【7】補導
「おい、秀雄。千円貸してくれ」
「何だよ」
秀雄は訝しげに応えた。
「頼む、やっと見つけたMAGICのCD、今買わないと…」
秀雄の学校も試験休みに入っていた。彼は学校の友達と一緒にあちこちで洋服などの買い物をした後、リサイクルショップに立ち寄っていた。
「千円ねぇのかよ」
「さっき、スタジャン買ったお釣りが562円……」
秀雄の友人はそう言って笑って見せた。
「しかたねぇ。すぐに返せよ」
秀雄はそう言って、友達に千円を手渡すと、店の奥に目を止めた。
店内は古書の立ち読み以外、それほど人が多いわけではなかった。
最近流行りの総合リサイクルショップの奥には、スノーボードや釣具などの中古品が展示してあった。それを物色している色黒の男。以前金髪だったその男は黒髪になっていたが、秀雄にはそれが誰なのか直ぐに判った。
「あいつ……」
秀雄は足早にその男に近づいて行った。
レジで精算を終えた秀雄の友達は、店の奥の騒ぎに気付いて振り返った。フロアーにいる店員が数人走って駆けつけているのが見えた。
何事かとその先に視線を移すと、陳列棚の影で誰かが激しく揉めて、掴み合っている。店員は何とか止めようとしているが、二人の男は激しく絡みあって離れない。
レジにいた女性は、その光景を見て、蒼白な顔をして震えていた。
その日の夕方、バイト先へ向かう真夕の携帯電話が鳴った。彼女は、自転車を走らせたまま器用に電話に出たが、その内容に急ブレーキをかけて止まった。
「秀雄が警察に?なんで?」
「知らないよ。誰かを殴ったらしいんだけど……」
電話を掛けて来たのは香織だった。
警察で事情聴取を受ける秀雄は両親の名前を言わずに、保護者として千夏の名前と連絡先を出したらしいのだ。そして、警察から千夏の所へ連絡が行き、千夏から香織へ連絡が入って、今の状況に至る。
「とにかく、これから行くんだけど……マユも来てよ」
「あたしが?」
「だって、心細いよ」
「わかった。じゃあ、あたし出先だからこのまま行くよ」
真夕はバイト先に連絡をいれると、そのまま警察署へ直行した。
真夕が警察署に着いた時、千夏と香織は既に駐車場で待っていた。
「とりあえず、あたしが行って来るから、二人は待っていて」
そう言って、千夏が香織と真夕を残して署内へ入っていった。
「大丈夫かな、秀雄」
心配そうに呟く香織に、真夕は
「大丈夫だよ。何かよっぽどの理由があったんだよ」
二人は、少しの間外にいたが、入り口で直立不動の警察官の視線に耐え切れず、中へ入って近くの長椅子に腰掛けた。
「香織ちゃん?だよね」
同年代風の男が声を掛けて来た。
香織は真夕と共に彼を見上げた。
「前に一度……」
香織は一瞬記憶を巡らせて「ああ、秀雄の友達の」
「今日、一緒だったんだ」
「秀雄は何で?」
真夕が横から声を挟んだ。
「俺にもよく判んないんだ。気付いたらゴツイ男と取っ組み合っていて……」
「そう……」
香織はそう言って、肯くと
「ここは、あたし達がいるから平気よ。何時出られるかわかんないし」
「でもさあ……」
「大丈夫だよ」
「じゃあ、俺塾あるから行くよ。秀雄が出てきたら電話くれって伝えて」
「わかった」
香織が肯いて笑みを送ると、少し安心したのか彼も小さく笑った。
「じゃあ……」
秀雄の友達はそう言って、申し訳無さそうに出口へ向かって歩いて行った。