喋る犬 ⑤
時が止まる、という事件から一日が経った。夜は怖くてなかなか寝る事ができなかったが、気がついたら朝だった。あまり眠くないという事はちゃんと寝る事ができたのだろう。よかった、よかった。あ、一つよくない事がある。コルーパがおじいちゃんの名前の話を最後に今まで喋ってない。また、どうせ散歩を要求するに決まってるけど……。とにかく夜がうるさくないのはいい事だと思う。だから、あまり眠くないんだ。うん、そういう事にしておこう。
さて……そろそろ、奴も起きて散歩を要求する頃かな。
しばらく、窓辺で朝の涼しい風にあたりながらコルーパが散歩を要求してくるのを待っていた。ふわっと吹き抜ける風とともに窓に吊るしてある、水色の風鈴がちりんと涼しい音を奏でる。んー、気持ちがいい。……それにしても、今日はなんだか遅いな。まだ寝てるのかな。まさかな。
僕はひょいと後ろのベッドの方を向いた。いつも、コルーパは贅沢にも、僕のベッドのど真ん中で寝ている。僕はコルーパをよけて寝るため、面積がどっと狭くなる。コルーパは毎日文句たらたらだけど、僕はできるだけ文句を言うのを我慢している。まあ、なんて我慢強い事。それに、文句一つ言うとコルーパが反撃するかのようにどうでもいいような文句を僕にぶつけてくる。……少し話がそれた。
コルーパはベッドにはいなかった。どこにいるんだろう。まさか、もう帰って行ったとかな。まあ、その方が楽になるか……等と考えているうちにコルーパが通れるように微妙に開いてあるドアの隙間からコルーパがとことこと入って来た。
「下のソファーで寝てたのか?」
僕は涼しい風にあたりながら言う。一階のリビングには大きいソファーが一つだけ置いてある。コルーパは暇なときとかはそのソファーの端っこに丸っこくなって寝ている。昨日の夜はそこで寝たんだろう。
奴は何やら考え事をしていたようで、僕が大きな声で二回目を言うまで、僕の存在胃に気がつかなかったようだ。
「んー、ああ、下で寝てたよ。どうも天馬は寝相が悪いみたいだね。それと、いびきも相当うるさかったよ。だから、昨夜は下のソファーで寝ていたんだ。これからも、寝相といびきがひどいようだったら、昨夜みたいに下のソファーで寝るから」
「ほっとけ!」
僕は怒鳴った。
「だいたいお前なあ。人ばっかりに文句を言っといて、俺だって、文句はたくさんあるんだ。それに、寝相やいびきがどうだこうだってな――」
それから、五分ぐらいにわたって僕はコルーパに鋭い牙のような文句を浴びせた。
「――お前だっていびきはすごいぞ。とにかくだ。自分勝手な文句は言うな!」
僕はいつの間にか肩で息をしていた。息が整うと、大きくため息をついた。
すると、それまで黙って聞いていたコルーパが立ち上がって語り始めた。
「天馬だって、人ばっかりに文句を言うなとか言って、俺にだって鋭い文句の集中攻撃を浴びせてんじゃん。そんな風に言うんだったら、溜め込んでないで俺みたいに言えばいいじゃん」
「僕はお前みたいに無神経じゃないんだ。お前が傷つかないように細心の注意を払ってるんだ。ただ単に溜め込んでるのと違うんだ。つまりだ。僕は気を使ってやってるんだよ。ただでさえおかしい『喋る犬』にだ。ありがたいと思え」
僕は反論した。こいつ、言えば言うほどムカムカしてくる。全然すっきりしない。
奴は僕の言う事についてドアに向かいながら言った。
「あー、もう傷ついた。何が『細心の注意を払ってやってる』だ。十分傷ついたよ!これで満足か!こっちだって天馬に不満が溜まらないようにしてるんだよ!」
そう言うと、ドアの隙間をするりと抜けて行く。
「不満なら、たんまり溜まってるよ。お前が来た理由や、僕が疑問に思ってる事を全く語ってくれないからな!」
僕はドアの向こうに消えるコルーパに向かって吐き捨てるように言ってやった。せいせいしたよ。全く……。
朝ご飯、コルーパは下に降りてこなかった。今日は奴の好きなウィンナーが大皿にどっさりと盛られている。横にはケチャップとマスタードが添えられている。??まあ、別に来ないなら来ないでいいんだけれど。
僕はウィンナーを豪快にモギュモギュと口に押し込むとゆっくりしっかり噛み砕き、冷たい牛乳で流し込んだ。その後、パンにかぶりつき、早々に朝食を終えた。コルーパが朝ご飯に来なかったおかげでウィンナーをたくさん食べる事ができた。満足、満足。
僕はお腹いっぱいになってふくれたお腹を撫でながら、階段に足をかけた。ふと、後ろのソファーを見てみると、隅っこの方で不機嫌そうに丸くなっていた。
コルーパは僕が見ているのに気がつくと、キッと睨みつける様に、眉間にしわを寄せた。このままでは、お母さんのいるところで大声で喋りだしそうだから、足早に階段を上った。
部屋に入ると、わざと音を立ててドアをバタンと閉めた。そして、そのままベッドに飛び込んだ。そして、天井を仰いだ。少し言い過ぎたかな……。ソファーにいたコルーパの姿を思い出しながら思った。
