【6】友達
翌日から学校は試験休みに入ったが、寝込んでいる真夕には実感はまるで無かった。
具合が良くなったら、直ぐに最終日のテストを受けさせてもらえるらしく、ひと安心したものの、普段滅多に風邪をこじらせる事が無い彼女には、この状態はかなりの苦痛だった。
怪我で入院した時でさえ、もっとラクだった。
さっき、和弥が部活に行く前に会いに来て、昼に千夏が来てくれると言った。
その言葉通り、昼過ぎに千夏がやって来て、美味しいおじやを作ってくれた。
「ああ、めちゃくちゃ美味しかった」
「良かった。食欲があるなら大丈夫ね」
千夏はそう言って、柿を剥いていた。
「和弥ったら、お粥の作り方も知らないなんて」
真夕がそう言うと、千夏はプッと吹き出して「仕方ないわよ。男の子なんてそんなもんよ」
どんな方程式も二次関数も、すらすらと難なく解いてしまう和弥が、たかがお粥の作り方を知らなかったとは、真夕はそうとう驚いたらしい。
「ねぇ、あたし、この光景見たような気がする。前に何処かで」
柿を剥く千夏を見て、真夕が言った。
彼女の言葉に、千夏にはピンと来た。
千夏が夏風邪で寝込んだ時に、彼女は、当時は彼だが、こうして自分の横で果物を剥いてくれたのだ。
それが、今の彼女自身とオーバーラップしているに違いない。
その記憶が少しはあるのだと思うと、千夏は嬉しくて笑みが零れた。
「そうね……」
千夏は小さく呟いた。
なかなか収まらなかった熱が引くと、忽ち身体は快復して、真夕は寝込んでから5日目の朝、まだ微熱はあったが学校へ行ってテストを受けた。
あまり日数が経つと、せっかくやった試験勉強の記憶が無くなってしまいそうだったから。
試験休みに入った校舎は閑散として静まり返り、微かに吹奏楽部の練習の音が聞こえるだけだった。
彼女がテストを終えて、教室から外を眺めると、サッカー部の練習風景が見えた。
野球部の練習は、どうやら休みらしい。校庭も何だか殺風景で、木枯らしに舞う枯れ葉が妙に寂然として見える。
和弥が、教室の窓辺に立つ真夕に気が付いて、ほんの少しの間こちらを見たので、真夕は遠慮気味に小さく手を振った。
昇降口を出て、外の風に当たると、まだ背筋に悪寒が走った。
真夕は肩をすくめるとPコートのボタンを全部留めて、マフラーを襟の隙間に詰めるように押し込んだ。
自転車に乗って校門を出ると、真夕は思わずギュッとブレーキをかけて止まった。
「香織……」
香織が立っていた。彼女は少し俯いて上目使いに真夕を見つめると
「今日…… 追試だってきいてさ」
気まずい空気に、一瞬の沈黙が流れた。
自転車を降りた真夕は、久しぶりに会った香織に笑みを送ると
「追試じゃない。風邪で休んで受けられなかった分を受けてたのよっ」
そう言って、じゃれつく仔犬のように身体ごと香織に体当たりした。
「きゃ」
よろけながら、途端に香織の顔にも笑顔が溢れた。
「あんた、病み上がりでしょ」
「まぁね。でも、早く受けないと、テスト勉強の内容を忘れちゃうじゃない」
「じゃあ、帰りはあたしが運転してあげる」
香織はそう言って、真夕のマウンテンバイクに足をかけて「うわっ、乗りにくい……」
「香織、パンツ見えてるし…」
「うるさい」
何とか自転車に跨った香織を見て真夕は
「大丈夫なの?」
そう言って少し不安げに、後ろのステップに足をかけて立ち乗りした。
「まかせなさい」
香織がペダルを踏んだ自転車はふらふらと動き出すと、農道の横の細い水路に向かってよろけた。
「ちょっと、香織もっと左、左」
「大丈夫だよ」
そう言いながら、今度は左の畑にまっしぐら……
「ちょっと!真っ直ぐ走ってよ」
「大丈夫、大丈夫だってば……でも、なんか変」
「香織、加速したらギヤ変えて」
「ギヤって?」
自転車は、真夕の奇声と共に、終止右にふらふら、左によろよろ…… 真夕は、病み上がりの悪寒など何処かへ飛んで行ってしまうのだった。