喋る犬 ②
八月一日の朝になった。毎日、六時に起きるのを習慣にしている。ベットからのそのそと起き上がると、ベットの横のカーテンを開けた。明るい太陽の日差しが、体中にあたる。実に気持ちがいい。両手を大きく上に上げ、大きくあくびをすると、後ろから声がした。
「おはよう。実に気持ちがいい朝だね。早いから散歩にでも行こうよ」
若い男の声だった。
ああ、そうだった。奴を飼う用具は僕のこずかいで飼わされた。家につれて入ると、さんざん母さんには怒られるし、父さんには自分のこずかいで用具は揃えろと言われるし。もう、最悪の一日になった。
それに、こいつは喋るからなんて言えないし……。とにかく奴には、父さんや母さんが一緒にいるときは、人間の言葉を喋らないようにと忠告しておいた。
こいつ、とにかくうるさい。人間の言葉を喋れるのをいい事に、常におやつや餌、散歩を要求してくる。それに、少し偉そうなところがある。僕がいたおかげで一年前お前は助かったんだ。って、思いっきり言ってやりたい。そんな事を考えてる僕をよそに、奴はぴょんぴょん跳ね回ってる。
「ねえ。行こうよ。行こうよ」
奴はさらに飛び回る。そして、転んだ。
「ねえ、早く」
「分かってるよ。いいか?覚えておけ。お前は僕に連れて行ってもらうんだぞ。それに、お前は一年前、僕が助けてなかったら、今頃どうなっていた事か――」
「そんな事どうでも良いからさ。早く連れて行ってよ」僕の言葉は奴のうるさい言葉によって、遮られた。「ねえ、天馬。早く連れて行ってよ。早くしないと、朝ご飯になっちゃうよ」
僕は分かった、分かったと、ベッドの横の出窓に置いてある、首輪とリードを奴につけた。そして、僕は、不思議な事に気がついた。
「どうして、お前は僕の名前を知ってるんだ?それに、お前の名前を聞いてなかったぞ?」
すると奴は、そうだっけ?と小首を傾げた。「そんな事いちいち説明しなきゃいけないのか?」
僕がうんうんと頷くと奴は、はあ、とため息をついた。――少しむかつく奴だ。
「俺はコルーパだ。言わなかったっけ?それに、何で君の名前を知ってるかなんて、いちいち言うもんじゃないだろう?君のお母さんやお父さんが呼んでたじゃないか。だろ?」
確かにそうだった。奴――コルーパの言う通りだった。
「じゃあ、散歩に出かけようか」
気を取り直して、僕は言った。僕はそれで、コルーパの機嫌が良くなると思ったが違った。コルーパはフンと鼻を鳴らし、部屋を出て階段へ向かった。あーあ、怒らしちゃったかな?
玄関に向かうと、コルーパは僕の靴の前でおすわりをして待っていた。僕が靴を履くと、立ち上がった。僕がリードを持って、「さあ、行くか」と言うと、コルーパはワンと鳴いた。――なかなかの演技だな。台所にはお母さんがいて、今まさに朝食を作っているところだった。コルーパが鳴いたのが分かったのか、台所から、ひょいと顔を出して「いってらっしゃい」と言った。
玄関を出ると、コルーパは一年前に僕たちが出会った場所へ引っ張っていった。あの辺は人通りが少ないし、近くにも公園がある。コルーパは、そこで人間の言葉で何か話をするのだろう。だんだん人通りが少なくなってきた。しばらくすると、コルーパは僕の真横について、僕の顔を見上げた。
「この近くに公園があったはずだな。そこで話そう。誰かに聞かれると厄介な事になるしな」
コルーパはきょろきょろと周りを見た。
「あ、それと、しばしの間は君が疑問に思っている事には答える事はできない。だが、答えれる範囲なら答えてやる」
僕とコルーパは公園に入ると、ベンチに腰掛けた。コルーパは、ベンチの下の影に寝転んでいた。僕は呼吸が整ってきたのでコルーパに聞いた。
「じゃあ、聞くけど、お前は何で人間の言葉が喋れるんだ?どう考えたっておかしいだろう?犬が人間の言葉を喋れるなんて。どうだ?この質問には答えられるか?」
コルーパは静かに首を横に振った。
「その質問については答えられない。悪いな。時が来たら話すよ。もうしばらくは、我慢してくれ。話さないと行けない事は山ほどあるんだ」
僕は気を取り直して、次の質問に移る事にした。「じゃあ、お前はどうして僕の家に来たんだ?何の目的があってきた?一年前に世話になったから……。それは、単なる口実だろう?本当の狙いは何なんだ?」
「それも、話す事はできないんだ。明日になったら話してやる。それでいいかい?」
僕は、しぶしぶ頷くと、コルーパと一緒に家へ戻った。
家に入ると、朝食のいいにおいが玄関まで漂ってきた。コルーパは舌を出して、へっへっへと言っている。犬にとっても、いいにおいなんだろう。コルーパは僕がリードをとってやると、真っ先にキッチンに向かった。僕も、コルーパが蹴散らしていった靴と僕の靴を綺麗に揃えてキッチンに向かった。