だが、心の中の僕はすぐに首を横にぶんぶん振った。あいつだって、悪いに決まってる。うん、そうだ。僕は無理矢理納得させた。だけど――。
丁度ドアを開けたときだった。目の前にはコルーパがいた。コルーパも僕と同じく決まりが悪そうな顔をしていた。奴から言い出すかなと思いきや、何も言わない。とにかく僕は部屋の中央に座り込んだ。
すると、コルーパも部屋の中央に来て僕の目の前に座った。コルーパはそっぽを向いているけど、僕はそのコルーパの横顔をじっと見つめてやった。しばらくそうしていると、コルーパは目だけをこっちにきゅいと向かした。それはまるで、そっちから言えって言ってるみたいだった。
「で、何のようなんだ?」コルーパが何を言いたいのかは分かっているのに、僕は意地悪く奴に言わせてやる。「何のようなんだ?」僕は語気を強める。
しばらくして、ようやくコルーパが口を開いた。
「ちょっと言いたい事があって来たんだけど……」
それを聞いて、僕は顔がにやけないように気をつける。
「今度、真剣に話し合った方がいいと思うんだけど――天馬のいびきと寝相について」
「ほっとけ!」
僕は立ち上がった。まったく、一つの事にいちいちこだわる奴だ。あきれた僕は、期待していた言葉を言った。
「あのな、コルーパ――さっきは本当に悪い。言い過ぎた。無神経はちょっときつかった。本当にごめん」
僕が頭を下げると、コルーパはきょとんとした顔をした。自分が期待していた答えと違ったんだろう。コルーパは思わず「えっ?」と声を上げた。
「俺が期待していた言葉と違うんだけど……。それに、無神経がどうだかって何の事?俺が期待していたのは『さっきはすまなかった。これからは僕が下のソファーで寝るよ』って言う言葉だったんだけど」
「はあ?」僕はコルーパを睨みつけた。コルーパは、その視線をひょいとかわす。「ちょっと聞くけど、コルーパが怒ってた理由って?」僕が言うと、いびきと寝相の事さとすました顔でコルーパは答えた。
ああ……僕はこいつに頭を下げた事を後悔した。コルーパめ。きっと心の中で『天馬は何をとぼけてるんだ?』とけらけら笑ってたに違いない。コルーパを見ると、へっへっへと舌を出して息をしているが、笑い出すのを堪えているに違いない。
「ジョークがうまいね。残念な事に君とコンビを組んでお笑い芸人になるつもりはないよ」
――どこまでも、馬鹿にする奴だ。思わず僕は拳を固めていた。さすがに犬を殴るわけにはいかない。僕は奴の鼻をぱしんとデコピンした。……でこじゃなくて鼻だから、鼻ピンか?僕がうーんと首をひねっていると、コルーパはワンと吠えた。その迫力に驚いて僕はしりもちをついた。それを見て、コルーパはにやりと笑った。
「確かに、君が言っていた件についても反省はしている。こっちも言い過ぎたとは思ってるんだ。だから、君の質問に答えようと思う。今まで無理だっって言って来たやつだ。質問は……。えーと、何だっけかな?」コルーパが小首をかしげる。「ああ、そうだそうだ。『どうして、俺は喋る事ができるのか』それは、君の力と僕の力が共鳴したからなんだ。僕のうちなる力のうちの一つが『人の言葉を喋る』というものなんだ。つまり、これも俺の能力の内の一つ。俺はただの犬じゃない」ここでコルーパは大きく深呼吸をした。「次の質問、『俺が何でこの家に来たか』。それは、この地球上の生き物のために来た。言い換えれば、この地球を守るために来た。そして、俺は地球を守るためにいる。以上だ」
僕はコルーパが唐突にいろいろな事を言ったもんで、頭がうまく回らず物事が整理できない。「えーと、コルーパの能力って他にもあるのか?」
コルーパは頷いた。「他の能力は、また今度話す。ただ、言える事のできる能力は『喋る』と言うものだけだ。分かったか?」
僕はコクコクと頷く。
「じゃあ――地球を守るってどういう事だ?それに、地球を守るためにどうしてこの家を選んだ?ほかにも、質問はある。今までので答えてないのがあるぞ。例えば、『どうして、時が止まったのか』これも答えてないぞ」
「どうして地球を守るか、どうして地球を守るのにこの家を選んだのか。天馬なら分かるだろう?そして、『どうして、時が止まったのか』これも、天馬なら分かる。――多分な。でも、時が止まった理由も天馬は分かる。俺はそう思ってる。地球を守る事に関しては、分からなくても、時がくれば分かるさ。もしかしたら、本当に天馬なら分かるかもな。なんせ、君のおじいさんが認めたんだ。僕も、それは認めるよ」
コルーパは「その後も、天馬なら分かるって」と延々言い続けた。
おじいちゃんが僕を認めた?一体どういう意味だ?何を認めたっていうんだ。それに、コルーパの言った通り、僕に多くの謎が解けるのだろうか?……何だか、だんだん不安になって来た。コルーパが質問に答えてくれたおかげで、謎がまた一段と増えてしまった。ああ……どうしよう……。
読んでいただいてありがとうございます。
徐々に続きを載せていきます。
現在、2nd(よりよい表現に推敲しております)を執筆中です。