弓の初授業
「さて……どこかに隠れているのはわかりますから出て来て下さい」
「チッ! お膳立てしたのに、つまんねえ展開なの。なのなの!」
俺と一緒に居るライバルが舌打ちをしましたぞ。
「樹……フラグを潰したら面白くないじゃないか……」
お義父さんがここで樹に抗議しましたぞ。
「やっぱり隠れていましたか……大方、僕が何かピンチになったら伏線も無く現れるとか、そんな感じだったんでしょう」
「それはどちらかと言えばラフミちゃんのポジションじゃない? 俺はどちらかと言えば学園モノお約束の方を考えていたよ」
「別に良いんですよ。僕にそんなお約束はいりません。まったく……やはりガエリオンさんが無駄に推したのには理由があったんですね」
「樹……お約束は守った方が良いですぞ。豚ですがな」
俺にもこの様な騒動は日常茶飯事でしたぞ!
豚なのでやりたいとも思えませんがな!
「いい加減、ラフえもんさん関連から僕をからかうのをやめてください、ガエリオンさん!」
「ガエリオンは誘導してないなの」
「樹、ラフえもんに失礼じゃないか……」
「言うに事欠いて誘導してないとは呆れた返事ですね」
「事実こっちのなおふみは無関係なの。ワイルドなおふみが弓の勇者向けと言ったからお勧めしただけなの」
「別世界の尚文さんが主犯ですか……」
「まあ……なんていうか樹の経歴とかから考えると起こりそうなイベントだから樹向けだったのはわかるね。実はちょっと嬉しかったりする?」
「黙ってください。むしろこういうのは元康さんの方が向いてませんか? 豚とかは無視して」
「確かによく経験しましたな」
なぜか寮で俺の部屋である場所で豚が部屋に備え付けのシャワーなどを勝手に使っていたのですぞ。
樹が行った処理は正しいですぞ。
部屋を勝手に使った豚には厳罰ですぞ。
「転校初日に食パン齧った女の子……豚とかと曲がり角でぶつかった事とかありそうだよね。元康くんって」
お義父さんの言葉に思い出しますぞ。
んー……。
「何度かありますな。ただ転校初日は一回ですな。他の時に豚と知り合う時にぶつかった事はありますぞ」
曲がり角でぶつかる展開は時々ありましたな。
「元康くんと樹の両方に向いている案件って所かなー……樹も上手く勝負で勝ってあげればあの子と良い感じに学園生活を楽しめたかもよ?」
「気に食わない事があるととりあえず決闘っていう流れは正直、野蛮人としか言いようがないですけどね。そんな方はお断りですよ」
うぐ! 樹の言葉にお義父さんにお姉さんを賭けて決闘を申し込んだ俺へのボディブローが入りますぞ。
お義父さんにお前なんてお断りだ! と言われているような気がしますぞ。
うう……お義父さん。どうしたら許してくれますかな?
「そもそもこんな高圧的な方に興味を持てと言うのは無理ですよ。能力頼りの常識知らずに振り回されるのはごめんです」
「うーん……樹みたいなタイプの主人公が実際に居たらこんな反応になるんだなー。お約束が続いたらもはや恋愛もくそもない感じか……」
「尚文さんの言うお約束に関してなんとなく分かりますけどね。僕にはリーシアさんだけで充分ですよ」
「あ、リーシアさん。明日から学園に復学するそうだよ」
「何故ですか!?」
「弓の勇者と夢のキャンパスライフって勧めておいたなの。いじめがあったら……弓の勇者、正義執行のお題目が満たせるなの。なのなの」
「そんな撒き餌をばらまくような真似を……いえ、ついでに頼むのにはよかったかもしれませんが……」
おや? 樹はそこまで嫌そうな顔をしていませんな。
なんだかんだ乗り気って奴ですな。
「なんかあるの?」
「ええ、どうやら学園長側からも大丈夫だろうとの認識ではあるのですが、タクトや転生者の息の掛かった膿が学園内に残っていないかの不安もあるそうなんですよ。他に学生として、研究者として品行方正に努める生徒達の意識改革にも力を入れたいそうで」
俺達が雑談している間やここに来るまでの道中でそんな説明が追加であったそうですぞ。
確かに転生者は各地で暗躍しており、俺たちの知識で既に知っている者は処理しますが、遠縁の豚に関しては細かく処理は出来ませんからな。
美味しい所だけ頂いて逃げた豚もきっといるはずですぞ。
「僕もいじめをするような生徒を見つけて注意するのは良いと思いましてね……僕のいた世界で僕が受けた気持ちを誰かが味わうのは良い事ではないでしょ? これくらいの正義は許されて良いと思うんです」
「……樹は良い先生になれそうだね」
自分がされた嫌な事は誰かに味わってほしくないという気持ちなのでしょう。
「男女関係無く、いじめをするような方はね。頼まれたからにはちゃんと僕が現場を押さえて注意しますよ」
「となると確かにリーシアさんは居てくれると助かるかな? 不穏分子のあぶり出しに一役買いそうだね」
「豚の処分ですぞ!」
ブンブンですぞ!
