親心
「ぐぬぬ……兄ちゃん! いや、剣の兄ちゃん! 良いのかアレ! ヴォルフ兄ちゃん!」
「あー……」
錬がお義父さんの方に困ったように視線を向けました。
クロちゃんに絡まれた時と似たような顔ですな。
一応空気は察しているという感じですぞ。
「権力を持った者は和を乱す異分子を時には排除しないといけない。ヴォフ」
ヴォルフも状況を理解しているのかキールを諭す流れになっているのですぞ。
「なあ! ルナちゃんはどうなんだよ。ドラゴンだからってのは無しだぜ?」
「んー……キールくんがお願いするならドラゴンを捕まえてあの子を持ち帰るまで殴る?」
「それは……ダメかな」
と、お義父さんが遮りキールを抱えますぞ。
「なんだよ兄ちゃん! 離せよ! ウィンディアちゃんが可哀そうじゃねえか! 何も悪いことしてねえよ!」
「えーっとね……」
お義父さんはキールの耳元に口を近づけて小声で事情を説明しました。
「え!?」
それからさらに内緒とばかりに人差し指で口元を抑えますな。
その動作は優しいお義父さんがする癖であるのを理解しておりますぞ。
何とも切ない気持ちになりますな。
で、ライバルの親はそのまま飛び立って行ってしまいましたぞ。
「ああぁああああああああああああ!!」
それから置いて行かれた助手は慟哭するように泣いておりました。
しばらくしてお義父さんは助手に声を掛けましたな。
「ウィンディアちゃん。行く当てが無いだろうから……俺たちの所に来てほしいけど良いかい? キールくんも居るし、みんなとしばらく一緒に生活してこれからを考えて行こうよ」
「くすん……」
「このままここには居られないし、ウィンディアちゃんが一人でいるのは危ないからね?」
お義父さんの提案を聞いているのか怪しいですが助手はそのまま泣き続け、やがて疲れたのか寝てしまいましたな。
まあ、大体ライバルの親がお義父さんに助手を預ける際の流れのままですぞ。
しかし……よくこの流れでお義父さんに預ける流れになりますな。
俺がボコボコにした時は預けませんでしたぞ?
不思議ですな。
ともかく、お義父さんは寝入った助手を背負って下山する事になりました。
下山すると村の者たちが出迎えましたな。
「この村で行方不明となった者はいませんでしたが……」
「ブー」
「ああ、そちらの村の子ではなくこっちの奴隷だったみたいで、こうして見つけた」
「そ、そうですか。それで……山にはドラゴンが生息しているので、その……遭遇は?」
「……しなかったよ。だから俺の奴隷たちもけが人はいなかったさ」
さらっとお義父さんは嘘を吐きました。
「そ、そうですか。それは良かった」
錬がライバルの親を仕留めた際は宝を奪いに行くような連中ですからな。
あまりつけ入る隙を見せないようにしているのでしょうかな?
