女神の仕掛け
「ブッヒー! ブヒャアアアアアアアアア!」
アークが訳するまでもありませんな! 豚がヒステリーを起こして喚いているのですぞ。
豚の声にザッザと騒がしく物音がし始めましたぞ。
「完全に黒なのですぞ! お前等殺処分にしてやりますぞ」
フォーブレイの豚王に出荷できないのが惜しいですぞ!
既に豚王はタクトのせいでいませんからな。
「何が飛び出すのかなー。見物だね!」
「意味も無く答えを見るような真似はせずにここにいるけど碌な事にならなそう」
ノリノリのホー君と呆れ気味のアークが仰いましたぞ。
「一気にブリューナクで仕留めるのも手ですぞ!」
「ブヒ」
豚がここで不敵に笑いましたぞ。何を画策しても俺の前では無意味ですぞ。
「グア!? グアアア!? グア!?」
と、ここで事もあろうにフィロリアル様が連れてこられて喉元に刃を突きつけられていますぞ。
「ブッヒブヒブヒ」
「わー……安直な手だなー」
「『おっとクズの槍の勇者、アンタの事は有名だから知ってるわよ。お前が動いたらこのフィロリアルの首が飛ぶけど良いのかしら?』って言ってるよ元康くん」
これは……人質ですぞ!?
「くっ……この豚がああああ! フィロリアル様に傷つけようものなら許しませんぞぉおおお!」
「え? 元康くんには効果あっちゃうの?」
ホー君が意外と言った様子で俺を見てますぞ。
「いや、元康くんは動けないよ。ここ最近、一緒に生活してるんだし分かるでしょ」
「そうだけどさー。完全に見も知らない子が人質にされた所で動けないってのも逆に凄くない? だって人が鳥を人質にされただけでさ」
「さすがに聖武器が勇者として定めた人物な訳で、正義とかそういう要素が強い人柄じゃないと選定されないでしょ」
見も知らない子供が盾にされた時に人質諸共殺すような人ってのは問題あるって。
アークがホー君にやや疲れた様子で答えましたぞ。
「完全に元康くん対策としては的確だね。腐ってる連中ってこういう所は知恵が回るよね」
「嘆かわしいねー。逆に元康くんも変わっているけど徹底してる所には好感が持ててしまうよ」
何を悠長に仰っているのですかな!?
く……これは非常に厄介な状態ですぞ。
「ブヒブヒィイイ!」
豚が喚くと同時に豚の配下連中が……俺ではなくアークとホー君へと視線を向けました。
「お? もしかして僕たち狙い?」
「元康くんを封じたから後の脅威は僕たちと思ってるのかな?」
「ブヒブヒ!」
豚は更にアークを指さしていますぞ。
途端にアークが軽く頬を搔きつつ眉を寄せ、放たれた矢を避け、そして魔法は避けずに……すり抜けましたぞ!?
「こっちの猫獣人らしき奴を生け捕りにするのだな!」
「行くぞぉおおおお!」
豚共の配下がアーク目掛けてなだれ込み陣形を組んで槍や網などを持って突撃してきました。
「ブヒブヒー!」
更に豚はホー君を指さし、後方にいる魔法使い達に攻撃を指示したようですぞ。
魔法詠唱が聞こえてきます。
妨害魔法の詠唱を……。
「グア! グアアア!」
ギリ……と、俺が妨害の詠唱をしようと口を開こうとした所でフィロリアル様の首筋に当てられた刃が動き、血が滲み始めましたぞ。
動くなという事ですかな!?
「作戦は順調な様だな」
ここでつかつかと何やら……俺の今までの戦いからの経験からタクトの同類と思わしき転生者と感じられる奴等が建物の奥から勝利を確信した笑みでやってきました。
珍しいですぞ。何人も居ますな。
「貴様! 転生者ですな!」
「この流れからして元康くんも察したね。うん、鼻が曲がるくらいに腐ってる魂だね、アレ」
ホー君が太鼓判を押してくれましたぞ!
