【19】臆病
カーテン越しの外の光は何時もより白く光っていた。
雪だ。
真夕はその明るさに、ベッドから起き上がった。
雪の降った朝は空気が違う。それは、冷たさとか寒さではない。透き通るような澄みきった雪の匂いが、ガラス戸を通り抜けて部屋の中に入り込んでくるのだ。
カーテンを開けると、青空から照りつける太陽が真っ白な景色に反射して、その眩しさに真夕は目を細めた。
全てを呑み込んだ白銀の世界と澄み渡る青い空…… 今の真夕にとって、それはあまりに酷なほど清々しい風景だった。
「真夕、三浦さんとこ、引っ越しですってね……」
真夕がキッチンへ下りると、珍しく、母親がまだコーヒーを飲んでいた。
「うん。聞いたよ。千葉だって」
「でも、お父さんの仕事、部署が変って身体にはラクになるらしいわ」
「うん……」
真夕は俯いたまま、小さく肯いて、自分のカップにコーヒーを注いだ。
「そんな顔しないで。人生いろいろあるんだからさ」
小夜子は、そう言って真夕の背中をポンと叩いた。
「うん」
真夕はなんとか平常心を心掛けようと
「お母さん、今日はずいぶんゆっくりなのね」
「この雪だから、道路が混んで、急いでもしかたないでしょ」
そう言って、小夜子は、バックを片手に玄関へ向かった。
真夕は何となく、母が自分と話をするために、今までここにいたような気がした。
「いってらっしゃい」
真夕は、キッチンから顔を出して、玄関の母親に言った。
「で、どうするの?」
香織が言った。
「どうするも、こうするも、どうにもならないでしょ」
真夕は精一杯の強がりを込めた無理めな笑みを浮かべて応えた。
二人は国道沿いのファミレスで久しぶりに一緒に夕食を共にしていた。
秀雄に和弥の転校の事を聞いた香織が、真夕を食事に誘ったのだ。
「そうじゃなくて、彼と…… まだなんじゃないの?」
「ま、まだって…… 何が?」
「もう…… あんたねぇ。和弥が向こうに行ったら、今度は何時会えるか判らないんだよ」
香織はイライラした様子で、ホットココアを口にした。
「そ、そんな事言ったってさ……」
真夕もコーヒーを手にして、チビチビと口へ流し込んだ。
「和弥がどう言うつもりなのか……」
「和弥はマユを大切にしすぎるんだよ」
香織はそう言って、ドリンクのおかわりを取りに行った。
真夕にも判っている。
再び会えるかさえ判らない今、今度何時会えるのかなんて想像も出来ない。それに、向こうでもっともっと素敵な女性に巡り会えるかもしれないのだ。
「あんた、まさか和弥が向こうで素敵な娘と出会うかも…なんて考えて無いでしょうね」
おかわりのココアを手に、座りながら香織は言った。
真夕は思わず、口に入れたコーヒーを戻しそうになって、慌てて飲み込んだ。
香織は小さく肩をすくめると
「朋子ちゃんって娘、どうだった?」
「どうって?」
香織の不意をついた質問に、真夕は怪訝そうに応えた。
「秀雄の話じゃ、けっこう可愛い娘だって」
「うん。可愛しイイ娘だよ」
「和弥はその娘を振って、あんたの傍に来たんだよ」
真夕は言葉が出なかった。
そうだ…… あたしは相手を思いやるふりをして自分の臆病さを誤魔化してる……
朋子が傷ついた分、きっと自分には頑張る義務があるんだ。
香織は、真夕の瞳が少しだけ輝いたのを見て、子供を見るように微笑んだ。