食卓にサラダやパン、ウインナー等がのっている。僕は椅子に座ると、手を合わせ、コルーパに取られないようにと、抱え込むようにして食べた。
――余談だが、現に僕はコルーパに夕食のトンカツを二切れ持っていかれてしまった。その際、奴は僕の部屋まで持ち込んでから食う。その素早さと言ったら天下一品だ。ちなみに世界最速の動物は……いや、これ以上言うと、別の話になってしまう。
僕が抱え込むようにして食べていても、コルーパは僕の朝食を狙っていた。だけど、隙がないためか奴はあきらめて、クーンと鳴いた後、僕の足下にふせをして寝転がった。そういえば、コルーパについて重大な事を忘れていた。
「母さん。僕、こいつの名前を決めたよ」僕が言うと、母さんは、まあと言って続きを待った。「コルーパって言うんだ。――ゲームのキャラクターの名前だったと思う」
まさか、この犬が勝手に喋って、自分の名前を名乗ったからなんて言えるはずが無い。僕は、ごちそうさまをして、二階に上がった。僕の部屋は二階の廊下の一番奥だ。僕が部屋に入ると、コルーパは既に部屋の中央で座りをして待っていた。ご飯が欲しいと訴えているのだ。
「今、やってあげるからな。もう少し待っていろ」そういうと、僕はリードを出窓のところのかごに放り投げ、その中から青色の袋のドッグフードと皿を取り出した。「どれくらい食べる?」
僕はコルーパに聞いた。
聞かなくても返事は分かってるんだけど、念のために僕は一応聞いとく。すると、コルーパは「昨日と同じく、超大盛り!」と、ものすごく嬉しそうに言うのだ。ここで、コルーパについて分かった事を述べよう。たった一日だが、僕的にはかなりの収穫だったと思う。
さてと――こいつ、とにかく食いしん坊だ。食い意地だけがとりえと言っても過言ではないだろう。人間の物から、ドッグフードまで、ありとあらゆる物を口にする。そして問題は、この犬が喋ると言う事だ。僕だって信じがたい。でも、こいつは本当に喋っている。それに、喋れる事をいい事に僕と二人きりのときは、いつまでも喋り続ける。それが、かなりうるさい。
気づけば、コルーパはもうドッグフードを食べ終えていて、ぺろりと舌なめずりをしていた。
「ドッグフードだけじゃ、何か物足りないな」すると、コルーパはにやりと笑った――のだろう。――「下から何か持ってきてくれないかな」
「何かって?」僕は語調を強めた。
「そうだなあ」コルーパは僕の目をしっかりと見据えている。「強いて言うなら……。たこさんウインナーがいいな。数は三個ぐらいで、横にケチャップとマスタードを添えておいて。で、後は――」
「贅沢言うな!お前は犬だろうが!」
僕はついつい声を荒げてしまった。そして、僕は部屋のドアをばたんと閉め、足音を立てながら、階段を下りていった。そして、キッチンに向かい、たこさんウインナーを三本焼いて、横にはしっかりケチャップとマスタードを添えておいた。
「あー、おいしかった。ありがとう。でも、まさか本当に持ってきてくれるとは、思っても見なかったよ」コルーパは、肩をすくめた――ように見えた。――
僕は、部屋の中央を陣取っているコルーパの目の前であぐらをかいて、コルーパがたこさんウインナーを食べるのを見ていた。
「おい、コルーパ。お前は人間の物をそんなにばくばく食べてもいいのか?どう考えても、だめだろう?」
僕がそう言うと、
「ああ、いいんじゃない?だって、食べても何ら支障がないんだし。だってほら、俺はこの通り喋れる犬なんだしさ。おいしいからいいんじゃないか?」
僕はあきれていた。「そんなんでいいのか?」ついでに、大きなため息をついてやった。でも、コルーパは別に気にする様子でもなく、ごろんと寝転がっていた。全くのんきな奴だ。
すると、突然コルーパは目をパチリと開けた。
「第一、俺はドッグフードがいまいち好きになれない。そんなもんだから、人間の食べ物を食べた方がいいのさ。もちろん、ドッグフードも食べるけれども」コルーパはサッと立ち上がり続けた。「つまり、俺は好きな物を好きなだけ食べるんだ」
僕は少しだけ納得したけど、現実はそううまく行かないと思うぞ。僕がこんな事を考えているとも思わずに、奴はまた寝転んだ。そして、ぼそぼそと呟いた。
「君には、たくさんの仕事がある」
僕は聞き取る事ができなかった。
読んでいただいてありがとうございます。
徐々に続きを載せていきます。
現在、2nd(よりよい表現に推敲しております)を執筆中です。