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【20】誰そ彼れ

 和弥は2月13日で学校を後にした。

 その翌日、真夕は出来るだけ何時もと変わりなく過ごそうと努力した。和弥もそうだったから。

 何も変わり無いのだと自分に言い聞かせて、学校へ行った。

 しかし、教室の和弥の机はもう無かった。

 何時もと同じハズの教室の中が、とてつもなく広く感じて、彼一人がいないだけのはずなのに、そこが自分の居場所では無いような気がした。

「三浦、明日発つんだって?」

 休み時間、晴香が真夕に言った。

「あいつ、元気だったから寂しくなるね」

 加奈がポツリと呟いた。

「でもさ、大学こっちに来るかもしれないし。また会えるよね」

 晴香と加奈がそんな事を話しているのを、真夕はぼんやりと聞いていた。

 帰り道、真夕は和弥の家の前で立ち止まり、何となくその家屋を見上げた。

 小さい頃に我が家同然に出入りした家。中学の頃からあまり来なくなり、高校へ入ってからは数えるほどしかその敷居を跨いでいない。

 二階にある和弥の部屋の窓には、青空と太陽が映り込んでいた。真夕は、何故か、その窓に映り込んだ空をじっと眺めていた。

「マユ」

 玄関の扉が開いて、和弥が出てきた。

 何日も顔を合わせない事なんて、今までだっていくらでもあったはずなのに、1日ぶりの彼の姿が、真夕には何だかとても懐かしく感じた。




「明日、何時?」

 真夕は笑顔で訊いた。

 和弥は、真夕の家のリビングで、コーヒーを口にしていた。

「7時には出るよ。向こうに昼前に着きたいらしいから」

 和弥は少し笑って「今日の昼間トラックが来て、殆どの荷物を持って行ったから、なんだかもう自分の家じゃないみたいさ」

「だ、大学……」

「えっ?」

「大学、どこ行くとか、決めてる?」

 真夕は唐突に和弥に訊いた。

 和弥は少しの間を置いて「志望校は変らないよ。仙台の大学を受けるつもりさ」

「じゃあ、また会える?」

「ああ、俺が大学落ちなければね」

 和弥はそう言って笑うと、コーヒーを飲み干して

「そん時は、バイトしてアパートでも借りるさ」

 真夕は自分の鞄から包みを取り出して、テーブルの上に広げた。

「和弥が来ないから、みんな今日は困ってたよ」

 広げた包みはバレンタインのチョコレートだった。真夕は何人かの友達や後輩に、和弥に渡してくれるように頼まれて来たのだ。

 真夕はその中の一つを手に取って

「これ、朋子ちゃんから」

「そっか」

 和弥は少しだけ懐かしそうな目をして、それを見つめた。

「彼氏には内緒なんだってさ」

 真夕はそう言って笑うと、再び鞄から小さな包みを取り出した。

「これは、あたしから」

「えっ?」

 和弥はあまりにも驚いた表情を一瞬見せた。真夕がくれる初めてのチョコレートだ。

「なによ……」

「あ、ごめん。毎年貰った事なんて無かったからビックリしたよ」

 和弥はそう言って笑うと、嬉しそうに包みを手に取った。

 当然の事ながら、男性の性自認をしていた真夕は、バレンタインのチョコレートを誰にもあげた事は無い。

 周りの雰囲気に流されて、中学の時に一度は買いに言った事はあるが、そんな自分に気持ち悪さを感じて結局買わなかった。

 女性の性自認をしている今の真夕には、もちろん、ちょっとの恥ずかしさはあるがチョコレートを渡す事に抵抗は無かった。

 和弥は他の包みもひと通り眺めると

「明日の道中、食料には困らないな」

 黄昏の僅かな夕日がリビングの大きな窓から入り込んで、サイドボードのガラスに眩しく映り込んでいた。

「か、和弥……」

 彼女の声に、和弥は顔を上げた。

 真夕は、突然ソファから立ち上がると

「あたしの部屋に……行こ…」

 そう言って、そっと手を差し伸べた。

 微かに震える彼女の白くて小さな手。

 和弥は笑顔で彼女を見つめると、優しくその手をとった。何時もは冷たい彼女の手が、少しだけ熱く感じた。

 真夕は、和弥に手を捉まれた瞬間、氷が溶けるように緊張が解けていくのが判った。

 陽が落ち切る夕間暮れの中、二人が向かった真夕の部屋に、明かりが燈ることはなかった。




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