【18】答
放課後、真夕は駐輪場から自転車を取り出して乗りかけたその時、一人の男子生徒が声を掛けて来た。
「マユ先輩」
この前、真夕の下駄箱に手紙を入れた男の子だった。
「すいません。俺………」
「近藤アツシくん?」
言葉の詰まった男の子に、真夕は笑って言った。
「あっ、そうです。どうして俺だって」
「あたしの靴箱に手紙入れたでしょ、あの時、ちらっと見たの」
「そうなんすか」
アツシは頭をかきながらテレ笑いを浮かべた。
一つしか歳が違わないと言うのに、目をキラキラさせて笑うその姿がやけに初々しく映った。
「ごめんね。アツシくん。あたし、後輩の人とはちょっと」
「そうですよね。三浦先輩、カッコイイし」
「えっ?」
「ああ、三浦先輩は朋子と付き合ってるけど、本命はマユ先輩だって。俺らの間じゃあ密かに有名なんです」
真夕は呆気にとられてアツシを見つめた。
「だから、俺のしたことは凄い無謀な事で…… でも、こうして直に話が出来ただけでも、メチャクチャ嬉しいっす」
「あ、あのね、あたしと和弥は別に……」
「それじゃあ、お邪魔しました」
アツシは自分の言いたい事だけ言うと、ぺこりと頭を下げて走って行ってしまった。
真夕はポカンとしてその姿を見送り、一人で肩をすくめた。
「マユ先輩」
またかと思い、びくりとして振り返ると今度は朋子がいた。
「どうしたんですか?後輩に頭下げられて」
朋子は楽しそうに笑って言った。
「別に、なんでもないわ」
「あれ、ウチのクラスの近藤ですけど、何か悪さでもしたんですか?」
「ああ、朋子ちゃんと同じクラスなのね」
その時、真夕の携帯電話の着メロが鳴った。
「あ、ごめんね」
真夕は朋子にそう言って、鞄から取り出した電話にでる。
朋子はその着メロに聞き覚えがあった。
この前、和弥に電話している時に聞こえたものと同じそのメロディーに。
真夕は朋子に向かって手を振ると、電話で話しながら自転車を押して校門へ向かった。
学校の敷地内で携帯を使っているところを教師にでも見つかったら、うるさく言われるのだ。
朋子も笑顔で手を振ったが、その心の中は疑惑に満ちていた。
真夕がバイトをするスタンドに程近いコンビニの前で、影山は待っていた。彼女が学校を出る時に電話を掛けて来たのは影山だった。
「悪いね、これからバイト?」
「ええ」
「俺も、バイトでもしようかな」
影山は、そう言って暖かい缶コーヒーを真夕に手渡した。
「いろんな人と知り合えて、意外と楽しいですよ」
彼は小さく笑って「キミらしいな」
二人はなんとなく行き交う車などを眺めて、少しの沈黙があった。葉を落としきった裸の銀杏の樹が、寒々と歩道に立ち並んでいる。
「冬休み、スキーにでも行かないか」
影山が不意に言って「スノボでもいいけど」
確かに今日も呼び出してきたのは影山の方だったが、真夕はそろそろ返事をしなくてはいけないと思っていた。
何時までも返事を先延ばしにして思わせ振りな言動は止めておこうと思った。
「あの……」
真夕は小さい声で切り出した。
「あたし…… やっぱり影山先輩のご期待にそえる事は……」
真夕は、自分に好意を持ってくれる人に対して、こんな事を言うのがとても気が引けて、途中で言葉を切って俯いてしまった。
影山はそんな彼女に、爽やかともとれる苦笑いを浮かべ
「まぁ、なんだね。何となく結果はわかってたけど」
そう言われた真夕は、顔を上げて影山を見た。
「判ってたけど、言わずにはいられなかったんだ。何もしないで、うじうじ考えるのは、俺の性分じゃないからね」
「すみません……」
真夕は小さく言って、再び俯いた。
「キミの中では、和弥の存在が引っ掛っているんだろ」
「解かりません…… 自分でも判らないんです」
真夕はそう言って、俯いたまま首を振った。
影山には、そんな年下の彼女が可愛くも、愛しくも思えた。
「でもほら。俺にしてみれば、こうして知り合いになれたし」
影山は、相変わらず笑って「本当は、ちょと仲良くなれればラッキー、なんて思ってたんだ」
それが、真夕を傷付けまいという彼の配慮なのかどうかは定かではなかった。もしかして、それが本心なのかもしれない。
ずいぶん前向きな人なんだな。真夕は、彼の笑顔を見てそう思った。
「そろそろ、バイトの時間だろ」
「あっ、はい。コーヒーごちそう様でした」
「じゃあ、また」
影山はそう言って自転車に乗ると、軽く手を上げて走り去った。
「えっ?またって……」
ほんと、前向きな人…… 真夕は、自分の意志が本当に伝わったのだろうかと、少し不安な気持ちで影山を見送った。