豚は殺処分するか、豚王に出荷が一番ですぞ!
「元康くんはともかく……さっきみたいな生徒の尻尾を掴んで処理したいって事ね」
「もちろん、僕から色々と聞きたいというのもあるそうですよ」
「そっか……良いんじゃない? なんか樹もやる気を見せているし、ただフラグは折ってもあんまり美味しくないよ?」
「フラグブレイカーなの」
「良いんですよ!」
「フラグ……あ、そうか! わかった。講師、いや教師として生徒に教えていく展開……落ちこぼれクラスの担当をやって生徒達を学園の一番にするとかやると王道展開になるんだね!」
お義父さんのセリフに樹がガクッと肩の力が抜けました。
「なるほど……それもまたフラグですか。参考にさせてもらいますよ。能力や成績でクラス分けしているのか、虐げをしてないかチェックしましょう」
何やら樹が不敵に笑い始めました。
「錬じゃないけど樹の中二が別方面で出てるような……まだコントロール出来ている分だけ良いのかな……」
「勇者としての権限を最大限に使って学園の方針に大胆なメスを入れてあげましょう……あの学園長がどこまで望んでいるか……楽しみですね」
樹はなんだかんだ正義が好きなのですぞ。
フレオンちゃんとフィロリアルマスクをすればいいのに別の所で発散しようとしているのですぞ。
「学園内のコロシアムやトーナメント、順位付けはあったら廃止にさせましょう。実に下らないですからね」
何やら私念の様なモノを感じますぞ。
まあ樹は自身の世界で落ちこぼれだったそうですからな。
「それくらいはあるんじゃないなの? なんか聞いた覚えがあるなの。確かタクトは武闘大会を優勝したとか自慢していたなの。魔法でも成績優秀者だったって聞くなの」
「劇場版ラフえもんじゃなくて、学園魔法バトル展開もある感じなのかな? 廃止にした場合は、単純に実技テストになるのかな? 的を壊す感じ」
「フラグ多いですね……国が主催する大会は良いですが、意味のない学園内の戦闘なんてのがあったら廃止にしますよ、フフフフ……」
「なんか樹の別のスイッチが入ってるなー……これは間違いなく正義じゃないね。樹のトラウマで間違いない」
それから樹は不気味な笑みをしばらく続けていました。
お義父さん曰く、樹の世界での鬱憤が発露したのでフレオンちゃんの歌とかで覚醒とは別の部分なんだそうですな。
俺も部活関連で勝負を無数にした覚えがありますぞ。なぜか同じ競技の部活なのに二つあるとかもありましたな。
ちなみに調べた所、生徒個人個人の誰の目にもわかるような順位付け等はありませんでしたぞ。
ただ、学園内のトーナメント等はあるそうで、樹の助言で休止することになったようですぞ。
貴族にとって自身の子供がどれほど有能であるかをアピールする場だったそうですな。
腐敗があったのは元より、転生者の温床になっていた経緯もあって黙るしかなかったとかなんとかですぞ。
「なおふみ、トーナメントはダメなの?」
「ダメじゃないとは思うんだけど、上下を決めるとなると必然的に能力の低い者が判別されちゃうからね。樹は強さだけが評価基準にしたくないって方針って事なんだと思うよ。リーシアさんも才能が開花する前は筆記とか言語とか他の分野で好成績だったそうだから」
「なるほどなの。シルトヴェルトとは真逆の方針なの」
「シルトヴェルトの学校とかだとそんな感じなのかな? あそこは魔法特化じゃなくて種族的な側面が強いから一概には言えないけど……」
シルトヴェルトはどこまでも力こそが正義な側面がありますからな。
むしろそこで研鑽を積むことで国力を強めていた国ですぞ。
「樹が言いたいのは学生の段階でそんな辛酸を味わうよりも可能性の模索をしろって事なのかな? 多角的視点って奴」
「フフフ……なんか笑いが止まりませんね。いや、この流れは……尚文さん、僕がおかしくなったら止めて下さい」
「既におかしいから笑うのはやめようか。俺も止めるけど、ラフえもんとリーシアさんに頼ろうね、樹」
「わかりました。手始めに僕が勇者としての力を見せた後にそれを否定して楽器を弾きましょう……強さだけがすべてじゃないと広めるんです。きっと、これからの平和な世界ではその方が良いはずです」
などと樹はお義父さんに笑うのを止められ、教える方針を固めたようでした。
それから樹は授業をすることになり講師として講義の場に行きました。
