【17】決断
広大な山間の土地を切り開いて造ったニュージーランド村は、やたらとアップダウンが多く、歩くだけでも一苦労だった。しかも、建物が少ない為、吹きさらしの高原の風が容赦なく身体を叩いた。
「寒いよ、何か飲もうぜ」
「運動部でしょ。だらしないなぁ」
「グラウンドで走り回ってるのとは訳が違うぜ」
和弥は売店を見つけて足早に近づくと「うわ、やってねぇじゃん……」
「自販機で我慢しよう」
気を落とす和弥の肩を、真夕が叩いた。
「村」と言うだけあって、教会や集会場、ホテルやレストランと言った具合に、建物の全てが意味のある形をしている。このテーマパークが異国にある一つの村を表しているのだ。中はほとんどが食事をとったりお土産を買ったりする造りになっていたが、そのどれもが今日は営業していなかった。
「しかし、これだけウロウロして誰にも会わないってのも、妙だよな」
和弥が缶コーヒーを片手に、辺りを見回した。
「なんだか、この世にあたしと和弥の二人しか存在しないみたいだね」
真夕がそう言って笑うと和弥は
「じゃあ、俺たち、ここではアダムとイヴだな」
そう言って真夕に抱きついた。
「あっ、少しは暖かいね」
真夕はこの寒さの中で抱きしめられて、感じたままを言葉にした。
その途端、和弥がパッと身体を離した。建物の影から、人の声がしたのだ。
「チョー誰もいないじゃん」
「こんなんで、入場料取るなっての」
一組のカップルが見えて、真夕たちと視線が合った。思わず笑みを返した真夕と和弥に向こうも、やっと人に会えたと言う不思議な笑みを浮かべて通り過ぎた。
コーヒーを飲み干した和弥は
「一枚くらい一緒に撮ろうぜ」
「えっ、あ…うん」
石像の土台にカメラを設置してセルフタイマーをONにし、ピントを合わせて被写界深度を見ながら絞りをF4にセットする。シャッター速度は速めの方がいいだろう。
直立する和弥は落ち着き無くキョロキョロしている。
その姿をファインダー越しに見つめる真夕は、クスっと笑って、もう一度ピントを合わせ直してからシャッターボタンを押した。
「早く早く」
ピント合わせの対象として初めからその場所に立っていた和弥が、真夕を手招きした。
「そんなに焦らなくても大丈夫。マンガじゃないんだから」
真夕は笑いながら、教会の前に立つ和弥の元へ小走りに駆け寄った。
ギュッと和弥に抱き寄せられた瞬間に、シャッターは切れた。
眩い陽の光の中で、二人は満面の笑みを浮かべていた。
帰りは再び、バスと電車を乗り継いで家路に着いた。
西日が強く差し込む帰りの電車で居眠りをする真夕は、完全に和弥の肩に寄り掛かっていた。彼は、彼女の寝顔を見つめながら、これからの事をひたすら考えていた。
もう直ぐ2月になる。いいかげん言わなければ。
ギリギリまで伸ばして、突然いなくなるのもいい。でも、それで本当にいいのか……
悔いは残らないのか……しかし、今言ったからってそれがどうなる……
地元の駅に着いた頃には、もう完全に日は暮れていた。
「ちょっと、いいかな」
二人が和弥の家の前に来た時、彼が言った。
「何?」
「ここじゃあ、ちょっと。真夕の家、いいか?」
「うん。いいよ。お茶でもしようか」
二人は和弥の家を通り越して、真夕の家に向かった。
小さな街灯だけが、物憂げに二人を照らしていた。




