眠り姫の目覚めと過酷な現実
某ライトノベルの文学賞で落選してしまった作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。。。
魔女と妖精が今でも住んでいるという神秘の国、フランク王国には、だれもが知っている、とっておきの物語がある。
邪悪な魔女に呪いをかけられて、茨に守られたお城の中、百年の眠りについた王女さまのおはなし。
彼女は今も、運命の王子が目覚めさせてくれるのを待っているという。
王女の名は・・・マリア・アンナ。
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くちびるに、やわらかく、あたたかい感触を受けた気がして、マリア・アンナの意識は、深い眠りのふちから急上昇を始めた。
百年にも渡る長い眠りから覚める時が、ついにやってきたのだ。
『運命の王子のくちづけで、姫は百年の眠りから目覚めるでしょう』という、十二番目の魔女の予言どおりに。
マリア・アンナは今日という日を、何度も何度も夢に描いてきた(実際、眠りの中で考えていたのだから、文字通り夢だったわけである)。
王子だから、必ずしも美形であるとか、性格が良いとかいうわけではないことは承知済みであるが、できれば自分の許容範囲の男であってほしい。
そう思いながらも、にっこり微笑もうとマリア・アンナが覚悟を決めてゆっくり瞳をひらくとそこには・・・。
男が、いた。
当たり前だ。そこまでは良い。
ぼさぼさの茶髪。白い粉塵塗れのくたびれた旅装。どうひいき目に見ても、王子には見えない男が、そこにいた。
見つめ合った両者の間に、重い沈黙が落ちる。
いや、見つめ合った、という言葉には語弊がある。なにせ、男の顔の上半分は、長すぎる前髪のせいで、ほとんど見えはしないのだから。
百年もの間寝かされていた寝台から身を起こし、じりじりと後退する。
「・・・あのー」
勇気ある先陣を切ったのは、男のほうだった。声を聞くかぎり、まだ若いようだ。
「・・・なんだ?」
「マリア・アンナ姫ですよね?ハインリヒ三世陛下の第一王女?」
「・・・そうだが?」
マリア・アンナの返事に、青年はうれしそうに手をぽんっとたたいた。ぼさぼさの茶髪、くたびれた旅装。手を叩いたはずみに手袋からもうもうとほこりが立ったのを見て、おもわずマリア・アンナは鼻をつまむ。
「ああ、よかった。マリア・アンナ姫、僕はあなたの叔父ヴィッテルスバッハ公の孫の孫に当たる、フランツ・フォン・ヴィッテルスバッハといいます。あなたの叔父上の遺言どおり、あなたをお迎えに参りました」
青年の言葉を理解するまでに、マリア・アンナは実に三十秒もの時間を要した。
最愛の叔父の整った顔が、昨日のことのように思い出される。あの叔父の孫の孫。確かに百年があれから経っているらしい。
「…話はよくわかった。出迎えご苦労。して、わたくしを起こした王子はいずこにおわす?」
「はぁ。今ここにいるのは、僕だけなんですが」
しかも僕、王子じゃなくて、公子なんですけど。
にこにこと(おそらく)笑っている青年の言葉を聞いて、マリア・アンナの意識は一瞬とんだ。
つまり、これっ!?わたくしを起こしたのが、これっ!
運命であるからには、どんな王子がやってきたのだとしても、心の底から愛してみせようと誓いつづけて、百年。だがまさか、こんな粉塵塗れの、威厳のかけらもない男がやってくるとは!
「・・・そなた、それでその・・・。わたくしに、したのか。例のあれを・・・」
くちづけを、とはさすがに恥ずかしくて口に出せなかった。しかし、どこまでも鈍いこのフランツという男は、
「はぁ。あれ、と申されますと・・・」
ちっとも意図を汲み取ってくれない。
「っ!だから、わたくしにくちづけをしたのか、と聞いておるのだ!わたくしをくちづけで目覚めさせた王子と結婚するのが、わたくしの運命と、そう定められておる!!」
「け、結婚ですか。でも、僕が来たときにはもう、姫はお目覚めでしたよ?」
それに、僕は王子ではないですし。
いきなり結婚を迫られて、たじたじとなったフランツは、そう言い訳した。
なんたる屈辱。こんなダサ男に、結婚を迫らねばならぬとは。
「ほんとうであろうな?くちづけをしていないのだな?」
寝台の上からじりじりとにじり寄り、大きな緑の瞳で見つめると、フランツは後ずさりながらも、「神に誓って、本当です」と答える。
いったいどういうことだろうか。
「天にましますわれらが主よ。なにゆえ御身はこのような男をわたくしの下によこされたのですか・・・?」
いずれにしろ、目覚めてしまった以上は、マリア・アンナは誰かの庇護を受けなければ生きていけない。両親も親戚も、あたりまえだがこの百年のあいだに棺桶にぶち込まれただろうから。予定では迎えに来た王子と即ゴールインのはずだったのだが。
「っ、そなた、確かフランツといったか」
ようやくまともな言葉をかけられて、フランツはほっとしたようだった。はい、と控えめに返事をする。
「わたくしを迎えに来たと申したな。いったいわたくしをどうするつもりなのだ?」
それが一番大問題だった。
あの叔父の子孫であるなら、信用したいのはやまやまだが、血のつながりが必ずしも、性質の類似を示すものではないことを、彼女は知っていた。
「いえ、決して姫をどうこうしようなどとは・・・。僕は、眠り姫を保護せよという、父の意向に従っているだけですから」
「父?」
「はい。オットー・フォン・ヴィッテルスバッハ。正統な後継者である姫の代わりに王国を預かっている者です」
まるでこれからのマリア・アンナの運命を予感させるかのごとく、カラスがひと鳴きした。あほー、と。