女装
「まったく……」
ああ、お義父さんが身を屈めて顔を近づけた俺から離れてしまいますぞ。
しかもこともあろうにライバルを抱き上げて窓の外に浮かばせました。
「それじゃあ俺はガエリオンちゃんと先に帰って、リーシアさんたちの準備を手伝っておくから、樹は……元康くんと学校で何かする?」
「しませんよ! 元康さんをしっかり持ち帰ってください」
「いやぁ……なんか妙なモードに入ってるし、きっと学園な雰囲気に元康くんの地元のノリみたいな事をしてるんじゃない?
しばらくしたら上手く適応できるかもよ?」
「嫌ですよ! 元康さんが居たらますます妙なイベントが発生しそうじゃないですか! もう決闘とか闇の勝負とか魔法バトルなんてしませんからね! 元康さんも帰ってください」
おや? お義父さんの反応がつれないですな。
ああ、兄貴キャラよりお姉さんのお姉さんキャラが良いのですかな? なら頼れるお姉さん路線で分析しますぞ。
「では女装して頼れるお姉さまとしてお義父さんと樹を導きますぞ」
「何処からそんな発想が飛び出してるわけ? 元康くんが暴走してる……一度村に帰った方がよさそうだ」
「本気で連れてってください!」
「ただ、樹。学校での宿泊は注意するのですぞ。豚に奇襲されないようにですな」
「はいはい」
「ニューナンブが火を噴かない事を――」
樹が俺に高速射撃をしてきたので壁走りで避けてやりましたぞ。
「ははは! 樹の豆鉄砲など当たりませんぞー!」
「ちぃ! 避けられるのは屈辱ですね。逃がしませんよ!」
早撃ちが樹の特技ですが、俺はその先を行きますからな!
「なんていうか元康くんと樹のこの銃撃アクションって撮影したら迫力ありそうだよね」
「アクション重視で映画俳優にさせてみるのも手なの」
「あー……別に女性と話が出来なくても元康くんの顔なら人気出せそうだよね。言われた通りの台詞を言えば良いだけだし、その場合はヒロイン役は……ユキちゃんにやって貰えばいいかな? 樹は出演じゃなくて演出担当でさ」
「何企画を構想してるんですか! さっさと元康さんを連れて帰ってください! まったく……」
「はいはい。元康くん。帰るよー」
「わかりましたぞー!」
そんな訳で俺とお義父さんは一旦村へと帰ったのですぞ。
「さて、帰りはしましたがお義父さんがお疲れなのは変わりませんぞ」
村に戻ってリースカ達の入学準備をお義父さんが確認に行ったので俺も独自に行動ですぞ。
「ユキちゃん、いますかな?」
村にあるユキちゃんのお部屋にお邪魔して作戦の手伝いをしてもらいましょう。
「元康様! おかえりなさいですわ」
なんだかんだユキちゃんは色々なレースに出場し、優勝を飾ると同時に歌って踊るフィロリアルレース界隈でアイドルとなっているのですぞ。
そんなユキちゃんは村にいる時は自由に活動して休んでもらっているのですな。
近々重賞レースも控えてお疲れですぞ。
「ユキちゃん、ちょっと樹の件で俺も行動することにしたのですが今夜の予定はありますかな? 無理はしなくて良いですぞ」
「大丈夫ですわ。確か元康様はナオフミ様と一緒に弓の勇者様の様子を確認に行ったのですわね」
「そうですぞ。お義父さんや樹は俺は来なくても良いと言っておりましたがここでお義父さんと樹の仕事の手伝いを実はしっかりとやり遂げれば俺がライバルよりも有能であると大々的にアピールできるのですぞ」
料理対決の時はライバルは出てきませんでしたが、錬とお義父さん自身に良い所を持っていかれてしまいましたからな。
ここでしっかりと情報収集をして似たような案件があった際に役に立つ手掛かりを仕入れておくのですぞ。
いつまでもライバルに良い所を持っていかれるわけにはいきませんからな。
「話は聞かせてもらったっきゅ!」
ここでフィロ子ちゃんがやってきましたぞ。
「フィロ子ちゃんはフレオンちゃんの手伝いをしているはずですぞ。一体どうしたのですかな?」
「故あって今回の件でフィロ子は関われないけど、応援しているっきゅ。めっちゃ応援しているっきゅ」
「応援しているだけって……何なんですの?」
ユキちゃんが首を傾げておりますが応援されてますますやる気が満ちてきますぞ。
「差し当たってユキちゃん、今夜魔法学校に俺が潜入するので、近くの安全な場所でこの超小型マイク内蔵のリボンを使い豚語を常時俺に訳して教えてほしいのですぞ」
