【15】復活
「いらっしゃいませ!」
真夕は、約一ヶ月ぶりにスタンドのバイトに復帰した。
理由がハッキリしているとは言え、プライベートでの事故である。一ヶ月もの間休ませてもらえたのも、彼女の人柄のお陰と言えるだろう。
彼女がスタンドのバイトを始めたのは夏休み間近である。それ以前の記憶も沢山無くしているにも関わらず、真夕はここでアルバイトをしていた事を覚えていた。
勿論、細かな事まで全て覚えているわけではない。理子やスタンドの従業員は覚えているが、理子の彼氏の事などは覚えていない。
「でもよかった。マユが元気になって」
理子がそう言いながら、スタッドレスタイヤの発注用紙をめくった。
「もう。カートはやらないの?」
「うん。わかんない。やりたくなれば乗るかも」
「一回事故にあったら怖くならない?」
「事故の記憶は全然ないのよ」
真夕は笑って「それ以前に、カートが楽しいって記憶もどっかいっちゃって」
「そうなの……」
理子は気の毒そうに真夕を見つめた。
「でも、たいがいの事は支障ないからさ」
彼女はそう言って明るく笑うと、
「いらっしゃいませ」
と、来場した車に駆けて行った。
続いて、太い排気音と共に、赤い大型バイクが入って来た。
「秀雄」
真夕は何故かそれが秀雄のバイクだと覚えていた。
もちろん、そのタンデムシートに乗った事は覚えていない。
秀雄のバイクには理子がついた。彼はシールドを上げて隣のレーンで給油作業をする真夕に、片手を上げてみせた。
真夕の給油した車がスタンドを出て行くと、秀雄は彼女に声を掛けた。
「バイト再開したって聞いてさ」
「うん。今週から入ってる。シフトは少なめだけど」
真夕は笑って「仕事は覚えてるもんだね」
「なぁ、復帰祝いに、飯でもどう?」
「えっ?」
「あれ?もしかして、俺と飯食った記憶ない?」
秀雄は困惑した顔の真夕を見て言った。
「ごめん……」
真夕は悩ましげに微笑んで「でも、いいよ。ご飯」
真夕は、以前から交流のあった人とは積極的に接した。接していると、何となくその人に関わる記憶の断片が思い出せる時があるのだ。
もともと社交的な彼女は、GIDだった頃のコンプレックスが無い為か、より素直な人付き合いが出来た。それは、潜在的に心地よいものだった。
「バイクはだんだん寒くなって来たんじゃない?」
夜のファミレス。真夕は約束通り、秀雄と夕飯を共にしていた。
「まぁね、でも寒さを堪えて乗るのもまたバイクなのさ」
秀雄は笑って言った。
「日曜日、バイクで何処か出かけないか?日中ならそんなに寒くないし」
「ごめん、日曜日は和弥と出かけるのよ」
「そっか」
「秀雄は香織と付き合ってるんでしょ?」
「うん……まぁ、そうなのかな」
秀雄は少し複雑な笑みを浮かべると「和弥も朋子がいるよ」
「うん。判ってるよ」
真夕は肯いて、オレンジダージリンを飲んだ。
「でも……… アイツ、朋子とは別れるかもな」
秀雄の言葉に真夕は驚いた顔を見せた。
「どうして、って顔だね」
秀雄の言葉に、真夕は彼を見つめた。
秀雄も真夕の目をしっかりと見て「判るだろう。和弥は……」
秀雄は言葉を一端呑み込んで、窓の外に視線を逸らすと
「いや……アイツが彼女と別れたら、俺も香織とは別れるかもな」
真夕にはその意味不明な話に、怪訝な笑みを浮かべて
「どうして?」
秀雄は何処となく晴れやかに微笑んで
「アイツと俺はライバルだからさ」
真夕には何の事やら判らないままだったが、とりあえず秀雄につられて一緒に笑った。