猫の中の箱
「そんな元も子もない……」
「ラフー」
「魔王って王道だとドラゴンだったりするよな。この世界だとドラゴンがそうだったりするな。なんかグラスの方だと魔王が居たとか言ってたぞ」
お義父さんが扇豚から聞いた話をしているようですぞ。
「ドラゴンはお前の配下みたいなもんらしいがどうなんだ? お前も魔王だった事があるみたいだが」
「君の見解と同じだけど、ドラゴンはそう呼ばれやすいね。魔物を指揮して人間や他の生物が問題を起こしたら戒める役目を担う事があるよ」
「理由は?」
「君達は分かるんじゃない? 戒める事が出来ないとこの世界で起こった波の黒幕みたいな奴が出る状況になりかねないのさ」
だから秩序とかなんとか仰っていらっしゃったのですかな?
確かに赤豚は存在自体が害悪、そんな赤豚のような奴らに人間が至らないようにするのがドラゴンの役目だと言うことですかな?
「ちなみに秩序を担う故に彼らの中でも高位となると白の魔法の一部をブレスとして使う事が出来るね」
「白……ガエリオンが使ってたな。妙に白い炎みたいなのを」
ライバルも使っていましたぞ。
他に応竜も使える様でしたのでなるほど……ドラゴンは特殊な魔法が使えるのですな。
「白の魔法ですかな?」
「原初の魔法だね。定められたルールを守る秩序の力、ドラゴンの場合は問題ある力の使い手を黙らせて周囲の味方の助けとなる効果を付与する奴だよ」
おお……ホー君は詳しいですな。
「対比というか……大本に黒という属性の魔法があるんだけどね。正確には『全てを吐き出し虚無に至った透明の黒』という……無という言葉さえ無かった頃からあった創造に関わる力さ」
「……」
ホー君がそう説明するのをアークは視線を逸らしておりましたぞ。
「この辺りはそっちの猫の方が詳しいけどね」
「そりゃあ……ま、こっちの力に関してはあんまり教えて良いものじゃないかな。ま、知らなくたって作用している所があるよ」
「よくわからんな」
「分からなくても良いのさ。他に僕たちに目撃されるとグレーラインの魔法とかもあるね」
「ほう……例えば?」
「例えばそうだなー……前世の姿に戻す魔法とか? ね? この世界に紛れ込んでる転生者とかには効果が大きそうだね」
アークがホー君に尋ねますぞ。
「そうだねー魂が転生前から腐りきってる連中が大半みたいだし、前世の姿に戻すってのはイヤだろうね。どっちにしろ魂が腐ってるだろうし」
「かなり地獄を見せるエグい魔法だな。夢の異世界転生で前世の姿になるって……いや、俺達は転移や召喚だから似た状況になのか?」
「化けの皮が剥がれるって意味だと違うでしょ? 君達はそのままきた訳だし」
確かにそうですな。
別の誰かになるという気持ちは分からなくもないですが、転生者みたいな奴らにはなりたくないですぞ。
「魂のルーツを探る意味だと確認出来ない程度の実力なら使えなくも無いかも?」
「まー……そうなるのかなー? あんまり良い方法じゃないと思うけどね」
「とはいえ、前世が無い人も居るんだけどね。そう言った相手には意味が無かったり手痛い事になったりするよ」
アークとホー君しか分からない運用考察をしていらっしゃいますぞ。
「よくわからんが魂のルーツねー」
「そうだね。安易に説明するルーツでわかりやすいのだと、この村に居るドラゴン。家出中の彼は剣の聖武器世界出身のドラゴンがルーツだよ。魂なんかの認証というか構造で分かる感じだね」
オスのライバルは主治医とお義父さんがいらっしゃらない場面でアーク達へと会いに来ていたのを俺は目撃しておりましたぞ。
挨拶には来ていた形ですな。
「ガエリオン共か……ドラゴンにもルーツがあって元々の出身世界が分かるのか」
「で、もう一人の元康くんと時々漫才してる子の方はまた別だね。実は昔、彼女の遠い前世にも会った事があるんだ。君も確認くらいは出来そうだけど意味も無くする必要は無いか」
ライバルの話などどうでも良いのですぞ。
「メスリオンの方もか」
「ま、ドラゴンも転生を繰り返すからね。忘れても当然だよ。当時の竜帝は彼女だったね。この世界では二匹の竜帝が仲良く争っているね」
「一極化するより好ましいって見てたね、君ー」
「鞭の眷属器に選ばれた彼女の妹と弟でしょ。仲が良いのは良いことじゃないか」
ライバル同士の争いですかな?
