰しではないか」
「いえ、そのような……」
エクレアとワニ男が小さく言い合っていますぞ。
確かにエクレアはサーカス内では鍛錬担当ではありますが、パンダの祖父と老婆の前に技術では劣りますからな。
女王帰還までのメルロマルク内の亜人たちの希望という側面でしか存在価値は無いのですぞ。
なので少しでもサーカスに貢献するという事で演武に参加するのですな。
ちなみにこの演武はサーカス側で参加をしたいという者が多い演目なのですぞ。
パンダの祖父と老婆、エクレアとワニ男と言った組み合わせに始まり、俺が出る事もありますぞ。
俺はヴォルフを相手にすることが多いですな。
派手に槍を振り回しながらヴォルフが飛び掛かって来るのを捌くのですぞ。
ただ、あんまりやりすぎない程度にしないといけない演目でもあります。
技術があるのをメルロマルクの貴族たちに知られない様にしないといけないのでそこそこぎこちなく、それでありながら派手にやるのが必要という奴ですぞ。
ついでに補足ではありますが、参加組み合わせで一番人気は薄着の衣装で出るエクレアなのだそうですぞ。
理由はエクレアの体を見たいスケベな野郎共が理由だとかですな。
もちろん、少し奥の方でも演武をする流れなので不参加の者は少な目ですな。
「エクレール様の体を見ることが目的の者共の目が不愉快なだけだ」
ワニ男が強く拳を握ってましたぞ。
「ふん。私にそのような劣情を抱く等、ありえん。居たとしても下らん事に現を抜かしている不届き者だ。貴族なら覚えておいていずれ報いを受けさせれば良いだけの事にすぎん」
「は!」
と、ワニ男はエクレアの言葉に頷きましたぞ。
そんな様子にお義父さんが微笑んでいますな。
「シオンはやっぱりエクレールさんと一緒に居るとイキイキとしてるね。やっぱり気になっちゃうのかな?」
やや茶化すようないたずら染みた表情でお義父さんはワニ男に言いますぞ。
「自分はただ、思った事を言っただけでエクレール様への気持ちは忠誠心でしかない。そ、それよりも何か問題は無いか?」
「今のところはないよ。さ、シオン。エクレールさんと派手にそれでいて勇ましく力を見せつけるんだよ」
「は、はい!」
お義父さんに励まされてワニ男は深く頷きましたな。
「忠義を誓う相手は既に決まっているようだ。私は嬉しいぞシオン」
エクレアがそんなお義父さんとワニ男の様子に微笑んでおりますぞ。
たったったと表舞台へと駆けていくエクレアとワニ男をお義父さんは見つめて居ましたぞ。
「やーエクレールさんとシオンって揃って立ってると絵になるよねー美女と野獣的な感じにさ。カッコいい組み合わせだよね、貴族の凄腕剣士と苦労人のハードボイルドなリザードマンみたいなのでも良いなぁ」
そんな感想を述べるお義父さんを舞台裏に居る者たちが若干呆れが入ったような目で見ているようでしたぞ。
なぜでしょうか、俺が学生だった頃に感じた妙な雰囲気がここにあるような気がしますぞ。
「そうですね。シオンにはエクレール様がピッタリですね」
「ヴォフ! ピッタリ! 俺達はナオフミ様と一緒」
「ええ! 岩谷様と共に戦いますよ!」
何やらヴォルフとウサギ男が言ってますな。
お義父さんの隣はフィーロたんと俺ですぞ!
記憶の中のお姉さんが何故抜かれたのかと殺気を放ってますが気にしないことにしますぞ!




