壁ドン
やがて演奏が終わると、パチパチと徐々に拍手が喝采に変わって行きました。
中には涙している生徒まで混じっていますぞ。
「これは勇者の武器の力は全く関わっていない、この世界で仲間達が教えてくれた僕独自の才能です」
喝さいが響く中で樹は小さく深呼吸をしてから手を挙げて静かにするように合図を送りましたな。
やがて拍手が収まった所で宣言しますぞ。
「何が言いたいのかというと、自分は魔法の才能が低くて使いこなせず弱いから……と諦めたりしてはいけないと言いたいのです。一つの可能性で限界が来たからと言って、諦めず、けれど執着し過ぎて自らの首を絞めず、可能性を求めて行けば良いと思います」
命中の異能という樹の話では大したことのない異能力で鬱屈した学校生活を過ごし、異世界に召喚されて弓の勇者として俺たちと共に行動、その中で見つけた音楽の才能は樹からすると大きな発見だったそうですぞ。
「僕が皆さんに勇者として講師としてこの学園で学び教えて行きたいのは、そういった生き方の模索だと思って頂ければと思っています」
俺からしたら樹の役目は正義の流布ではなかったのですかな?
などと思ってお義父さんに言った所、このループの樹が教えたいのは違うからと注意されてしまいました。
なんとも面倒な話ですな。
「後、先に注意しますが、僕に過度な性的接触はしない事と、僕が懇意にしている方が居ますが、その方への陰湿ないじめなど、学園の腐敗に関しては勇者としてしっかりと注意しますので、どうかお忘れない様に……それでは、これからどうかよろしくお願いします」
しっかりと釘と生徒たちへのいじめは許さない事に対する宣戦布告をしていましたが、こうして樹は魔法学園の講師として着任したのですぞ。
この時の授業で涙して感動した生徒が魔法だけがすべてではないと別の可能性を模索し始め、後に成長していくのですがこれはまた別の話ですな。
案の定翌日から登校を開始したリースカに絡む生徒が居たそうですが、リースカの強さに負けたのは元より隠蔽状態での泳がせをしていた樹によっていじめをしようとした生徒は厳罰に処されたのですぞ。
樹の最初の授業が終わった後の放課後ですぞ。
学園長から今後どういった感じで授業で話をしていくかを樹は聞いてから部屋に戻ってきたのですぞ。
「おかえり、授業を隠れて聞いてたよ」
「弓の勇者らしい授業だったなの。他の世界とは言うことが違って良いと思うなの」
「……ちなみに他の世界で僕がここにきた場合はどんな話をしたんですか?」
「ガエリオンも概要しか知らない方が多いけど、大体が正義関連だそうなの。下手すると軍隊みたいになってなおふみや他の勇者とすぐに交代したとか……」
「樹……君、異能力関連から思うんだけど、もしかして軍隊系の知識もあるの?」
「……」
樹がサッと視線を逸らしました。
どうやらあるっぽいですな。
俺は知ってますぞ! 実は樹は銃器に関して詳しいのを。
フォーブレイの銃器店に行ったときにブツブツ呟いて居ましたからな。
「マグナムからニューナンブってネタにもすぐに反応したし、やっぱりそうなんだね。いつの間にかグレネードランチャーまでコピーしてたし」
どこでその武器コピーしたの? と、お義父さんが聞いていますぞ。
確かにニューナンブを即座に判断できたのは凄いと思いますな。
俺は豚の親に警察関連の奴がいたのでちょっと知っていたのですぞ。
「なの。じゃあ弓の勇者のご機嫌取りにガエリオンが特製の武器を作るなの」
「個人的にやめてほしいんですが……あの変身コンパクトを作れる技術力で作る武器は少し興味がありますね」
「おもちゃの銃みたいなのに凶悪とか出てきそうで怖いなー」
「光線銃とか平気で作りそうですよね」
「リクエストには応える努力はするなの」
「んー……錬が別の世界だといろんな世界を行き来していたって話だから樹もいろんな世界に行ける銃とか……元康くんじゃないけど手に入れられたらいいかもね。近いのだと宇宙を旅する列車に乗る主人公の銃辺りが――」
「やめてください! 僕はこの世界のこの周回だけで十分です! 話を変えますよ! そういえばこの前捕まえた転生者が水鉄砲を武器にしてましたよね」
そんな奴が居たのですな。
どうやら樹が捕まえた奴らしいですぞ。
「それからしばらく樹、水鉄砲で遊んでたよね。フレオンちゃんやリーシアさんと一緒に」
樹が弓を水鉄砲に変えてピューっと水を俺に向けて出しますぞ。
それは何のアピールですかな?
