【12】Female to Male
その身体は俺のモノだ。
「だれ?」
俺は刑部真夕さ。
「うそ。真夕はあたしよ」
もともとは、俺の身体だったんだ。
「意味が判らないわ。だって、あたしは女よ」
それでも、その身体は俺の身体だった。
「うそよ。そんなはずないわ。あたしは生まれた時から真夕よ」
じゃぁ、どうして私服にスカートがひとつもないんだ
「それは…… そんな、あるわ。ジーパンが好きなだけ。動き易いじゃない」
ふっ、それはどうかな……
真夕はほの暗い薄明かりの中で目を開けた。暑いわけでもないのに身体中に寝汗をかいていた。
朝の光がカーテンを僅かに通り抜けて部屋の中を照らしていた。
少しの間頭の中がもうろうとして、天上を見つめていた真夕は、突然ベッドから起き上がるとクローゼットを開けて身体を突っ込んだ。
カーハートのカバーオール・オシコシのペインターパンツ・アルファのカーゴパンツ・リーバイスやリーのデニムがゴロゴロと出て来る。
ハンギングの洋服を掻き分け、普段は開けない一番下の引き出しまで確認する。
「あるじゃない。スカートだってちゃんとある」
それは、以前長岡が買ってくれたスカートやワンピースだった。
一度も着ていない真ッサラなスカートたちを、真夕はひとつひとつ、着てみるのだった。
「はい、ドンドン食べてね」
その夜は、和弥が真夕の家に来て夕食を共にしていた。
和弥の父親が会社で怪我をして入院し、母親が病院に付き添っているのだ。
「悪いな、俺は別にコンビニ弁当でいいって言ったんだけど」
和弥がカレーを頬張って言った。
「いいじゃない。たまにはこうして一緒に食べるのもさ」
和弥は真夕が昔のようにパクパクと食事をする様子を見ていた。
「何?じっと見ちゃって」
「いや、別に…… 私服のスカートなんて持ってたんだね」
「えっ、うん。あたりまえじゃん」
「そうだな……」
和弥はそう言って笑うと、再び自分のカレーを頬張り始めた。
「じゃぁ、ご馳走様」
「もう帰っちゃうの?」
コーヒーを飲み終えて、立ち上がる和弥に真夕が言った。
真夕は、久しぶりに家に来た和弥が、少しだけ名残惜しかった。
「ああ、今模型の戦艦を造ってるんだ」
「へぇ、凄いじゃん。ねぇ、じゃぁ見に行ってもいい?」
「えっ?い、いいけど……」
和弥は本当の事を言うと、彼女と離れたかった。
日に日に真夕への思いが募って、自分の中で膨れ上がるのだ。影山が真夕に接近を始めてからと言うもの、なおさら焦りにも似た感情が沸き起こる。
それでも彼女の顔は見たいから、会わないようにしようとは思わない。真夕の顔をみると、まだ誰のものでもない彼女に、自分勝手にホッとするのだ。
ただ、危険信号が自分の中で発すると、できるだけ距離を置いて気持ちをクールダウンさせる。そうでもしなければ、気持ちが先走りして、自分が再び真夕に対して取り返しのつかない事をしてしまいそうで怖かった。
中学時代の、今よりももっと早熟だった彼女の身体の感触は、今でも和弥の記憶に残って消えないのだ。
彼にとって、今の刑部真夕の存在は、あまりにも近いのかも知れない。
真夕が、完全な女性になってしまった時、和弥との友情で仕切られた強固でかつ曖昧な壁は無くなってしまった。
それは、どうやっても届かなかった、異性としての親密さを可能にする距離なのだ。
「ちょっと待ってて、上着取ってくる」
真夕が階段を跳ねるように上がっていく姿を見て、和弥は頬を紅潮させた。
踊るミニスカートの陰からパンツが一瞬見えただけで、今更心臓が波打って、脈拍数が跳ね上がるのだった。