かなり壮絶な喧嘩をしていたのを覚えてますがな。
ちなみに暴走したチョコレートモンスター事件の所為でお義父さんは関わらない事を決めておりますぞ。
「転生か……」
「する意味を知りたいかい?」
お義父さんが呟いた所でホー君が小首を傾げて尋ねますぞ。
「お前等の言い方だと魂が腐らないように行われる儀式という印象だな」
「それもまた一面だね」
「世界の理によって変わりはするけどね。場所によっては輪廻の輪から外れて解脱する事を目的にしてるなんて所もあるよ。変に勘違いして魂を腐らせたりしてる所もあるけどね。正しく解脱は難しいね」
「規模が大きい事で、世界が存在する意味すらお前等は知ってそうだな」
「そこまで傲慢でいるつもりはないけどね。世の全ては空即是色、色即是空……意味だけを求めては面白くないじゃないか。常に変わりゆく、停滞こそ腐敗の始まりだよ」
と、アークは乾いた笑いをしているように俺は感じました。
「ホーの方はそう言った鳥だってのはわかるが、アーク、お前は本当によく分からんな。元魔王で良いのか?」
「さて、どうでしょう?」
またアークがはぐらかしますぞ。
お義父さんも深く追求をするつもりはないのか興味なさげにラフ種のブラッシングに集中しておりますな。
「まー……そこの猫はいろんな側面や世界の負の部分を押しつけられた所があるからね。一つの側面で言うなら『箱の中の猫』じゃなくて『猫の中の箱』とかね」
なんとなく聞いた様な略称ですぞ。
箱の中の猫……思考実験ですな。
箱の中に50%で死ぬ状況にする。
猫を入れて箱を閉じ、猫が死んでいるのか生きているのか分からないという奴ですぞ。
俺でも知っている位有名な奴ですな。
「逆ではありませんかな?」
「まあね。猫の中にある箱は開いているのか閉じているのか、猫を殺して取り出して確認しないと分からない。その箱に厄災か希望か、何が収められているのかってね」
「……」
アークが若干不愉快そうに眉を寄せていますぞ。
「どこぞの猫で有名な概念を皮肉って煙に巻くつもりか」
「無はあるけど無い。無いけどある。そんな不確かなものであるのと同じって事であり、だからこそみんなが押しつけるゴミ捨て場にもなりえるってね。無を漂うゴミは何処へ行くのやらー」
「宇宙ゴミとか俺の世界でも話題にはなってたな」
「生産したエネルギーの数だけマイナスも生まれている。反作用、反存在……世は常にバランスを取るのが宿命さ」
「本当、君はよく喋るねー」
「えへへー」
ホー君にアークは呆れつつ、そんな雑談をしていらっしゃいました。
そんな日の夜ですな。
村に建設された銭湯に俺は行きました。
お義父さんは既に入浴を済ませているご様子でうちわで涼みながら椅子に腰掛けておりますぞ。
窓から何が見えるのですのかな?
「ラッフ」
「ラフー」
「ターリー」
「リーアー」
ラフ種達がそんな月明かりの夜の中で集まって腹太鼓を叩きながら賑やかに騒いでいる様子をお義父さんは微笑んで見つめております。
ふむ……ヒヨちゃんもそんな宴を友達のラフ種を見つめている姿が見受けられますな。
「……あの中でラフタリアも一緒に遊んだりしないもんか」
丁度お姉さんが入浴中であるのか周囲にいない所でお義父さんはぽつりと呟いておりました。
さすがお義父さん、恐れるものなど何もありませんな。