人攫い
「フフフ、これは面白い事を言いますね」
ウサギ男、キールとも異なる煽りに似た笑いですな。
「絶対にありえませんね。岩谷様はそのような事をするような人物ではありませんよ。どうやって強姦をするのかお聞きしたい位です」
「そんなの襲いかかるくらい出来るでしょうが! マインさんの涙を見て疑えると思えるのですか?」
赤豚の涙などゴミにも劣る偽りの涙なのですぞ。
屠殺するのすら生ぬるい赤豚を今回はどう惨たらしく処理するか考えるしかありませんな。
「豚に犯されたら汚されてダメージを受けるのはお義父さんですぞ。そんな事を絶対するはずありませんな」
おっと、思わず言わないようにと思っていましたがポロッと出てしまいました。
「元康くん!」
「ないですね。岩谷様の人となりを知れば知るほどあり得ないと断言出来ます。敢えて言いましょう! むしろ強姦される方です!」
力の限りウサギ男は拳を握りしめ……あ、興奮しすぎて手がウサギになってますぞ。
ただ痛みは無いようでモフモフの手をしてます。
「ちょ――」
「こう……一人で出歩いて行く姿は非常に不安で……何処かで野蛮な兵士や冒険者に捕らえられて悲惨な目に遭ってないかと」
「……」
熱弁するウサギ男に雑種のリザードマンが沈黙をしてますが腕を組んでウンウンと頷いてますぞ。
「普段の姿と人当たりからも知れば絶対にあり得ません。むしろ言いましょう。勇者に望まれるというのは誉れ、懇意ではないとしても被害者面をするのは難しい程の相手です。土台がおかしいのですよ!」
ズビシ! っとモフモフ化した指でウサギ男は樹を指さしましたぞ。
「な――それでもマインさんは受け入れられなかったんですよ! 何なんですか貴方は! 擁護する貴方も同罪です!」
「何とでも言えば良いでしょう。ボクは信じるに値しないと判断しているんです」
「テオにシオン! あんまり刺激すると碌な事にならないから……特にテオ! 誰が強姦されるって?」
「どこまでも非道な……各地で悪さをしていると噂になっていますよ。勇者同士で争うなんて御免ですからね」
各地で悪さ、お義父さんを語る偽者情報でしょうかな?
「……」
何故かお義父さんが沈黙しましたぞ。
言い返さないのですかな?
「まったく身に覚えが無いですな」
「白々しいですね。人さらいのサーカスを開いているとの噂ですよ!」
ああ、そっちの方でしたか。
襲い来る三勇教を捕縛して他国に出荷してるだけですぞ。
「ちょっとでも悪事が判明していればボク達はこの場に居ないのでは?」
「行く先々で監査が入りますが人さらいなぞ、全くそのような事実は無いのですぞ。樹、お前らの風聞でこのような仕事をせざるを得なくなったのを理解しろですぞ。まるで揚げ足取りをしようと言うくらい監査が入りますぞ。まだ始めたばかりなのにほぼ毎日くるのですぞ」
え? っとお義父さんがそのような表情をしましたが別に真実である必要は無いのですぞ。
元々お義父さんに勇者としての役目や仕事、ギルドの使用をさせないので嘘でも無いですからな。
人さらい? 襲い掛かってきた盗賊を処理しているだけですな。降りかかる火の粉を売り払ったに過ぎないのですぞ。
何せ盗賊は生け捕りにしなきゃいけない等という法律は無いのですぞ。処分しても咎められませんな。精々捕まえたら詰め所に連行程度ですぞ。
つまり俺たちの盗賊の処理は仕留めた扱い。罪にするのは無理がありますぞ。
もちろん真相はシルトヴェルトに売ったですがな。
「無い腹を探られ、ありもしない風聞を広めるのは問題では無いですかな?」
俺達は盗賊を国で処分して貰えないから他国で裁いて貰って居るだけですぞ。
「悔い改めれば良いじゃないですか」
「おや? 樹の常識で犯罪者は更生したらまともな仕事に就けるのですかな?」
「で……」
お? 言い返そうとした樹がバツの悪そうに沈黙しました。
「自業自得です!」
「話になりませんな」
「何にしても身に覚えが無い事を咎められても、知らないとしか答えられませんな」
「白々しいですね」
