もうひとつの目覚め
鬱蒼と樹木の茂る森。黒い森、と近隣の人々が呼び、決して近寄ろうとはしない場所だ。
そこにはもう百年以上も前から、恐ろしい魔女が住んでいるとの噂だった。
その黒い森の最奥部で、一人の女が目を覚ました。窓辺にとまったカラスと思しき鳥が、かぁ、とひと鳴きして、彼女を起こしたのだ。
「・・・おいで、ギィ」
女は、ぞっとするほど艶めかしい声で、カラスの名前を呼んだ。
ギィは旋回すると、女の差し出した手にそっととまった。そして、かぁ、かぁ、と激しく鳴く。
女はまるでカラスのギィの言葉がわかるとでも言うように、長いことその鳴き声に耳をかたむけていた。
「そう、役目を終えて帰ってきたのね。長い間、ご苦労さま。・・・ゆっくりおやすみ」
女がそういうと、ギィは再びかぁ、とひと鳴きして、窓から森の中へと消えていった。
「・・・本当に長い間、ご苦労様」
彼は百年もの間、たった一匹であの城を見張っていて、寂しくはなかったのだろうか?百年のほとんどの時間を眠って過ごしていた自分でさえ、時折気がふれそうになったというのに。
「術で知性を与えたとはいえ、動物のあなたには、孤独というものがわからなかったのかしら?」
ギィの出て行った窓に向かって、女は小さくつぶやいた。返事は当然返ってこない。
女とて、答えを期待していたわけではない。彼女が本当に問いかけたかった人物は、同じ百年を共有したはずの少女だった。
「あなたはどうなのかしら。孤独につぶされそうになったことはなかったの?だれも迎えに来はしないと、絶望したことはなかったのかしら、眠り姫?」
百年ものあいだギィが見張っていた城で、今しがた目覚めたはずの少女に、女は尋ねた。今回も答えを期待せずに。いずれ、彼女に直接尋ねる日が来るだろうから、と。
「眠り姫・・・。マリア・アンナ」