錬と樹が持っていた謎のバッチをくれないので俺はフォーブレイの技術研究所に依頼して似たような盗聴器を作って貰ったのですぞ。
ほかにも機能を充実した、バッチの上位互換の装置ですぞ。
これをうまい事使えば豚の多い学園で潜入活動が出来ますぞ。
ですがただ隠ぺい状態で情報収集をするのでは仕入れられる情報に限りがありますからな、俺も変装しての潜入ですぞ。
「フィロ子ちゃんが手伝えない手前、今夜は真面目なユキちゃんにしか任せられないのですぞ」
「わかりましたわ! このユキ、元康様のお手伝いを全力で致しますわ!」
俺のお願いにユキちゃんはとても嬉しそうに答えてくれましたぞ。
「差し当たってそうですな……手始めに……」
と、俺が変装用の衣装を用意しようとした所で、フィロ子ちゃんの背中が開いてマイクモード……ではなく何やらアームが複数出た状態になりますぞ。
「服作りを手伝うっきゅ。どんな衣装が望みっきゅ?」
「それはもちろん」
サラサラサラっと俺は今回の任務で使うためのデザインを書き記しましたぞ。
するとフィロ子ちゃんはそのデザインにあった布地を用意してちょうど良い裁断などを行ってくださいました。
「フィロ子はフレオンの……フィロリアル達を輝かせる手伝いをすることが出来るっきゅ! この程度朝飯前だし、槍の勇者が加わればどんな衣装も作成可能っきゅー!」
「おおー! 素晴らしいですぞー!」
ダダダ! っとフィロ子ちゃんのミシンで俺の考えた衣装はあっという間に完成ですぞ。
「よし、手始めに作戦開始ですぞ! ユキちゃん。実戦テストに入りますぞー! クエー!」
「クエー! ですわー!」
「クエー! だっきゅー!」
という訳で俺は完成した衣装を着こみ、しっかりと変装をして……手始めに魔法学園へと舞い戻ったのですぞ。
草木も眠る丑三つ時……ではありませんな。
魔法学園の夜、就寝前の時間ですぞ。
俺は学園前にユキちゃんを待機させて学園の校庭へと優雅な歩調で歩いていきますぞ。
「さすがは元康様ですわ! ユキは、ユキも元康様みたいに優雅に歩けるようになりたいですわ」
塀から校庭を歩く俺へユキちゃんがマイクのテストをしてくださいますぞ。
「そんな難しくはないですぞ。これも昔取った杵柄ですな」
そのまま俺は一路学園内の樹の部屋に向かって校舎内を歩いていきますぞ。
「あ……」
男子生徒とすれ違いましたが、騒ぐ様子はなく俺を見つめているだけですぞ。
ふふふ、ここまで堂々とした潜入でも侵入者だと思われない。クローキングランスなどを使わないでもたやすい事ですな。
そうして曲がり角を曲がり……豚共が夜だというのに宿舎に戻らずブヒブヒと鳴いていますぞ。
魔法学園は相応の技術がそこそこ使われている場所故に夜でも室内に明かりを灯せるのですぞ。
そこを俺は優雅に進んで行きますぞ。
「ブヒャ、ブブブ――」
「ブー……」
そんな会話をしていた豚共は俺を見るなり会話をやめて男子生徒と同じように……いえ、不快な視線をこちらに向けてきますな。
無視してすれ違うのですぞ。
「あれ? 誰? でも……うん。凄く美人っと遠くで女性の声がしましたわ」
「翻訳感謝ですぞ」
小声でユキちゃんへ返事をしますぞ。
さて……では目的の樹の部屋へと到着ですな。
こほん……コンコンと樹の部屋の扉を叩きますぞ。
「……はい。まったく……何人目かはわかりませんが、誰ですか? 授業でわからない所とか曲に関する感想は明日の授業で返事しますんで――」
そう樹が扉を開けながら言ったので少し扉から離れて片手を上げて挨拶ですぞ。
「弓の勇者様此度は魔法学園に来てくださり、誠にありがとうございます。本日はたくさんの学園の生徒たちに声を掛けられて困らせてしまうと思い、声を掛けれずに居ましたが、挨拶に参らせて頂きました」
優雅にスカートを託し上げて丁寧な挨拶ですぞ。
「は、はぁ……それで僕に何の用で?」
「今宵は弓の勇者様に不埒な事を画策する、愚かなブ――者たちを追い出す。お手伝いをしたいと思いお声がけをさせて頂きました」
危ない危ない、豚と言いかけてしまいましたぞ。
「ああ……今度は味方面な方ですか……」
樹の警戒度が上がりましたな。
その調子ですぞ。
