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もう戻れない

掲載日:2026/03/20

短編です

 俺の人生は、よく言えば穏やか、悪く言えば何もない。そんなありふれた、何の変哲も特徴もない日々。

 ただ朝起きて、電車に乗って、会社に行って、特段仲良くも、悪くもない同僚と、談笑しつつ昼飯を食べて、また他愛もない仕事をして、定時を少し過ぎたくらいに基本的には家に帰る。酷い残業があるわけじゃないけど、ほんの少し残らないと、今日の分が終わらない、って程度の残業がたまにあって、終わればまた電車に揺られて家に帰る。つけたTVのチャンネルそのままに、何でもないテレビ番組を見て、風呂に入って、買ってきた飯を食って、歯を磨いて寝る。

 これの繰り返しだ。本当に、特筆するような部分が一つもない、取り柄の無い人生。

 そんな俺の人生に、この日、天使が舞い降りた。

 いつもの時間のいつもの車両で電車を待っていたら、セーラー服を着た女の子が、俺の隣に立った。マスクをしていて、顔はよく見えないけど、目元からもう可愛いのがわかる。身長は結構高くて、髪はロングで腰元まで伸びている。手入れが行き届いているようでサラサラだ。でもこの制服を俺は見たことが無い。近所の高校であれば、見慣れた制服だからわかるはずだけど、初めて見るセーラー服だった。心なしか良い匂いがする。

 同じ車両に乗って、図らずも満員電車に押し込まれて彼女の隣に立ってしまった。

「す、すみません」

「いえ、こちらこそ」

 ちょっとハスキーな声だ。やっぱり良い匂い。こんなに可愛らしい子、今まで見たことが無い。もしかして親の転勤などで引っ越してきたのだろうか。

 3駅ほど進んだところで、彼女は、「すみません」と優しい声を出して、降りていった。ちゃっかり駅名を俺は心のメモに保存した。

 なんとなく、今日の仕事は順調に進んだ様な気がした。

 帰りの電車に乗った時、彼女が同じ駅で乗り込んできた。なんて運が良いんだろう。まじまじと彼女を見てしまったら、目が合った。でも会釈をしてくれた!こんな幸せがあっていいんだろうか!?

 ほわほわしていたら、彼女が俺の降りる駅でさっさと降りて行ってしまった。慌てて同じ駅で降りた俺は背中に羽が生えたような気分で帰宅した。

 翌日、彼女は制服を着ていなかった。私服、超かわいい。

 若い女の子らしい肩を出した格好で、スカートはひざ丈くらい。あまり短すぎると心配になるけど、このぐらいが可愛いいよなぁ。でも高校生って、今日は学校無いのかな?サボりかな?

 昨日と同じ駅で彼女は降りて行ってしまった。

 この駅、近所だけど降りたことないなぁ・・・いや、別に・・・彼女のことが知りたいとかそう言うことじゃなく、純粋に、ね!

 翌日の休日に、俺は同じ駅で降りてみた。この辺で駅から近い高校を地図アプリで検索する。

 散歩中ですよ、と言った様子で、地図アプリの通りに歩く。でも制服が違う。彼女はいったいどこに行ってるんだろう。

 ふらふらと街を散策していると、町のイベントのチラシに目が行った。

「○○町祭り?」

 ここ一週間でやっている地域のイベントで、近所だった。

「行ってみるか・・・」

 なんとなく気になって、地図アプリで検索をかけた。

イベント会場に着くと、多くの人だかりが出来ているメインステージに、彼女がいた。

「「みんな―!来てくれてありがと~!!」」

 マイクを持って一生懸命歌う彼女を見て、初めて会った時と同じ感動が、今、俺を満たしていた。



——推しになった日——

知ってしまった。

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