漏涙 AM08:51
誰もいないひとり日曜の朝、台所
リビング、壁際に差すまっすぐな細く濃い光
溜息ひとつほどの覚悟でカーテンを一払い すぐに全面に光
やはり強く、でも負けじと目の裏で朝陽を味わう 5秒、6秒
鼻息の余裕を持って壁時計に視点をとばすと短い針は 9 の足もと
見渡せば部屋は暗い
テレビはつけない
洗面台で顔に水をかけると思い出す
のどが渇いている
台所、食器が浸かりっぱなしの流しは黙っていた
昨日使ったコップは深くでまだ眠っている
ちょん、と水面に手を伸ばした
けたたましく、炸裂した 金属の怒声が頭を殴る
そして転がる鍋のふた
崩れた金物の山
耳が怒声を繰り返し、呼吸を整えるのに一歩遅れて収まってゆく
気づくと部屋は 無音 におちていた
それは静寂よりも素っ気なく、沈黙よりも手加減がない
疲れた心の糸が強く張った
それでも、肩の力を抜いて、ひとりっきりの笑顔をつくってやるんだ
私の心は大人に成ろうとしていて、片手の平を確かにそこにつけているんだ
大丈夫だ
もう一度水面に手を放った
コップを握る 力を込める
再び張る糸
痛みの線が走り、口の中で勝手にのどが鳴る
見ると手の甲で赤い線が口をあけた
あぁあ
無残な心地がした
自分の知らない胸の中の何かが居所を失くして暴れはじめてしまったのだ
目蓋に帯びた熱がこめかみから頭の後ろにまでまわる
視界は少ない光を織り交ぜて歪みだす
目をつぶった
最後の抵抗だったかもしれない
しわを寄せた力強い目の隙間から たらり と漏れる
あっけなさが心を空にしていく
一粒許せば、二粒目ももう許されている
残酷ささえ感じた
濡れた鼻はつまって空気を出すことしかできなくなり
歯の間からは息を吸う音が途切れ途切れに乱れてきこえた
諦めるのすら遅いくらいで、出来損ないの声の塊は何度も床を叩いた
何度も硬い床がそれを跳ね返して響かせた
私に聞かせた
不思議な涙は止まらない
あのときの涙はいったいいつのための涙だったんだろう
昨日の涙
一昨日の涙
忘れられないあの日の涙
言えなかったときの涙
悔しかったときの涙
失ったときの涙
会いたいときの涙
いつのための私の涙だったのか
いつになったらこんな日が
私に訪れなくなるんだろうか