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病で死んだら時間が巻き戻ったので、王女殿下ばかりを優先する婚約者を詰問することにした  作者: 日向 風花


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9/15

王女襲来

 なんだそれ、と呟いたクロエの声は自分でもびっくりするくらい低かった。


「もう長くは生きられない?ふざけるなよ、そんなの、王女殿下と浮気のほうが、まだよかったじゃないか」


ブラウスの袖で行儀悪く涙をぬぐったクロエは、トリスタンを睨み上げた。


「何かの間違いや勘違いじゃないのか?そうだ、スノーレイクの聖女様に、ヴィクトリア女王陛下に診てもらおう?」


「クロエ様」


自分の死を突き付けられた時より動揺しているクロエに、トリスタンはきっぱりといった。


「時戻しの代償は絶対だと、あなたはよくわかっているはずですよ。たとえヴィクトリア陛下が初代聖女様並みの癒しの力を持っていたとて、無理な話です」


鉱血病と違って、時戻しの代償は聖女の奇跡でも王家の血統魔法でも癒せない。マグノリアの目が治らないことを初代聖女ユリアが嘆き、長らく自分を責めた話は子孫の間では有名だ。


「そんなこと、わからないじゃないか。時戻しは使われた記録が少なくて、研究も進んでいなかった。今からでも調べれば何か方法が」


往生際悪くクロエが言った時だった。


リン、と鈴のような音が響いて魔力が動いた。


周囲に巡らせていた防音の魔法が解除されたのだ。


「お嬢様、トリスタン様、ご歓談中申し訳ありません」


東屋に近づいて声をかけてきたのは公爵家の執事だった。緊急時には使用人にも解除できるようにしてあるので、魔法は彼が解いたようだ。


「お嬢様方にお客様でございます。約束も義理もございませんので、お帰りいただくのがよろしいと存じますが」


「私たちに客?いったい誰が……いやいい、だいたいわかった」


先ほどまでは防音の魔法で聞こえなかったが、玄関の方から若い女の金切り声が響いてきた。


「断ってまた押しかけてこられても面倒だ。ちょうど八つ当たりする相手が欲しかったところだし、お相手しよう」


好戦的に笑ったクロエは、執事にもてなしの準備を申し付けた。




 ローラン家の客間に通された女性は、背後に美男の近衛を並べて一人掛けソファにふんぞり返り、やれ茶が薄い、菓子がまずいと文句を垂れ流していた。


招かれざる客、レオノール王女である。


「来たわね、泥棒猫!遅くってよ!!」


部屋に入ってきたクロエを見るなり、レオノールはカップを投げつけてきた。


クロエは魔法でカップの時間を遅らせて持ち手をつまむと、中の熱い茶を一滴もこぼさないよう掬い取って王女の前に置いた。


「お久しぶりでございます、レオノール様。まさか王女殿下ともあろうお方が先触れも出さずに他家を訪うとは、よほど火急の用件なのでございましょう。本題に入っていただいて結構ですわ」


美しく優雅に一礼しながらも、敬意の欠片もなく言い放つ。案の定、レオノールは怒りで顔を真っ赤にした。


「このっ、クロエのくせに偉そうにぃッ!わかっているでしょう、わたくしの近衛魔術師を返しなさいよ!!!」


「殿下の近衛ならそこに勢ぞろいされているではありませんか」


「しらばっくれないで!トリスタンを出せと言っているのよ!!」


上質な黒檀のテーブルをバンバン叩く行儀の悪い王女に、クロエは「あら」と口元に手を当てた。


「我が婚約者殿は、本日は非番だと聞いております。それだけ雁首をそろえて、お休み中の新人を呼び出さねば職務を全うできないなんて……近衛の皆様はずいぶんと能力が低くていらっしゃる」


丁寧な口調で愚弄され、近衛の何人かが怒りに顔をしかめた。


「そも、国王陛下や王太子殿下と違って王女殿下は公務をなさる様子も見受けられないのに、そんなに多くの護衛を引き連れておられるとは。よほど治安の悪い場所へお出かけなのですね?」