もしくは亜人獣人の負傷者が出ることを望んでいるだろうと深読みしたのでしょう。
一応、交易が多少はあるそうでこの村は差別感情は少な目なのが唯一の長所らしいですがな。
「それじゃあせっかくの祝いの席なのにご迷惑を掛けました。また明日、よかったらサーカスを見に来てください」
「は、はい」
と言う訳で寝入った助手をそのままサーカステントの裏手にある馬車内のベッドに置きましたぞ。
「さてと……」
「兄ちゃん。本当にウィンディアちゃんを連れてくのかー?」
「頼まれたからね。あのドラゴンはね。ほんの一瞬の付き合いであるはずなのに危険なドラゴンが生息する地域まで助けに来てくれるような子にウィンディアちゃんを任せたかったんだよ」
偉かったね。とお義父さんはキールを撫でますぞ。
「俺が余計な騒ぎにしちゃった所為でウィンディアちゃんが大好きな……その」
「大切だからこそなんだよ。あのお義父さんドラゴンはウィンディアちゃんを大事に思うからこそね? 一緒に居る事だけが幸せとは限らないって事かな……想うからこそなんだ」
「うー……」
納得しがたいとの反応をキールはしていましたぞ。
「このままドラゴンの巣に居続けるのはウィンディアちゃんに良くないと思っていた親心だよ。俺も……耳に痛い所だったかな」
そういえばお義父さんは日本に居た頃、親に放任されつつ要所要所で甘やかされていた的な事を仰っていた気がしますな。
自嘲するお義父さん曰く、ニートとかFランク? それに近い怠けた生活だったとかですぞ。
ですが、俺は絶対に違うと今なら思えるのですな。
バイトをいろいろとしていたようですし、知り合いに将来雇用したいとか言われていたらしいのを仰っていましたので、お義父さんの世間にある怠け者とは絶対に違うのだろうくらいは鈍いと言われる俺でもわかるのですぞ。
怠ける豚の中で謎の事業をしているやつとかいましたがそれよりも活発だったのは想像に容易いですぞ。
何より怠け豚よりも活発に活動するお義父さんが怠け者とかありえませんな。
錬曰く、奴隷の奴隷と評されたお義父さんなのですぞ。
「ドラゴンに育てられた少女ですか……こう、物語になりますね」
ウサギ男が助手の経歴に目を輝かせてますぞ。
「テオからすると素敵な育ちになるのかな?」
「ええ、不謹慎ではありますが物語の登場人物みたいで……所で実子では、ないですよね? ドラゴンの特徴ありませんし」
「うん。どうも縁あって拾った子を育ててあげていたみたい」
「なんとまあ……とはいえこの子がどんな育ちをするのかいろいろと気になりますね。こう、例えばボクやシオン、ヴォルフと出会わなかった岩谷様みたいな話はあるのでしょうか?」
お義父さんにそれとなくウサギ男が探りを入れているようですぞ。
「何かありそうではあるけどね。元康くん?」
「そうですな。錬はどうなるかなんとなくわかるのではないですかな?」
ここで錬にそのまま話題を投げつけてやりますぞ。
「……知らないな。ああ、そんな可能性を模索するのは無意味だ!」
話題を振られた錬は拒否をしてますぞ。
「山には行くなと注意してましたから……なるほど、仇になっているのですか」
「しないって言ってるだろうが!」
錬も助手とライバルの親とのやり取りから想像は出来ていたのでしょう。
ホッとしていたのを忘れてませんぞ?
「となるとあり得た未来は親を殺され巣の宝は奪われ、兄弟は殺され、奴隷の身に身を落としたのちに力をつけて勇者を殺そうとする……悲しき復讐者でしょうかね」
外れですな。
まあ、錬をぼこぼこにするループはありますが殺しまではしてませんぞ。
「ヴォフ」
おいヴォルフ、なぜそこで俺を見るのですかな? 確かにフィロリアル様の敵であるドラゴンは大量に仕留めてますがライバルの親を殺したことは無いですぞ?
「え? 誰かウィンディアちゃんのお父さんを殺すのか?」
察しの悪いキールがお義父さんに尋ねましたぞ。
「あ、槍の兄ちゃんだろ! いくらフィロリアル達が嫌ってるからってそんなヒデー事するんじゃねえぞ! これから行くとかだったら絶対に止めるからな。ルナちゃん達もそんな事したら兄ちゃんたちに怒られるからやるなよ」
「ルナしないよー」
「そんな事したことないですぞ」
「違うんですか? あんな大量にボクを連れて虐殺しておいて?」
ウサギ男がやかましいですぞ。
「違うのか?」
テントに戻ってきていたワニ男までもが俺に尋ねましたぞ。
「なんでも俺が原因扱いは不服ですぞ! 俺は無実ですぞ!」
「普段の行いで怪しまれるんですよ。なんにしても、岩谷様。あの子を託されたのですね」
「うん。いろいろとこっちの事情というかキールくんが懐いている所から尋ねられてね」
「なるほど、あれだけボコボコにされたのに預けるとは身の程を知っているのか、もしくは人格者の盾の勇者だと知っていたのか、先見の明……宝を見る目は確かでしょうかね」
ドラゴンと言えば魔王とか悪が相場ですが、こういうのもドラマチックだとウサギ男が頷いてました。




