人間嫌い
「ぐっ……ハァ……ハァ……」
心の底から湧き出す憎悪の感情に飲まれそうになる樹でしたが、ここで理性を失う訳には行かないとモグラの浅い呼吸から弓を変える事で踏みとどまったのですぞ。
矢でモグラを宙づりにしていた鎖を破壊してモグラを抱き起しました。
「イツキ……さん……あなたは……?」
「すみません。僕は、あなた達の待ち望んだ盾の勇者の尚文さんではなく……尚文さんを糾弾していた弓の勇者なんです」
モグラは貴族の死体に視線を向けたのですな。
「良いんです。僕が決めた事ですから。エミアさん、貴方が覚悟していたように、僕は、あなたを助けたかった」
それは誰かの為に命を犠牲にしたかった彼女の願いを裏切る事。
その為に一人の人間を殺した罪。
正義ではなく目の前の人の為に行動すると決めた。
誰かが間違っていると、弓が自身を勇者と認めなくなったとしても、この決断を後悔しない。
悪と罵るならいくらでも罵れば良い。
正義は捨てた。
ならば、もう手段にこだわらない。
この道に正しさを測る天秤は必要ないのだから。
手段が間違っているとしても、身勝手でも、傲慢でも、なんでもいい……これ以上、奴等の暴虐を許してはおけない。
もしも自身を罰するものが現れたとしても知った事ではない。
そいつを返り討ちにしてでも守りたいものがある。
この道を阻む者が現れるならその度に弓を引いて行こうと樹は誓った。
「エミアさん、例えあなたに否定されたとしても……決めたんです」
許せない相手を善悪など関係なく罰を下す。
誰かに与えられた使命でも正義感でもない。
これが悪であるとしても、この先に暗闇だけが待っていても、救いたい人が助かるならそれで良い。
「ふ、ふえぇええ……と、隣から大きな音がしますが……何があったんですぅ」
「く……」
樹はここでモグラを助けてここから脱出するには人手が足りないと判断し、ここでの生活で信用できると判断した声の主の居る場所へと向かった。
鍵が掛かった扉を矢を放つことで破壊して扉を蹴破る。
「ふえぇえええ!?」
そして部屋に入り、リースカへと弓を引き絞って告げる。
「こうなってしまった以上、ここから脱出する手伝いを命じます。逆らったらどうなるかわかりますよね? 声を上げたら殺します……あなたは良い人です。悪い様にはしません。だから出来れば大人しく従ってください」
「ふえええ!? い、いったい何が……」
リースカを脅しながら樹は貴族を殺した部屋へと連れて来たのですぞ。
「ふ――」
「これでわかりましたか? あなたをここに置いていった場合の展開なんて予想が付きます。強引に連れていきますからね」
まあリースカが犯人という事になってしまう可能性もありますからな。
真実に気付いた樹はその辺りの配慮も出来るという事でしょう。
それとこれまでの経緯でリースカの人間性を信頼しているという事でもあるそうですぞ。
「それじゃあエミアさん、ここから逃げましょう。拒否はさせません。僕は何があっても、あなたを助けますからね」
「イツキさん……」
肩に飛び乗り樹はリースカを脅してモグラを背負う様に命じたのですな。
それからは迅速に物音を立てずSPを回復させてからクロ―キングスキルで静かに屋敷を、町を脱出したそうですぞ。
「後は流れでリーシアさんにエミアさんを背負わせて安全そうな所まで逃げて、傷の手当ての後、体力が回復するのを待ってからここまで逃げてきたんですよ。リーシアさんには僕が弓の勇者である事などの事情を話し、町などで買い物をする際に協力してもらいました」
『ブブ……』
「まあここまで来る途中に気に食わない貴族や商人をぶち殺して、同行者は増えてしまいましたけどね」
「ちょっと見ない間に随分と、その……大変な経験を樹はしてきたんだね」
