キノコ
「尚文さんはどうしてメルロマルクに留まっているんでしたっけ? 聞いていたつもりでしたが念のため確認です」
「そうだね……簡潔に説明すると波で被害を受けたエクレールさんの領地の人々を助けて復興させたい。その為に奴隷となっている人たちを奴隷商人をして探して買い戻しているって所かな」
「随分と手間のかかる事をしていますね。今の僕からするとこの国でやるなんて無駄にしか思えませんし、他の奴隷となっている方々は見捨てるのですか?」
「……すべてを救う事なんて神様でもないと出来ないよ……ああ、この世界では俺達が神様扱いなんだっけ?」
樹の理想論による暴論がお義父さんに行くのですかな?
全く変わりませんな。
と、思ったのですが樹は軽くため息をしましたぞ。
「口が過ぎましたね。そうですね。正義の味方が居ないのだから神も居ないのでしょう……いえ、こんな世界を放置している全能の神がいるのなら、始末しないといけませんね」
「まあそこまでじゃないにしても、居たとしても善良な神様ではないだろうね」
「……僕だって目に見える範囲の方々を守れればいいと、もう思ってます」
お義父さんの神様に対する態度はこの世界に来る前から思っていそうな本音に感じるのですぞ。
信じたいとは思うけれど実在するなら存在を怪しむ……アークは神様という存在を憎悪しているとの話でしたな。
ホーくんもそんな感じだったのですが、きっとどれだけ強力な力を持ってしても取りこぼしてしまう者達の事を考えて、神などと驕る事が出来ないのでしょうな。
「そういえば尚文さんがあまりにも固く強かったのは理由があるんですよね。教えてもらってもよろしいですか? 僕はもっと強くなりたいんで」
「その力で何をする気だい?」
「まずは……とりあえず、あなたに迷惑を掛けた分の罪滅ぼしをしたいと思っています」
「罪滅ぼしって言われてもね……」
「あれだけ迷惑を掛けたんですからね。どれだけ尚文さんが間違っていると思っていても味方しますよ?」
ほほう、樹も現実を知って中々に殊勝になりましたな。
まあお義父さんは常に正しい存在なので、これから樹には心を入れ替えて働いてもらいましょう。
「そうならない事を祈るよ。そうじゃなくて、樹自身の行動指針の方だよ」
「そりゃあもちろん……やりたいことをするんですよ。まずはエミアさんの家族を取り戻す。それと僕を売ったあいつらに報いを受けさせてからこの国で亜人獣人を拷問する連中を滅ぼして回り、シルトヴェルトにでも行って波に挑みますよ。ふっ……勇者の仕事は最低限しますよ」
モグラの親戚はしばらく後でゼルトブルに集まっていきますぞ。
おそらくモグラたちの需要はメルロマルクにあまり無いのでしょう、という結論が出ていますぞ。
で、何やらニヒルに笑っているつもりのようですが樹、お前はリスーカ姿なので締まりが無いですぞ。
しかし、樹はどうやらモグラに熱を上げている見たいですな。
あれですな。基本的にはリースカと仲良くなる樹ですが、ワイルド化した影響で最初の世界のお義父さんのように異なる相手を望んだという事ですかな?
