【9】下級生と上級生
翌日、真夕はなんだか一日中そわそわそしていた。
昨日の手紙の男の子が、気にならないわけが無い。といっても、決してそれを喜んでいるわけでは無い。
年下と言う事は、1年生だろう。まったく交流のない1年生に、一方的に手紙をよこされても、何となく対応に困ってしまうのだ。
いきなり目の前に現れて「手紙の返事を聞かせてくれ」とか言われるんじゃないかと思うと、何だか学校の何処にいても落ち着かなかった。
「いつも見ています」と、言われても、なんと返せばいいのか。
「あんまり見ないで」と言うのも変だし「どうぞ…」と言うのもなんだかふてぶてしい。
だいたい彼はどういう人なのかも知らない。これを機にストーキングに走られるとも限らない。
真夕は昇降口や校庭に彼の姿を探した。先に見つければ、さりげなく遠ざかって回避できると思ったからだ。
しかし、そんな時に限って、見つからないものだ。こうして自分が彼の姿を探している間にも、もしかしたら彼は自分を何処かで見ているのかもしれない。そう思うと尚更落ち着かず、友達と話していてもどこか上の空だった。
(もう…… 何だか、物凄くどうでもいいような余計な悩み……)
そんな事ばかり考えているうちに、一日が過ぎて行った。
放課後、真夕は昇降口の近くで、部活に向かう加奈と別れた。
少しの間教室でおしゃべりなんかをしていると、バタバタと部活に向かう者、帰宅する者たちの雑踏は消え、廊下は閑散としていた。
「刑部さん」
真夕は後ろから声を掛けられてドキリとした。
き、来た…… 彼かしら……
しかし、彼女がゆっくり振り返ってみると、そこには全然別の男が立っていた。
「刑部真夕さん、だよね」
何処かで見覚えのある男。誰だっけ……
「俺、影山巧ってんだ」
彼女は思い出した。和弥と同じサッカー部の先輩だ。しかも、確かキャプテン。
「サッカー部の?」
「ああ。俺の事、知ってた?」
長髪の多いサッカー部の中で、スポーツ刈りがよく似合う長身の彼は、一部の女子に絶大な人気があった。
真夕も噂には聞いていたし、和弥の練習を見たときに、彼がグラウンドの中で、みんなに指示を飛ばしている姿を見た記憶がある。
「えっ、ええ。和弥の先輩ですよね」
彼は、そう言われて、はにかんだ苦笑いを浮かべると「三浦伝いか……」
「な、何か、あたしに?」
「あっ、ああ。この前は、入院して大変だったね」
彼もまた、真夕が入院した時、和弥に経緯を根掘り葉掘り聞いた者の一人だった。
しかし真夕は、面式の無い彼からそう言われて、なんだか変な気持ちだった。
「あ…… はぁ」
だから、妙に気の抜けた返事しか出来なかった。
「もう、帰り?」
「えっ?そうですけど」
いったいこの人は、何を目的で自分に声を掛けて来たのか、真夕には判らなかった。
あたしに何か、頼み事?和弥の事だろうか……
真夕は、怪訝な思いができるだけ顔に出ないように、彼を見つめた。
「3年は、もう部活が無くてさ」
「ああ、残念でしたね」
冬の高校サッカー大会の選抜試合で、和弥たちは準決勝まで上り詰めたが、ついこの前敗退してしまったのだ。3年生は、それで部活を終える事になる。
しかし、彼はそんな事をあたしに言って、何の意味があるのだろう…… 真夕は正直そう思った。
影山は、モジモジと頭をかいて見せて
「夢中なってたものが終わって、なんだか気が抜けちゃってさ。それで、以前から気になってた事に打ち込んでみようかと思うんだけど…… どう思う?」
それは、さっそうとグラウンドを駆ける彼とは、かけ離れた仕草だった。
どう思うと聞かれても、真夕にも答えようがなかった。
だから、どうしてそんな事をいちいちあたしに訊くのよ……
「はぁ…… いいんじゃないでしょうか」
真夕は、何だか判らないがそう言って、笑って見せると「夢中になるって、素敵ですよね」
「そう思うかい?」
影山の瞳が微かに輝きを取り戻した。
「えっ?…… ええ」
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「はあ?」
真夕は、何だかおちょくられているような気持ちで、背の高い彼を見上げた。
「いや…… だから、以前から気なってるってのは…… つまり、キミの事で……」