お義父さんが同情の視線を樹に向けてますぞ。
そして見せつけるかのようにローブの隙間から切断された尻尾を見せてました。
事実だとばかりにですな。
「それはお互い様でしょう? あなたは国家ぐるみで狙われている盾の勇者なんですから」
「ま、まあ……」
「なんかその人、大変だな……尻尾半分ねえし」
「時々、亜人や獣人の耳や尻尾を切ろうとする連中がいる。名目は人間に近づけてやる……だったか……」
ワニ男がそう告げました。
「酷い……」
お義父さんがそんな樹の尻尾に同情の視線を送ってましたぞ。
まあ、お義父さんの場合、どのループでもこのように傷のある奴隷たちには色々と手を使って傷の手当てをするのですな。
お姉さんに始まり、村の者たちにも割と配慮していたのですぞ。
ちなみにこのループだとウサギ男やヴォルフがそれですな。
「そんな訳で愚かにもこの国に良いように利用されていた僕はウサウニーとやらの思惑通り真実に気づいたんですよ」
「そ、そうか」
「ブブブブ……」
リースカの話をユキちゃんに翻訳して頂いた所だとあの貴族が行っていたのはとても非道な事で、脱出の際に調べた所、既に何名も亜人が亡くなっているとの補足のようですな。
樹は正義ではないとリースカに言ってはいるようですが背中で語る形でリースカは樹に惹かれているようですぞ。
道中でリースカには丁寧で優しいフォローをしたらしいですな。
時々協力を感謝として逃がそうとはしているみたいですが、リースカが付いてきているみたいですな。
「尚文さんもこんな事をしているのには理由があるのでしょう? もう疑ってはいませんから教えてくれませんか? なんで奴隷商人なんて真似を?」
「樹とは状況が違うんだけど……そうだね。奴隷として拷問されていた子を助けたのが始まりなのは間違いないよ」
お義父さんはお姉さんを救出した時の事を思い出しているのですぞ。
「やはりそうだったんですね。この国には無数に、尚文さんだけでは救いきれない程の出来事があるのでしょう」
樹が大きく理解をしているようですぞ。
ちなみにお義父さんが保護したモグラはお義父さんに引っ付いていますな。
懐いているとアピールしていますぞ。
「確かに僕としてはとてつもない経験をしたつもりですが、こんな経験、この世界ではありふれたモノです。ですが、色々と得るものはありました」
「そこまで割り切らなくてもいいと思うけどね……まあ樹と和解出来てよかったよ」
「そうですね……しかし、どうやら僕は人間という生き物が嫌いであったんだと気づいたんです」
「ん?」
非常に深いカースとも異なる闇が映っているような瞳で樹はお義父さんと錬に顔を向けました。
「思えば能力主義で僕を評価する元の世界の連中に始まり、勇者という肩書だけで利用している者たち、そしてこれ幸いと尚文さんに向けて魔法を放った連中、その顔を思い出すだけで膨れ上がる感情があるんです。ああ……この生物に反吐が出ると」
カース武器にはなっていないと思うのですがどうも樹の様子がおかしいですな。
「尚文さん、貴方は亜人獣人の勇者なんですよね。それが非常に羨ましいと思う様になりました。ええ、この世界は亜人獣人こそふさわしいんですよ。この国を滅ぼした後は亜人獣人の国の守護を僕はしたいんです」
「ちょっと樹?」
樹はキョロキョロと周囲を見渡しますぞ。
「しかしあのクソ兎が……尚文さん、僕によく絡んでいたウサギ耳の彼は何処ですか?」
サッとウサギ男は脱兎のごとく背を向けてその場から逃げようとしてますぞ。
そこを目ざとく見つけた樹が影を矢で射抜いて足止めしましたな。
「く! 体が!」
どうして動けないのか即座に特定して光の魔法を放って動くウサギ男ですが既に樹に追いつかれて背中に乗られました。