レオノールが顔を隠し、偽名を使って非合法の賭場や遊技場に入り浸っていることを、前の回帰でクロエは知っている。


一応、自分がそのような場所へ出入りしてはまずいという自覚があるのか、レオノールはあっさり逆上した。


「黙って聞いていれば、どれだけ私を虚仮にすれば気が済むのよぉ!いいわ、あんたたち。この女を少し痛めつけておやり!」


横暴な命令に近衛の中にはしり込みする者もいたが、先ほどクロエに対して怒りを見せた者たちは忠実に従った。


レオノールの良くない遊びに付き合っている者たちである。


攻撃性を孕んだ魔力があちらこちらで膨れ上がり、迎撃のためクロエは身構えたが、結果的には必要なかった。


「何をしておられるのですか、先輩方」


部屋の中に勢いよくトリスタンが飛び込んできたかと思うと、クロエをかばうように前へ出て攻撃魔法を跳ね返す。


攻撃を仕掛けた魔術師たちは自分の魔法を受けて悶絶し、狼狽えていた者たちも正確無比のコントロールを見て青ざめた。


「助けてくれてありがとう、トリスタン。でも、あなたの手を煩わせるほどではなかったぞ?」


「いくら拙い魔法だろうと、クロエ様が攻撃されるとわかって黙っていられるわけがないでしょう」


トリスタンには、同行するも別室で待機するも自由だが邪魔はしないようにと伝えていた。


魔力の動きでクロエが攻撃されるのを察して飛び出てきたらしい。


「クロエ様の邪魔をしてしまいましたか?」


「いいや、嬉しいよ」


クロエは微笑むと、両手でトリスタンの頬を包み、音を立てて唇へ口づけた。


レオノールが声にならない怒りの悲鳴を上げ、近衛たちが唖然とし、トリスタンが混乱で目を白黒させている中、クロエは満足して唇を離した。


「え、あの、クロエ様?どうして、今、キスしたんですか」


「上書き消毒したかっただけだ。……嫌だった?」


ぶんぶんと首を横に振るトリスタン。代わりに物申したのはレオノールだった。


「ちょっと、あんた、私のトリスに何してくれてんのよッ!」


クロエに掴みかからんばかりの勢いでやってきたレオノールは、急に方向転換してトリスタンに突進した。


「かわいそうなトリス。あなたの愛するわたくしが迎えに来てあげたわ、もう大丈夫よ。一緒にお城へ帰りましょ?」


「お断りします。本日は公休日であり、緊急事態でもないご様子。ならば婚約者との交流に時間を使うほうが有意義ですので」


「もぉ、こんな女に遠慮なんてしなくていいのよ」


トリスタンが冷え切った眼で断るのにもめげず、レオノールは彼の手を取ろうとした。トリスタンはするりとその手を躱し、ため息をつく。


「王女殿下にお仕えすることを決めたのは、家族や婚約者に危害を加えられては困るからです。殿下に好意を持っていると勘違いされては迷惑なのですが」


「迷惑ですって!?嫉妬深い束縛女から助けてやるって言っているのに、何が不満なのよ?」


それを聞いたトリスタンはもはや蔑みを隠そうともしない顔で鼻を鳴らした。


「嫉妬とは、自分より優れている相手に抱く感情ですよ?王女という身分以外、クロエ様に勝るところのない殿下に対して彼女が嫉妬するはずがないでしょう?」


「こ、のっ、誰の、おかげで、生きていられると思っているの!?」


本来鉱血病の治療は血統魔法を持つ王族の務めであり、レオノールの言い分は恩着せがましいものだ。


「家族ともども病から救ってくださったことには感謝しておりますよ。だから近衛も引き受けました。引き受けたからには、仕事はします。業務外の事案で煩わせないでいただきたい」