学園の運動場兼体育館のようですな。
「えー……それでは、世界を救った弓の勇者様がいらっしゃいます! 生徒の諸君、心して話を聞くように!」
という教師の言葉の後に樹が壇上に上がって生徒たちを見渡しましたな。
「この度、各国の願いと学園の依頼によってこの魔法学園でしばしの間、講師として招かれた弓の勇者である川澄樹です。以後お見知りおきを」
卒の無い挨拶を樹は述べますな。
生徒たちは思い思いに仲間内で樹に好奇の眼差しを向けておりますな。
「こことは異なる世界で……あなた達と大して年齢の変わらない学生であったのですが、ひょんなことから弓の勇者としてこの世界に来ることになりました。まあ色々とありまして波の脅威を含め、転生者たちとの戦い、メルロマルクの大災害等、色々な出来事に巻き込まれ、こうしてここに立った経緯があります」
今までの経緯を搔い摘んだやり取りですな。
「この世界の方々が勇者に期待する強さに関して、今の僕をパッとみて判断できない所にあるかと思います。なのでここは言葉で語らず行動でまずは見せるのが早いでしょう」
そう言いながら樹は体育館の扉を全開で開けさせてからみんなの目に届くように校庭、果てはその先の空を指さして魔法を詠唱し始めました。
『我、弓の勇者が天に命じ、地に命じ、理を切除し、繋げ、膿みを吐き出させよう。龍脈の力よ。我が魔力と勇者の力と共に力を成せ、力の根源足る弓の勇者が命ずる。森羅万象を今一度読み解き、天変地異を起こす竜巻を起こせ!』
「リベレイション・トルネイド!」
空目掛けて樹が素早い詠唱で魔法を放ちましたぞ。
すると樹の放った竜巻が空高くへ暴風を起こしながら、校庭を突っ切り塀を跡形もなく消し飛ばして遥か先まで飛んでいきましたな。
「な……耐魔法障壁素材で作られていて儀式魔法クラスでさえも耐えれるはずの障壁が……」
生徒の一人と教師が絶句しながらつぶやきましたぞ。
「まだ本気で出した訳ではありませんが、僕の強さに関して理解していただくには十分でしょうか?」
教師を含めた生徒たちは畏怖の瞳で樹の問いにうなずきましたぞ。
「今度はそうですね……誰か僕に魔法を使ってみてください。ファストでもツヴァイトでもドライファでも良いですよ? 魔法に関しては仲間たちに色々と教わっていますからそれなりに熟知しています」
樹の言葉に教師が手を上げてから樹に向かって魔法を唱えましたな。
その魔法に樹は即座に龍脈法から読み取れる無効化をして発動を阻止しました。
「そんな……理論上は出来ると言われているとはいえ、ドライファクラスの魔法すら無効化されるなんて……一体どうしたら……」
教師が驚きの言葉と対抗策に関してポツリとつぶやきましたな。
「儀式魔法は僕単独じゃ阻止は出来ないでしょうね。という前置きはこれくらいにしましょう。確かに僕は戦闘面での魔法はこれくらいできます。ですが勇者であるなら僕以外の勇者も、これ位なら大半ができます」
大半と言ったのは、お義父さんを分ける意味での事ですかな?
お義父さんは攻撃魔法が使えないのですぞ。
「確かに勇者として、戦う能力に関して僕は皆さんよりも遥かに強いんだと思います。ですが皆さんがこの学園で学んでいる魔法とは攻撃魔法だけですか?」
樹の問いに生徒達はそれぞれ見合いながら仲間内で話し合いを始めますぞ。
「もちろん、僕も魔法は戦闘に使う事だけがすべてではないと理解しています。ですが、そういった応用に関する事は皆さんよりも知識も経験も劣るでしょう」
下げて上げるという奴だろうねとお義父さんが隠蔽状態で俺とライバルに言いますぞ。
ライバルもその辺りは理解しているのか頷きましたぞ。
もちろん俺もですな。
「強さだけがすべてではありません。この強さが使われなくなった時、何が残るのかが僕は大事なんだと思うのです。僕は自身が生まれ持った才能に関して、この世界に来てから初めて自覚しました。僕が最初に持っていた才能は……限界があり、それは低能力として評価されていたものです」
樹はサッと楽器を取り出して演奏を始めました。
それはフィロリアル様達やゾウが歌っている曲ですぞ。
ですが樹が奏でるその曲はフィロリアル様の歌に匹敵するほどに重みのある周囲の生徒たちですらも聞き入るほどの深い音色でした。
まあ樹は村の食事の席などでフレオンちゃん以外のフィロリアル様と楽器を弾いて場を盛り上げたりしていましたからな。