「滅相も無い。私、弓の勇者様ではなくお――盾の勇者様とフィロリアルさ――達を応援しております。おそらく弓の勇者様への不届きな事を我が学園の者が行えば盾の勇者様の来訪の芽がつぶれてしまうため協力したいのです」
「尚文さんのファンな生徒ですか……あの人妻子がいますけど?」
「恋人になるのだけが全てではありませんわ。是非とも学園に来て頂きたいのです。その為の協力は惜しみませんわ」
「はぁ……まあ、ここまで素直に答えられたら助かりますが、何をしてくださるのですか?」
ピンと来ないと言った様子で樹が尋ねてきますぞ。
「その話ですが……樹、警戒が非常に甘すぎますぞ」
ここで小型マイクのボイスチェンジャー機能をオフにして注意をしますぞ。
「は?」
突如声が変わって注意した俺に樹が唖然とした表情で返事をしました。
「豚と言うのはいろんな理由をでっち上げては近づいて襲い掛かる卑劣生命体なのですぞ。別の目的があるから協力? その裏にはお前を狙って襲い掛かろうと味方面をするのですぞ。いじめられている者の味方面をしている影の首謀者がよくやる手口ですからな!」
「いえ……そうではなく、あなたのその声と口調……まさか元康さん!?」
樹が我に返り、俺を指さして言いますぞ。
「そうですぞ! どうですかな? この俺の女装と変声術は」
今の俺の姿ですが、豚だけの学園に男だと隠して入学した時の変装を限りなく再現したのですぞ。
髪は元々伸ばしていたので纏めるのをやめて艶のあるリンスで整え、化粧をし、肩は出来る限り細くするように力を入れていますぞ。
ちょっと肩が上がり気味ですが、どうにかなるのですな。
胸はブラを付けて問題ない形でまとめております。
そしてこの学園の女生徒用の衣装をフィロ子ちゃんと一緒に作って着込み、優雅に歩いてきたのですぞ。
「いや……よく確認したら元康さんだってわかりますけど、何なんですかあなたは! 影に匹敵する変装技術でも持っているんですか!」
ああ、影豚ですな。
あやつは婚約者そっくりに化けたりしますが、俺なら見分け出来ますぞ。
「なんですかその謎の才能というか能力は! 聞いたような気がしますけど、そこまで出来るなら確かにばれませんね。なんと言いますか、凄すぎだと素直に称賛しますよ」
樹が納得したように頷いていますな。
どうですかな?
「って、尚文さんは! 尚文さんもふざけてここにいるんですか? ガエリオンさん! いい加減僕をからかうのはやめてください!」
樹がキョロキョロと周囲を警戒し、潜伏解除のスキルや魔法を放って居場所を特定しようとしていますぞ。
「お義父さんやライバルは居ませんぞ! 俺が独断且つ抜き打ちで樹に注意付けに来たのですからな!」
「ガエリオンさんや勇者クラスじゃないかぎり居場所が特定できるから注意をしていたら、まさか正面から来るなんて……一体どうしてこんな手の込んだことを……いえ、帰る前に言っていたことを実行しに来たんですか!」
樹が嘆きながら何度も俺をチラチラ見てきましたぞ。
なんですかなその視線は。
「僕より背が高いけど今までで一番凄い美少女が来て驚いたらこれですか……」
樹ががっくりと肩を落としていますが、注意不足ですぞ。
「そんな訳で樹、警戒が甘いですぞ。豚が部屋の前に来たら扉を開けて問答無用で鎮圧が正しい行動ですからな! しかも着任当日に教師の介在も無く来たなんて一発アウトですぞ!」
「なんで犯行を行ったあなたに僕が説教されなきゃいけないんですか!」
「豚は隙あらば入り込んでくるのですぞ。下手をすると文字通りニューナンブから玉を抜き取られますぞ!」
「黙ってください! ああもう……なんで尚文さんを連れてこなかったんですか! いえ、相談なしで来たんでしたね。何時か本気で撃ち殺しますよ!」
「ユキも待機してますわー!」
マイクからユキちゃんが声を出しますぞ。
「はぁ……闇の料理界の勧誘時のように尚文さんの手を煩わせないよう、点数稼ぎですか?」
「なんとでも言えですぞ。どうですかな? 潜伏の抜き打ちだけでは調べきれないのを俺がこうして変装して手伝ってやるのですぞ」
学園生活に関して俺の右に出る者は居ないと思えますぞ。
「貴方、どうしてこの世界に来て槍の勇者になったんでしたっけ?」
ぐふ……樹め……俺の一番痛い所を突いてきましたぞ。
新作『魔物使いのツキ落とし』もよろしくお願いします。