ただ、なんとなくですがタクトと同じくLvは高い気配がしますな。
「俺達をあんな失敗した下級の連中と一緒にされても困る。俺達こそ全てを凌駕する最強の存在なんだからな」
何の違いもありませんな。
お約束の前口上ですぞ。
転生者に問答は無用で見つけたら速攻で処分するのがこの頃の俺達の方針ですぞ。
何せ話が通じませんし、強ければ何をしても良いの弱肉強食理論のくせに負けるとグチグチと文句を言って暴論を通そうとする奴らばかりですからな。
死人に口なし、仕留めた後に魂も処分するのが適切な処理方法ですぞ。
ですが今はフィロリアル様の生命優先ですぞ。
一体どうしたらこの場を乗り越えられますかな?
「何をのろのろしてやがる! 猫一匹捕まえられないのか!」
「嘆かわしいぜ」
転生者はそう言いながら陣形を組んでアークを狙う部下に檄を飛ばしていますぞ。
「まったく、このいざって時の保険である俺達が目覚めてこうして行動する事になる程の相手だって聞いたが……大した事なさそうじゃねえか」
「あの女、話に寄ればこの世界の勇者共にやられたとか無様も良い所だぜ」
「ま、後は俺達が引き継げば良いだけだ。ふふふ……」
何やら赤豚本体の事を言っているのですかな?
俺が首を傾げていると転生者共はアークを見つめてから俺達の方へと視線を戻しましたぞ。
そして徐に手を開くと何もない空間が開いて――
「……力の根源足る俺が命ずる。出てきやがれ!」
バシュッと音を立てて俺の槍やお義父さんの盾……いえ、聖武器と呼ばれる武器と思わしきが現われました。
その形状は杖……のようですがクズの所持する杖とは形状から何まで異なりますな。
なんとなくですがクズの杖より上位の武器のような気がしますぞ。
他にも転生者達にはそれぞれ武器が現われて手に収まりました。
「この世界のとは違う杖の聖武器、他にも上位精霊具か……精霊の抵抗から見て所持者として認められないようだね。しかも無理矢理この世界に持ち込むとはね。僕が言うのもなんだけど神をも恐れぬ所業とはこのことだね」
ホー君がため息交じりにドン引きだよ、と転生者に言いますぞ。
「認める? 何言ってんだ、俺の力で認めさせて力を行使してんだ。武器ってのはこうやって使うんだ。それと……聖武器は本当、無限の力をくれる方法があるもんだ」
何やら誇らしく転生者はしていますぞ。
な、なんでしょうかな? あの持っている武器以外も何かをしているような気がしますぞ。
それには聖武器や眷属器の精霊が酷い目に遭っているのが槍を伝って感じ取れますぞ。
「はぁ……嘆かわしいねー。話に聞いてはいたけどさ。なるほどなるほど、君……この世界を荒らした奴の残党で、神を自称する輩から何かしらの役目を与えられた特殊個体って所か」
「ふん」
後にホー君が調べて教えてくれたのですがどうも赤豚の本体が機会があったらと仕込んでいる特殊な下僕の一体だったとの話ですぞ。
この転生者は世界が滅んでも生き残れるように水晶に閉じ込めて封印しており、特定の条件下で封印が解けて暗躍ないし行動をするそうですな。
それはどうやらアークが来た場合の仕掛けだったそうですぞ。
経歴からして一度赤豚本体が好きにどこかの世界で第二の人生を謳歌させて楽しませた後、聖武器を支配下に置き、そのまま別の世界に新たな体を授け、いざという時の駒にする。
赤豚本体が扱う転生者の中でも上位という扱いなのだそうですぞ。
「槍の勇者とそこの鳥はじっとしてろよ。じゃねえと殺すからよ。おら! 早くその猫を捕まえやがれ!」
「……」
アークが眉を寄せて黙って見つめております。
その目つきに……なんでしょう。非常に気になりますぞ。
何故ですかな? 俺は俺自身の冷静な部分が首を傾げましたぞ。
「話に聞いてはいたけど、ちょっと……これは許しがたいかな」
ゆっくりと目を閉じたアークは……キッと強い眼光で目を開き転生者共へと視線を向けました。