「『僕の水鉄砲が最強』って口にも作動する命中の異能で皮肉ってたのはわかるよ? どこまで凶悪に出来るか遊んでたり」
「検証は必要でしょう。元康さんのプロミネンスを真っ二つに出来る位には強化したら面白そうですね」
「そんな水鉄砲には負けませんぞ!」
「ウォーターカッターな魔法もあるんだよ。この前メルティちゃんが見せてくれたんだ。だからその水鉄砲も強化したら怖いかもね。武器で遊んでいるようにも見えるけど……って銃繋がりのネタだね。授業の話に戻ろうか」
完全に脱線していますな。
樹も軽く咳をして頷いております。
「じゃあガエリオンの意見から行くなの。才能が他にもあるかもしれないって模索を進める話は良いんじゃないなの?」
「そうだね。大分うまくやりたい事は伝わったんじゃない?」
「そうだと良いんですけどね。明日から色々と大変ですよ。リーシアさんやラフえもんさんが来る事を考えると大変ですね」
「まあ……樹が決めた方針みたいだしねー……むしろリーシアさんと良い感じのイベントを築けるんじゃない? 甘々だよ。生徒達もリーシアさんと甘々だってすれば余計な相手は近寄れないでしょ」
「ラッブラブなのー」
「あなた達は……いえ、まあ良いんですけどね。元康さんやガエリオンさんの話じゃリーシアさんに僕が出来ることは限られているそうですし、この世界の僕はリーシアさんを助けるのが遅れたのでその分、いい思い出を作ってあげたいですから」
「樹の学園生活だね。そういえば樹はリーシアさんをどう思ってるの? 別世界の自分をなぞらなくても良いとは思っているみたいだけど、リーシアさんは大事にしているし」
確かにそうですぞ。
リースカは樹の仲間であるのは間違いないですし、フレオンちゃんからお墨付きがついている人材であるのは間違いないですからな。
「話をすればするほど、知識量に驚かされますね。言語や文字の理解も果てしないですし、憧れる正義に関しても慕われている僕自身が反省したくなるところは多々あります。僕の正義が虚栄心と復讐心で作られたものだとわかるくらいには……出会った頃の元康さんに教わった別世界の僕が歩んだ道化の意味が、より理解できましたよ」
「やはり樹にはフレオンちゃんとリースカが一番ですぞ」
「フレオンさんはともかく、リーシアさんの憧れる正義の味方であり続けたいものですね。見返りも名声も求めず……理解されずとも誰かを助けられる……夢物語かもしれませんが、そんな正義を、ですね」
樹のフレオンちゃんを拒絶するのは度が過ぎていると思いますぞ!
正義が好きならフレオンちゃんを理解出来るはずですぞ!
「元康さん、いずれリーシアさんの正義がフレオンさんの正義を変えます。そうなれば僕が洗脳なんてされる必要はなくなりますよ」
「ぐぬぬ……ですぞ」
フレオンちゃんの正義が脅かされようとしていますぞ。
「フレオンちゃんの正義も揺るがないのですぞ!」
何せフレオンちゃんの意思は強いですからな、樹とリースカを正義に目覚めさせるのですぞ!
フィロ子ちゃんも応援をしてくれているのですぞ。
「まあ、とにかく学園の方は樹に任せておけばしばらくは問題なさそうだね」
「時々様子を見てくだされば良いですよ」
「じゃあガエリオン達は帰るなのー。リーシアに弓の勇者が喜びそうな下着を選んでおいてやるなの」
「ちょっと待ってください! ガエリオンさん、あなたはリーシアさんに何を教えるつもりですか! ドラゴン流寝技とか、他世界の僕の性感帯情報なんていう代物をつかんで無いですよね!」
ライバルの性知識などをリースカに伝授させるわけにはいきませんぞ!