絶対零度の拒絶を突きつけられ、レオノールはわなわなと震えた。


そこへクロエが割って入り、まぁまぁとフォローする。


「レオノール殿下のお気持ちもわからないではありませんわ。殿下の近衛は実力よりも顔で選ばれたのではないかと一部で噂になっていますもの」


クロエは近衛たちの顔を一通り眺め、最後にトリスタンを見上げた。


婚約者のひいき目を抜きにしても、愁いを帯びた色気のある美青年である。


実力はもちろんのこと容姿でもトリスタンの圧勝ではないか、と婚約者馬鹿を爆発させながらクロエは頷いた。


「美貌も実力も伴う彼に固執するのもかわりますが、トリスタンがかわいそうなので遠慮してくださるかしら?」


クロエがフォローに見せかけて煽り散らかすと、レオノールは矛先を簡単に変えた。


「王女であるわたくしに対してなんて口の利き方なの!?這いつくばって許しを請いなさい!」


怒声を上げたレオノールは、クロエの胸元で七色に輝くブローチを見つけてにぃっと嗤った。


シンプルな装いを好むクロエが珍しく身に着けている装飾品。きっとトリスタンからの贈り物に違いないと推測した王女は、手を伸ばしてそれをむしり取った。


「わたくしにふさわしい美しさだわ。手始めに、慰謝料としてこれをもらってあげる!」


「あっ……それは、今はもう手に入らない品で」


悲しそうに胸元を抑えてうつむくクロエを見て、レオノールはようやく少し溜飲が下がった。


「私が幼いころ、亡き祖父が贈ってくれた形見の一つでございます、どうかお返しください」


祖父の形見と聞いてレオノールは肩透かしを食らったが、クロエが悲しんでいるのでまぁよしとする。


「ふん、返すわけないでしょ」


「そんな……隣国のウッズワード地方原産、絶滅危惧種ヘンキョウタマムシの死骸から作られた大変貴重な品ですのに……祖父になんと詫びてよいか」


「は?ムシの、死骸?」


見せつけるようにブローチの表面を撫でていたレオノールは、ぎょっとして聞き返した。


「ご存じありませんか?このくらいの、ぴかぴか光るとても格好いい甲虫だそうですよ」


このくらい、と言ってクロエが握りこぶしを差し出した瞬間、公爵邸に王女様の絶叫が響き渡った。


「いやあああああああああああっ!!!知るわけないでしょぉっ!!!」


勢い良く投げ捨てられたブローチを、床に激突する前に魔法で危なげなく回収するクロエ。


「よくもだましてくれたわね!?こ、この高貴なわたくしが、虫に触っ、ひぃぃっ、早く手を洗わなきゃ!お前たち、帰るわよ!!!」


レオノールは涙目で近衛に命じると、どたばたと部屋を出て行った。


「お客様がお帰りだ。玄関まで送って差し上げなさい」


クロエの一言で公爵家の使用人たちが近衛魔術師を送り出し、部屋にはクロエとトリスタンが残された。


「やれやれ……聡明な王太子殿下の双子の妹とは、とても思えませんね」


嫌悪感のこもったトリスタンの感想に、クロエは肩をすくめた。王家の兄妹は外見も中身も父親似と母親似ではっきりと分かれていて、双子にもかかわらず全く似ていないのだ。


「王妃陛下の薫陶を受けただけあって、あれでも社交界を牛耳るのはお上手なのだが。それに子供のころはもう少しかわいげもあっただろう?」


「いいえ、昔から横柄だった記憶しかありませんが。服に虫を入れられてクロエ様に助けていただいたこともあったでしょう?……そういえばあの頃の王女は虫が平気でしたね」


「私は今でも平気だぞ。おじいさまのへんてこなお土産はたくさんあるし、持ち去られたらあきらめるつもりではあったが……返ってきてよかった」


先代の公爵はアグレッシブな人で、爵位を息子に譲ってからは大陸中を旅して飛び回るのが趣味だった。


孫のクロエは溺愛されており、旅先から戻るたびに部族の仮面だの禍々しい木彫り人形だの、反応に困る土産物をよくもらったものだった。


「あっ、ピンが曲がっている……」


ブローチを検分していたクロエは、微細な破損を見つけて眉をひそめた。むしり取られたときに曲がってしまったようだ。


「無造作に触っては危ないですよ、見せてください」


トリスタンがひょいとブローチを取り上げ、曲がったピンに魔力を流して形を整えていく。細工物を作るように繊細な魔法の技を眺めながら、クロエが尋ねた。


「今更だが、よかったのか?あんなに堂々と殿下を拒絶してしまって」


「初めに申し上げた通りですよ。阿っても無駄なら、あんな女に侍る意味はありません」


