飢えに飢えた
「まだいるー」
ギョロっとルナちゃんが俺たちの方へと視線を向けました。
生命の危機ですぞ!
フィーロたん! やめてですぞぉおおお!
「こ、これは……急いで逃げましょう! 捕まったらどうなるかわかりません!」
待てー! っとばかりに動き出した時、俺と樹はその場から全力で走りだしました。
「元康さん!」
樹が俺の背中に乗りますぞ。ええい降りろですぞ!
逃げ切れなくなりますぞ。
「ドライブモードで一気に距離を離しましょう! じゃないと追いつかれますよ!」
「わ、わかりましたぞ! ドライブモードですぞ!」
俺は急遽ドライブモードになり、急いで追いかけてくるルナちゃんから一目散に逃げ、建物の影に隠れながらのチェイスをしましたぞ。
「待てー! かわいい生き物たちー! ルナが愛でるー」
「ルナ! 離せぇええええ!」
「なんだ?」
ここでブラックサンダーが騒ぎを聞きつけて現れましたぞ。
「クロ! ちょうどいいから助けてくれ! こんな姿だが俺だ! 錬だ!」
「んー……けっ、リア充が!」
ブラックサンダーはルナちゃんに捕らえられた錬に向けてそう吐き捨てて背を向けてしまいましたぞ。
「な、クロ! おい! これのどこがリア充だ! もっとしっかりと見ろ! 尚文じゃないんだぞぉおおお!」
「うふふ……かわいいー」
ルナちゃんはひとしきり俺達を探し回った後、そのまま錬を連れてどこかへ行ってしまいました。
俺達はルナちゃんの目を掻い潜った後、隠蔽スキルでどうにか逃げ切ったのですぞ。
「行きましたか……」
「どうにかやり過ごせましたな」
「しかし……錬さん、ルナさんにああも好かれるとは……クロタロウさんは雄のフィロリアルで困っておりましたし、良い縁が築けるかもしれませんね」
ふむ……確かにルナちゃんには今の錬は理想の相手かもしれませんぞ。
キールを何よりも愛でていたルナちゃんの実らぬ恋でしたが錬は男ですからな。
ぼっちを寂しがる錬にはぴったりかもしれませんぞ。
とにかく、今のルナちゃんには恐ろしくて俺は近寄れませんぞ。
錬、しっかりとルナちゃんを癒す生贄になるのですぞ!
ラフミも傍観してましたからな。
「ふぇえええ……」
「リーシアさん、助かりました」
「ほ、本当に君がいつきくんで良いの?」
俺達は今、樹の家であるリースカの部屋から去っていくルナちゃんを目視しておりましたぞ。
「これでわかりますか?」
樹が弓を変化させた銃で棚にある的を全弾、高速で射貫いて見せますぞ。
「その早撃ちは確かにいつきくん。だけどその姿は……」
「動物変身の魔法の練習をしてたら何故かこんな姿になって戻れなくなってしまったんです。リーシアさん、ラフえもんさん。何か心当たりはありませんか?」
「し、知らないですよぉ」
「ぼくもわからないよ」
「そうですか……」
まったく、樹は大変な事を仕出かしてくれたものですぞ。
「怪しいのは触媒に使った機材ですぅ。そこから調べて行きましょう」
「ぼくも手伝うよ」
「助かります。ただ……これは一体どうなっているんですか。味方だと思っていた方々によって尚文さんと錬さんが連れ去られてしまいましたよ」
「お姉さんのお姉さんはともかく、ルナちゃんには劇物だったようですな……恐ろしかったですぞ」
思えばルナちゃんはかわいい生き物が大好きなフィロリアル様、そのルナちゃんが一番大事にしているキールがこのループでは居ないのですぞ。
つまり飢えに飢えた飢餓状態でしたがルナちゃんにとってそれが当たり前の状態でした。
そこに今までのループ内でわかっている最大級の劇薬であるキールとよく似た姿となった錬が出てきてしまったのですぞ。
代用のモグラ達では我慢出来なくなってしまったと考えて間違いないですな。