「樹、任せろですぞ。俺こそがリースカに樹が満足できる弱点分析を助言しておきますからな!」
俺のこれまでの経験を元にリースカに助言ですな。
樹の事ですからな。耳の裏とかうなじ辺りが弱そうですぞ。いや……どのあたりが弱点かしっかりと見て分析すべきですぞ。
「何頼りにされているって面をしているんですか元康さん! 尚文さん! この二人をしっかりと抑えてくださいね! 貴方も弱点を風聞されているかもしれませんよ!」
「別ループの俺と相思相愛になった事があるガエリオンちゃんはともかく、なんで元康くんまで俺の弱点を知ってる扱いなの!」
「お義父さんの弱点ですかな?」
生憎とお義父さんはどの辺りが弱いのか判断に悩みますぞ。樹よりも難易度は高めですが無いはずはありませんぞ。
ただ、どちらかと言えばお義父さんは体よりも心を重視する傾向があるのできっと甘いトークや雰囲気が弱点なんだと思いますぞ。
呼吸を合わせると言うのですかな?
肉食過ぎても、されるがまま過ぎても満足されない方だと今までのお義父さんを見ていると分析できますぞ。
お姉さんは元より、お姉さんのお姉さんも押しが強すぎて失敗して根に持たれているような姿を見た覚えがあります。
むしろこの世界のお義父さんはお姉さんのお姉さんと相思相愛過ぎて珍しいのですぞ。
ほかにお姉さんのお姉さんと特別仲が良かったのは……再度ループする前の最後のループですな。お姉さんの代わりにお姉さんのお姉さんにお義父さんと仲良くしてもらってフィーロたんと再会できたのでしたな。
どちらにしてもお義父さんの弱点を考えると親しくても押せ押せ過ぎてはいけないという事なのでしょう。
押せ押せをする場合は、相応に信用を得ないといけませんな。
例えばこんな風にですぞ。
俺はお義父さんにそっと詰め寄りますぞ。
「も、元康くん? どうしたの?」
そして壁に手を付けてお義父さんを見下ろす視線を向けながら顎に手を当てますぞ。
「お義父さん、赤ん坊のお世話や村のみんなのために尽力してお疲れなのに樹にまで気に掛けるとはやりすぎですぞ」
「あ、いや……別にそこまで苦じゃないよ。サディナさんやラーサさんは面倒見良いからね。空いた時間で交代で休んでるしさ」
「このままではお義父さんは倒れてしまいますぞ」
そうですぞ。よく考えたらお忙しい中で樹の心配までしてこんな学校にまで来てしまっているのですからな。
「も、元康さん? 尚文さーん? 僕の声が聞こえてますー?」
樹が何やら騒がしいですぞ。忙しいのでライバルを部屋から追い出せですぞ。
「こんな学校、樹に任せられない気持ちはわかりますが、それなら俺がお手伝いしておきますぞ」
「いやぁ……それはそれで困る事態になりそうだからあんまり頑張らないで欲しいんだけどなぁ」
バン、と顎に当てていた手を壁に当ててさらに顔を近づけますぞ。
後でお義父さんに『壁ドンとか俺にしてどうするの!』っと怒られてしまいますが今の俺は知りませんぞ。
「遠慮しなくていいんですぞ。今この時だけでも俺だけを見ていてほしいですぞ……お義父さん」
ここで頼れる俺をアピールですぞ!
思い出しますな。お義父さんと初めて会った時の夜ですぞ。
「この元康お兄さんがある程度、常識の範囲でお義父さんに色々とお教えしてあげますぞ」
「また槍の勇者が血迷った行動に走ってるなの」
「ガエリオンさん。冷静にしてていいんですか? 元康さんが血迷って目の前で尚文さんに妙な事をしてますよ」
「ああ、今のなおふみならきっと大丈夫なの」
樹とライバル! まだそこにいるのですかな!
良いから部屋を出ていけですぞ。
「常識の範囲って俺に何を教えるつもりなの元康くんは!」
「確かに……ここで元康さん、尚文さんに何の常識を教えようとしてるんでしょうね? そもそも元康お兄さんって……」
「なおふみ、守ってくれたり頼りになるタイプが好みだから槍の勇者もお兄さんポジションでアピールして分析してるなの」
「ああ、弱点分析の判断から兄面ですか、よく考えもせずに尚文さんに変な事を教えようとしているのかと思ってましたが、間違いなさそうですね。むしろ元康さんって勇者の中で一番年上のはずなのに子供そのままと言いますか……ループしている点で考えるとむしろ、ドラゴンみたいな子供っぽさがありますね」
樹が後ろで本気でうるさいですぞ!