お姉さんを一番大切にするのは最初の世界のようにお姉さんを最初に購入したループ以外無いですからな。
それ以外だと保護者でしかありませんぞ。
そんな感じの変化が樹に起こっているのかもしれないですな。
あまりこの考えをしているとどこかでお姉さんに撲殺されそうな気がするので深く考えないようにしましょう。
「言う程、やりたい放題って感じじゃないね。まあ正義感も悪くはないけど、誰かの為っていう具体的な目的が出来たって感じなんだね」
お義父さんはタクトについて聞いていますからな。
確かに連中に比べれば『やりたい事』というのが自分本位ではない様に見えますぞ。
「ちょっと安心したかな。今まで俺達は歯車が嚙み合ってなかっただけで、樹って勇者に選ばれるだけあって基本的には善良だしね」
「……あなたがそう思うのならそうなんでしょう。あなたの中ではね」
「ははは……うん、そう思ってるよ」
「……」
「まあ錬が教えるだろうし、出来るなら覚えてもらった方が良いか……何はともあれ、樹、これからよろしくね」
「よろしくするかどうかは別ですが目的が一部被りますし、協力はしてあげますよ。エミアさんの精神的にも尚文さんに預けるのが良いですから、かといってエミアさんを売るような真似をしたら殺しますよ」
「しないよそんな事……というかこことは別で平和な場所に子供たちとか預けてるし、エミアさんもイミアちゃんと一緒に行ってもらうのが良いんじゃないかな」
そんな訳で樹は俺たちに協力するようですぞ。
お義父さんから武器の強化方法を聞いた所、錬よりも素早くその日のうちに実践できるようになりましたな。
曰く、モグラの影響で盾の勇者であるお義父さんに多少の願望が入っているからだとかなんとか。
「あの……そろそろボクの背中から降りてくれません?」
樹はウサギ男の背中に乗りっぱなしで話をしてました。
ウサギ男が冷や汗を流してますぞ。
樹はウサギ男の耳をぐいぐいと掴み、ゲシゲシと背中を踏みしめてましたぞ
「ああ、そうでしたね。ご迷惑を掛けました。謝罪に僕のとっておきの食材を上げますよ」
「謝っているつもりですか貴方!?」
グイっと手慣れた様子で樹は口に手を入れてヌッと頬袋から……毒キノコを出しましたぞ。
汚いですな。口に入れた物を渡すなですぞ。
「この美味しいキノコを上げますからリーシアさんの話し相手にでもなってください。あの方は物語が好きでしてね。なんとなくあなたも読書が趣味っぽいので気が合うでしょう」
何か気が抜けた行動を樹がしてますぞ。
どことなくお義父さんみたいなジョークですかな?
時々素でおかしなことを仰ったり悪乗りすることがあるとお姉さんが嘆いていたのと重なりますな。
「それ毒キノコですよね! いりませんよ! そもそも口から出すとか何なんですか!」
ウサギ男は本を読んで知っていたのか即座に言いますぞ。
まあ、露骨に真っ赤な傘のあるどう見ても毒キノコにしか見えませんからな。
ベニテングダケに似た毒キノコですぞ。
確かスカーレッドデスミートスポアとかそんな名前でしたな。
色々と調合に使える代物でウロボロス劇毒の材料にもなる初期毒物の一つですぞ。
「毒があったら僕が食べるはずないじゃないですか、しっかりと鑑定して食べてるんですから! 美味しいというのに。しかもしばらく力が漲る滋養強壮効果まであるんですよ」
ムシャっと樹は毒キノコを頬張って食べ始めましたぞ。
毒じゃないとばかりにむしゃむしゃと食べてますがウサギ男は絶対に嫌だと拒否してますな。
「いや……樹、それ、毒だよ。俺の武器は毒だって表示してる」
「俺もだ。樹、大丈夫か? 拷問で頭までおかしくなったのか?」
「いえ、そんなはずは……エミアさんもリーシアさんも食べないので不思議に思ってはいたのですが……」
「あ、確かリスって毒キノコを食べても平気だって研究結果があったような気がする」
確かリスーカにはデフォルトでどんなキノコも食べられる能力があった気がしますな。
「リスーカの固有能力だ。他に壁登りなどがあるのはわかっているだろう?」
ラフミが現れて樹に説明していきました。
直後に樹は矢を放ったのですがボフっとよけられてしまってますぞ。
「残像だ……まだまだ修行が足りんな」
「無駄な所で姿を現すのはやめてください。不愉快です」
「ふ、知らないだろうから教えてやったというのに」
「余計な事しか言わないだろうが、お前は!」
「まあまあ……ともかく、樹、どうやら毒キノコを食べられるのは樹だけみたいだから納得してね」
「しょうがないですね。ですが、このキノコは本当に美味しいんですよ。他にもありますね」
今度はまだらのキノコを樹は出しました。




