喋る犬 ①
当たり前の事を不思議がって、首を傾げる人間の姿は実に妙である、と言い張る奴の言う不思議論を述べる。
『不思議』とは、未だかつて、人間が経験した事がなく、なおかつ自分たちが理解できない事である。
奴はそういって、べらべらと喋りだした。
――だいたい、人間は自分が一番偉いと思ってるから、いけないんだ。自分が喋れるから偉い?そんなのくそくらえだ。世の中の当たり前の事に、不思議なんて格付けするからややこしくなるんだよ。UFOが来るのも、人が宙に浮くのも、世の中の自然な流れの一つ。そう考えれば今、学者や世間の人々が一生懸命悩んでいる事が、すんなり解決できるだろうが。だろ。
奴は言ってる事とやってる事がめちゃくちゃだ。奴は分かってない。
僕はまだ受け入れる事ができない。奴の不思議論じゃない。目の前で起きている『不思議』な事が認める事ができない。最も、奴は自分が一番不思議だなんて思っても見ないだろうけどね。
一年前の七月三十一日の、ちょうどこんな日だった。雨が激しく地面に打ち付ける。僕は学習塾の帰り、人通りの少ない住宅街を傘をさして歩いていた。家まで、あと四百メートルぐらいというところで、僕はあるものを見つけた。そうたいそうな物じゃない。薄暗い路地に、明るく光る電灯の下。白く霧みたいにもやが出てたけど、遠くじゃないからすぐに分かった。
その電灯の下には、小さなダンボール箱が置いてあった。
僕は、そのダンボールに近づくと、中身を見るために上からのぞいた。ダンボール箱の中身は犬だった。犬種は、ミニチュア・シュナウザーだと思う。かわいそうに、子犬は冷たい雨に打たれて、びしょびしょになって震えながら、クーンクーンと泣いていた。――どうすればいいんだろうか。
僕は、カバンから何故か持ち帰ってしまった折り畳み傘を開いて、子犬が濡れないように立てかけた。そして、タオルを取り出し、子犬の体を拭いてやった。子犬を拭いたタオルは、ダンボール箱の隅にたたんでおいて、カバンから新しいタオルを取り出し、広げて子犬の体にそっとかけた。
「これでいいな」
僕は勝手に納得して、子犬の頭を撫でてやった。僕は、犬は嫌いじゃない。というか、好きな方だ。
子犬を見つめてると、子犬が僕の方を見て「ありがとう」とでも言うように、にっこりと笑ったような気がした。僕は、なんだか恥ずかしくて、「風邪引くなよ」と言って家に向かって歩き出した。子犬が見えなくなった後、明日、傘とタオルをとりにいこうと思いながら、僕は走り出した。
次の日。天気予報通り、晴れになった。二階の窓から外をのぞくと、地面は乾いていた。僕は着替えて、すぐさま外に飛び出した。そして、真っすぐに昨日の子犬のところへ走っていった。
だが、そこにはダンボール箱は無く、代わりに、きちんとたたまれたタオルが二枚と、折り畳んで袋に綺麗にしまってある折り畳み傘が置いてあった。
「なんだよ」
僕は思わず呟いた。僕は、傘とタオルを手に取ると、タオルの間から、紙が一枚ひらひらと落ちた。
その紙を拾い上げると、僕は四つ折りになっている紙を広げた。その紙にはたった一言しか書いてなかった。『ありがとう』これだけだった。誰かが飼う事にしたのかなあ。僕は首を傾げた。でも、いいや。よかったな。子犬の顔を思い出しながら、心の中で呟いた。
僕は、一年前のそんな事を思い出しながら、窓辺で大きくため息をついた。今日も、あの日と同じような雨がザーザーと降り続いていた。宿題も終わってしまったし、なんもやる事無いから暇だな。僕は、そう思いながら玄関に向かっていた。
靴を履くと、傘を傘立てから取り出し、玄関のドアを開けた。
行き先は、あの子犬がいたところだ。別に深く考えていた訳じゃない。一年前の事を思い出していたら、体が勝手に動いただけだ。僕は自分にそう言い聞かせた。そういうふうに、納得したかっただけなのかもしれない。
早歩きで、目的地に向かう。雨の降り方が一層激しくなってきた。僕は傘をしっかりと握りしめた。一年前、子犬がいたところには何もなかった。いや、よく目をこらしてみると、小さなビニール袋が落ちていた。
僕はビニール袋を拾い上げた。ビニール袋の中には何か固い物が入っていた。僕はそれを取り出した。それは、小さなメモ用紙だった。一年前の、あのときのように四つ折りになっていた。僕は紙を広げた。そこには『そっちに行くよ』と書いてあった。僕は思わず、へ?と間抜けな声を上げた。
結局なんにもなかったな……。帰り道、僕は心の中で呟いた。何で、あんなところにいったんだろうか。あんな紙切れ意味なんかないじゃないか。僕はすっかり落ち込んでしまった。でも、早歩きで家へ戻る。家の前についたとき、僕は思わず声を上げた。
「あ!」玄関の前に一匹の犬が座っていた。犬種はミニチュア・シュナウザー。あの時の子犬と同じ犬だ。
「お前……あの時の……」
なかなか言葉が出なかった。僕は大きく深呼吸をすると言った。
「お前、あのときの子犬か?」
すると、その犬が微笑んだように見えた。
「その通り。でも、〝子犬〟じゃないんだな」
へ?僕は周りを見渡した。周りには誰もいない。じゃあ、どこから声が聞こえたんだろうか?
「ここだよ、ここ。君の目の前さ」見ると、犬が口をぱくぱくさせていた。そこから若い男の声が聞こえる。「これから一か月間、お世話になるからね。よろしく」
信じられないかもしれないけど、僕は『喋る犬』に出会った。
読んでいただいてありがとうございます。
徐々に続きを載せていきます。
現在、2nd(よりよい表現に推敲しております)を執筆中です。