あの纏う空気は本当に恐ろしかったですな。
「尚文さんと錬さんはどうなってしまうのでしょうか……」
「錬はおそらくキールと同じ扱いでしょうから食べられる事は無いでしょうな。それよりもお義父さんの方が心配ですぞ」
という所でお義父さんがトテトテとお姉さんとラフ種と一緒に村の中を走っておりました。
「あ、尚文さーん」
「お義父さんですぞー! おーい!」
「この声は樹と元康くん」
お義父さんが声に気づいてこちらに来てくださったので家の中に避難ですぞ。
「尚文さん、サディナさんに連れていかれてしまいましたけど、どうにかなったんですね」
「んー……どうにかなったと言うか、どうにかしてもらったと言うべきなのかな。サディナさん、俺の話を聞きながらずーっと『あらあら』って言いながら全身撫でまわしてきてさ、調べてはくれていたんだけどすごくなで回してきてさ」
話は聞いてくれてはいるんだけど、どうも俺を撫でるのに夢中な様子だったとお義父さんは困ったように答えますぞ。
「別ループのお義父さんがあんな感じでお姉さんを撫でていたのを覚えていますぞ」
「似た者夫婦ですね。お熱い事で……サディナさんって尚文さんがペックルになると理性が吹き飛ぶって事で良いんでしょうかね」
「どうなんだろ? ともかく、サディナさんだけには任せられないってラフタリアちゃんたちが度の強い酒を持ってきてどうにかね……隙をついて逃げて来た」
おお……お姉さんもお姉さんのお姉さんの様子がおかしいのを理解して下さっていたのですな。
「ラフタリアちゃん、ありがとう」
「は、はい」
お義父さんがお姉さんにお礼を言ってますぞ。
「ラフー」
ラフ種はお義父さんの背中に引っ付いておりますな。
「こういう時に頼りになりそうなのはガエリオンちゃんだけど、ウィンディアちゃんの所かな? もしくはイミアちゃん?」
「イミアさんはルナさんに絡まれていましたが……」
「そういえば錬が居ないけど……」
「ああ、ルナさんに襲われて錬さんは連れていかれてしまいました」
「それって大丈夫なの?」
「貴方と同じく愛でられている最中だとは思いますね」
「死にはしないけど、大変だよ。樹はリーシアさんとラフえもんが理性を持ってくれてて助かるね」
「何が幸いするかはわかりませんけどね。ガエリオンさんをとにかく呼んで貰うのが良さそうです」
「ぼく行ってくるよ」
ラフえもんがそのまま家を出て助手がいる魔物舎の方へと行きますぞ。
く……非常に不服ですがライバルは魔法に詳しいですからな。何か手助けになるかもしれませんぞ。
「私は触媒を確認してきますぅ」
リースカも同様に俺たちが魔法を使った時の部屋へと向かいましたな。
「ったく……サディナの奴、何だってんだよ。こっちは赤子の世話してたってのに……」
ここでパンダがノシノシと赤子たちを連れて歩いていましたぞ。
「あ、ラーサさんだ。おーい」
お義父さんが家から出てパンダへと声を掛けに行きました。
「らふー?」
ラフ種がそんなお義父さんの背から降りて小首を傾げますぞ。
「尚文さん! それは不用心すぎますよ」
「ああん? こ、これは――」
お義父さんがパンダの元に行って自己主張とばかりにジャンプして手を振りますぞ。
「ラーサさん。驚いているかもしれないけど聞いて、動物変身の魔法に失敗してこんな姿になっちゃってさ、どうにか解除する方法を探しているんだけどラーサさん心当たりない?」
ガシっとパンダはお義父さんを抱き上げますぞ。
「キャッキャ!」
それから周囲をきょろきょろと見渡した後、そのまま赤子と一緒にお義父さんを抱き上げて歩いて行ってしまいますぞ。
あの動作……お義父さんとお姉さんのお姉さんが気に入った生き物を見つけた時の動作と同じですぞ。