時戻し前にされたことを考えれば当然ではあるが、トリスタンの声はもはや嫌悪を超えて憎悪すら込められていた。


「トリスタン、今のあなたはやたらと婚約を破棄したがっているけれど。仮に婚約がなくなって、どうするつもりだ?」


「……」


「殺さずに人を従わせる方法なんて、本来はいくらでもあるけど」


「……」


「レオノール殿下に危害を加えようなどと考えるなよ?」


「ブローチ、直りましたよ。クロエ様こそ、これからどうなさるおつもりですか?」


ブローチを受け取って礼を言ったクロエは、話を誤魔化されても追及しなかった。


トリスタンの性格上、レオノールを攫って拷問するならクロエや家族との縁を全て断ち切ってからにするだろう。


つまり婚約破棄を受け入れなければいいだけの話だ。


「そうだな。あなたは嫌がるだろうけど、やはり父上に報告するよ。事はもう、私たち二人の手に負える段階ではないだろうから」


トリスタンは不安そうな顔をしたが、今度は反対しなかった。


「もちろん、親族に広く知らせるようなことはしない。けれど……並行世界の水鏡を使ってもらうことにはなると思う」


「それはもちろんです。今度こそ、クロエ様を死なせない……」


「ああ。私だって、自分の命も血族の誰かの命も犠牲にするつもりはない」


さっそく父親に先触れを出すため、クロエは使用人を呼ぶ鈴を鳴らした。




 一方そのころ、公爵邸から城へ戻る豪奢な馬車の中では。


「あぁっ、イライラするッ、何なのよあの女ぁっ!!!」


麗しきレオノール王女殿下がクロエへの怒りを爆発させていた。


「確かに、でかくなってからはローランのお嬢さんたちがあんたへの配慮を欠かすことはなかったのに、珍しい態度やな。何か心境の変化でもあったのかね?」


レオノールしかいないはずの車内に、面白がるような男の声が響く。


近衛魔術師ではない。彼らは全員、無様を曝した罰として粗末な馬車での移動を命じられている。


しかしレオノールは、突然の声掛けに苛立ちはしても驚きや恐れはしなかった。


「あの女の配慮なんて、嫌味にしか思えないわよ。それより、何か発見はあったの?」


「いやいや、無茶を言いなさんなお姫様。今回はあくまで護衛がメインや、あんな魔法防備万全なガチガチの屋敷、片手間に調べられるか」


リケッツア訛りの混じる軽口に、レオノールはため息をついた。


「なによ、使えないわねぇ。このわたくしが、何のために道化を演じてやったと思っているのよ」


「えぇ?本気で言っとるように聞こえたけど?特にあの悲鳴」


「う、うるさいわね!しょうがないでしょ、昔から虫は苦手なんだから……ああいうのは理屈じゃないのよ!」


感触を思い出してしまったのかレオノールはごしごしとハンカチで手を拭う。


「……なぁ、レオノール」


「何よ?」


「リシャールの次男に気を付けや。一応あんたは恩人のはずやのに、奴には殺意があった」


「ふん。あの男が私を嫌っているなんて今更でしょ。私だってあんな臆病根暗弱虫、相手にしたくないわよ」


吐き捨てるようなレオノールの言い草に、男は少しためらってから、告げた。


「だったらもう、こんなことやめたらどや。あんたが望むなら、俺が逃がしたる」


その提案にレオノールは意表を突かれたように目を見開き、諦めたように笑った。


「そんなこと、できるわけないでしょ。お爺様の目は、大陸中に張り巡らされているのだから」


そう言って、暗い目をして車窓を眺めるレオノール。


「私たちは、お母様の役に立たなきゃいけないの。役に立たなきゃ、愛されない……」


馬車が城に突着するまで、王女はうわごとのようにつぶやき続けていた。

そろそろストレス展開にも飽きてきた頃でしょ?

一旦クロエ様のターン挟んでおきますね^^


トリスタンに対するざまぁがないので「だまされた」と感じる方が出ないよう「ざまぁ」タグ付こそつけていませんが、悪人どもにはぶちかましていくのでよろしくです!

トリスタンは普通にざまぁされるよりひどい目にあっている?うん、まぁそれはそれ……。


ところで前作にも出てきたヘンキョウタマムシですが地元民の保護活動のかいあって、二百年後くらいには見つけた子供が自慢できるレア虫程度に個体数を回復します。

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