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【14】星の瞬き

 年が明けた。

 真夕と初詣に行き、小高い丘の上の小さな公園から初日の出を一緒に見た。

 周囲の雲を焼き尽くすような真っ赤な朝陽は、全ての景色を茜色に染めて、僕はその真紅の中で彼女を抱きしめた。

 ダウンジャケットの表面が、あたりの空気に冷やされて冷たくなっていた。

 彼女の体温を感じる事は出来なかったが、その時重ねた唇からは、真夕の確かな暖かい温もりが伝わり、僕も彼女への熱い思いを唇から直接伝えた。

 それは、言葉ではどう表せばいいか判らないほどの想いなのだと思う。だから、「好き」と言う言葉が、あまりに軽く感じて彼女へ伝える事が出来ない。

 もちろん、他の言葉なんて思い浮かばない。

 だから僕は真夕を抱きしめる。僕にしがみ付く彼女の腕の力の強さが、同じ思いを示しているのだと信じて。

 これからの二人はどうなって行くのか…… 考えるのが不安で、僕は時々こうして夜空を見上げようになった。

 焦らなくていい。

 永遠に続く星の輝きのように、僕たちの時間はこれからもずっと続いていくのだから。

 二人の時間の帯びが、まだまだ何処までも伸びているのだから。



 和弥はベランダへ出て、眩暈のしそうなほどに広がる満天の星空を見上げていた。

 澄んだ空気は枯葉の大地を宥め、紺青の空は銀河の星を抱いていた。

 時間と空間の認識を麻痺させるほどに広がる頭上の景色は、混濁した全ての思いを吸収して、ろ過してくれそうな気がした。

「和弥、ちょっといい」

 階段の上り口からだろう、母の呼ぶ声が聞こえた。

「いま、行く」

 彼はそう言って、部屋を通って階段を降りて行った。


『僕は考えても見なかった。

 今この目に届く星の輝きも、既に消え去っているかもしれないと言う事を……』




 学校が始まってすぐ、今年初めての大雪が降った。田畑の全ては白い布で覆ったように僅かなおうとつを残してのっぺりとした景色に変る。

 農道は何処までが歩道で、何処からが田んぼなのか境目がまったく判らなくなる。

 止まっている車は一回りも二回りも大きくなって、ただの白い塊と化していた。

「和弥あぁ」

 和弥が家の門を出ると、ちょうど白い息を吐く真夕の姿が見えた。

 積もった新雪に自転車が思うように進まず、悪戦苦闘している。

「今日は、自転車は無理じゃないか」

 和弥はバスに乗るつもりで、徒歩で家を出ていた。

 大量に積もった新雪は、自転車の車輪が埋まって、うまく回らなくなるのだ。

「ダメかなぁ」

 和弥の前にやっと辿り着いた真夕が言った。

「農道もかなり積もってるぜ」

 和弥は、遠くの方を見渡すようにして「ぜったい、学校まで着かないって」

「じゃあ、置いてく……」

 真夕はそう言って自転車を降りた。

「ウチに置いていけよ」

 和弥はそう言って、真夕のマウンテンバイクを自分の家の庭に引き入れながら

「今気付いてよかったな」

 二人は県道へ出て、バス停まで歩いた。車道は車に踏み固められてそうでもないが、歩道の雪は所によっては真夕の膝辺りまで積もっていた。脇を通っているはずの水路も、全く識別できない。

「自転車置いてきてよかった」

 真夕はそう言って笑うと「バス、ちゃんと来るかな」

 二人はできるだけ、誰かの足跡を辿るようにして歩いた。普通に歩くだけでも困難で、白い息が次から次へと吐き出されては宙に消える。

「かなり遅れてそうだな」

 和弥がそう言った時、後ろから来たバスが二人を追い抜いた。大きな鎖の巻かれたタイヤが、車道の雪を耕すように回転して凄い音を立てていた。

「やべ、一本前のが今来たんだ」

 和弥は思わず走り出した。

「えっ、ちょっと待って」

 真夕も誰かの通った跡にはお構い無しで新雪の中に足を踏み出して走るしかなかった。

「早く!」

 和弥が真夕の手を掴んだ。

 バス停はもう目の前だったが、雪が邪魔をして、そう簡単には辿り着かない。二人の踏み出す足で、積もった雪が飛沫のように舞い上がった。

 停車したバスのドアが開いて、バス停で待っていた人が数人乗り込んだ。

「乗ります」

 和弥は思わず声をだした。

 二人の走る姿をバックミラーで見ていたバスの運転手は、そのまま待っていてくれたので、二人も何とかバスに乗り込む事ができた。

「あぁ、よかったぁ」

 息を切らして真夕が言った。

 二人共足元は雪まみれだったので、それが溶けないうちに必死で払い落とした。

 和弥はふと真夕を見て、舞い上がった雪が髪の毛に着いているのに気付き、さりげなく払い落とした。




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