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【13】男と女

 和弥の家は、真夕の家から3軒離れて細い路地を一つ挟み、4軒目にある。距離にすると100メートル弱ほどだ。住宅街の始まる通りの前には、田んぼが広がっていて、辛うじて和弥の家の前に2軒ほどの民家が並ぶ。

 その代わり、後ろには300メートル四方にわたって路地が張りめぐり、住宅が建ち並んでいるのだ。

 二人が小さい頃は、真夕と和弥の家の間には1軒の家があるだけで、その周囲も含めほとんどが空き地だった。新興住宅地だったこの場所には、当時、他にはほとんど同い年の子供が居らず、必然的に真夕と和弥は一緒に遊ぶ事が多かった。

 和弥は、子供ながらに女のはずの真夕と、やたらと気が合う事を不思議に思いながらもその心地よさに何時も一緒にいることを自然に感じていた。

 一度、自転車に乗って駅まで行った事がある。小学校2年生の二人にはかなりの冒険の距離だった。当時はまだ寂れた無人駅で、単線の為に昔使ったのであろう古い引き込み線用の線路がホームの反対側にあった。

 勿論、本来は立ち入り禁止なのだが、注意を促す者などだれもいない。しかも、既に使用されていない引込み線なのだから、その線路上には絶対に電車は進入して来ない。

 子供は何故か線路が好きだ。電車だけが走れるその場所は、本来立ち入る事の出来ない禁断の聖域に感じるのだろう。

 真夕と和弥はしばらく引き込み線で遊んでいたが、その間に何本か通る電車を見ているうちに、本線に魅了されてしまう。

 これが、子供の好奇心の恐ろしい所だ。

 二人はホームの一番先端から回って本線に足を踏み入れた。そして、反対側の端まで歩いてみようと言う事になって、真夕と和弥は枕木から枕木へ飛び移るようにして歩いた。

 禁断の地を歩く優越感で、二人の気持ちは高揚していた。

 ちょうど、駅のホームの中ほどまで来た時、駅に一番近い踏み切りが突然鳴りだした。

二人はその音を聞いた瞬間、身体が硬直した。その音が何を意味するのか一瞬で理解した二人はとてつもない恐怖に襲われたのだ。

 小学2年生の二人に、ホームによじ登る身長は無かった。

 林で覆われた正面の緩いカーブから、電車の姿が見えた。

 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい…… 和弥の思考は止め処なく回転していた。

 真夕は前後、どちらに走れば間に合うか迷っていた。しかし、もう、どちらに走っても間に合う距離ではなかった。快速急行の電車のスピードがあまりにも速かったからだ。

 物凄い音の警笛が、青空を切り裂くほどに鳴り響いた。

 走っても間に合わない…… 和弥は真夕の身体を抱えて、ホームの小さな窪みに転がり込んだ。補線工事などの作業員が緊急退避する為のくぼみだった。

 電車が通過する瞬間、物凄い振動で地面が揺れ、大気が震えて風圧を浴びた。和弥は自分の小さな身体で、真夕の身体を包み込んでそれを遮った。

 電車が過ぎ去った時、世界は静寂に包まれていた。全てが無音で、何の音も聞こえない。

 真夕と和弥は、その静寂の中、恐怖で引き攣った顔のままお互いを見つめると、大声で笑った。命の危機に直面してそれを乗り切った事で緊張が一気に緩むと、何故か異常に笑いが込み上げて来たのだ。

 それが、和弥が初めて真夕の全てを抱きしめた日だった。




「バカ、それはまだ触っちゃだめだよ」

「えっ、ごめん」

 模型と言えども船体だけでも60センチはある戦艦武蔵。甲板部分は前方部、艦橋部、後方部と3分割になっていて、その前方甲板部分に付いていた主砲がポロリと落ちて床の上に転がった。

 真夕は和弥の部屋で彼の横に座り様子を眺めていたが、持前の好奇心が沸き起こり彼が次の作業に入った隙に、組上げたばかりの部品につい手を出してしまったのだ。

「昔、一緒にガンプラ造ったとは思えないよ」

 和弥が思わず肩をすくめて笑うと、取れた主砲の部品を戦艦の甲板に付け直す。

「そう言えば、昔はよく一緒に造ったよね」

 真夕は和弥の仕草を眺めると、自分の曖昧な記憶を引き出しながら、そう言って笑った。

「何か久しぶりに来たなぁ、和弥の部屋」

 彼女は床から立ち上がってべッドの上に腰をおろすと、後に手を着いて身体を仰け反るようにして部屋を見渡した。

 男臭いその部屋が、なんだかとても懐かしく感じた。実際真夕は、高校へ入ってからは彼の部屋にはほとんど来ていない。

 作業の手を止めて、ふと顔を上げた和弥は

「ま、マユ。もう少しそっちに座ったら?」

「へ?なんで?」

 真夕は首だけ起こして、和弥を見た。

 彼のチラリと見た視線は、真夕の座っている高さそのものだったのだ。

 和弥の泳いだ視線は、彼女の下半身を横切った。

 それに気が付いた真夕は、ベッドの縁から浮いた太腿を慌てて閉じると、恥ずかしそうに

「見えた?」

「ちょっとな」

 2人は一緒になって、頬を赤く染め、そして同時に笑った。

 なんだ、何なんだ。これじゃあ、完全に普通の男女の仲だ。しかも、そこにいる自分がやたらと初々しくて、そんな俺自身に赤面してしまう……

 和弥は、自分がずっと望んでいたかも知れない状況にいざ立たされると、例えようの無い不安と戸惑いを感じて、まるで中学生のように鼓動が高鳴るのだった。

 それは、あまりにも純粋な真夕に自分の心が同調するからだと、彼は知っている。

 彼女の朗らかな性格が、和弥の心を浄化するのだ。

 もう真夕の中には男の欠片も存在しないのか……… この笑顔の瞳に宿る魂が、一瞬、一瞬の仕草全てが17歳の女の子そのものなのだ。

 和弥は笑顔の中で、それが表に出ないように再び困惑していた。



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