お義父さんが呆れる様な表情を浮かべました。
相変わらずこうなった樹は激しくウザいですな。
まあ、真実を知った樹もウザいですがな。
ニューナンブと呼ぶとしつこく俺を狙撃してくるのですぞ。
「答えありきで人を咎めるのが正義と? ずいぶんと目が曇った人ですね」
ウサギ男がお義父さんを守るように樹を嘲笑しますぞ。
「何が可笑しいんですか! その目を辞めてください! 不愉快です」
「ならばもう少し岩谷様の話を聞いても良いじゃないですか。先ほどからあなたが岩谷様の話を聞いているようには見えませんよ。両者の言い分を聞くことで真実は見えてくるのではないですか?」
バチバチと樹とウサギ男は激しいにらみ合いをしてますな。
そういえばウサギ男は俺がお義父さんを助けずに樹が冤罪の片棒を担ぐと怒る人物でしたぞ。
その時はお義父さんもあまり語ることは無かったので訝しんだ様子で同行しているようで、決闘の際に真実に気付いて激怒したのですな。
何にしても樹とウサギ男は相性が悪いのですな。
リースカも樹を説得する際に正義の反対は別の正義だと説いたとの話を思い出しましたぞ。
つまり樹の正義とウサギ男の正義がぶつかっているのでしょう。
「そもそも話が逸れてますよ? この国は亜人や獣人だとクラスアップが許可がまず下りないという話です。波に挑む勇者の妨害をするのは本末転倒ではありませんか」
「犯罪者の勇者の仲間に力を与えるのは愚かなものがすることでしょう!」
「また話が戻ってますよ? いい加減、この国がどういう国なのかを自身の目で確かめるべきだと言ってるんです。誰かを責めるのは楽で楽しいですよね。あなたも勇者なら慈悲深くあるべきではありませんか?」
一歩も引かないウサギ男に樹がいら立っているのが一目でわかりますぞ。
「くっ……くだらない言い争いをいつまで続ける気だ」
錬がその問答にウンザリして絡むクロちゃんの頭を押して両者の間に入りますぞ。
「喧嘩をするなら後にしろ。俺は仲間たちのクラスアップをさせておきたい」
「錬さん! あなたも尚文さんが正しいとでも言う気ですか!?」
「あの怪しげな茶番をか? くだらないことにいつまで執着する気だ」
「……ああ、いい加減やめておけ。うるさい」
雑種のリザードマンがうんざりした口調でウサギ男を後ろから掴んで持ち上げましたぞ。
「わわ! シオン、何をするんですか」
「あまり盾の勇者を困らせるな。見ろ」
雑種のリザードマンがお義父さんを指さすとお義父さんは苦笑しておりましたぞ。いえ……俺の記憶が正しければ密かな怒りがこもった笑みですな。
間違いなく強姦される側と言った事を怒ってるのですぞ。
ユキちゃんと俺がされる説教を回避できはしましたがウサギ男が地雷を踏んだのですぞ。
我に返ったのかウサギ男もその辺りを察したのか若干青い顔をしてますぞ。
「さっさと行くぞ」
錬の台詞に仲間たちがついていきますな。
「うん。闇聖勇者ー」
「お前は来るな」
当たり前のようについていこうとしたクロちゃんを錬は拒否しつつ俺……ではなくお義父さんに視線を向けましたぞ。
遠回しに助けてくれという事でしょうかな?
「クロちゃん。錬に絡みたいのは分かるけど後でね」
「後じゃない! 元康!」
「闇聖勇者に目覚めるのですぞ」
「黙れ! なんだそれは! 良いからこいつを抑えておけ!」
「クロはねー漆黒の爪牙でねー」
どこ吹く風とばかりにクロちゃんは錬に絡み続けているのですぞ。
錬の仲間も錬に懐くクロちゃんに強く出れず困惑しているようですな。
ま、クロちゃんならいずれ錬と仲良く出来るでしょう。
闇聖勇者として活動するのも時間の問題ですな。
「ここまで慕って居るなら仕方ありません。クロちゃんを任せますぞ」
「勝手に任せるな! 引き取れ!」
「クロちゃん」
「ブー……運命がまた交差する時までしばしの別れー」
調子が崩れるとばかりに手を振るクロちゃんに錬は歩いていきますぞ。
ちなみに錬の眉が少し痙攣してました。
嬉しいのか不快なのか判断に悩みますな。