鉱血病
クロエが意識を取り戻すと、寝間着姿で自室のベッドに寝かされていた。
頭は霞がかかったように重く、全身が怠い。特に、意識を失うまで刺すような激痛に苛まれていた胸部には鈍い痛みが残っていた。
「お嬢様!?よかった、意識が戻ったのですね!?」
侍女が心配と喜びの綯い交ぜになった声を上げ、医者や公爵夫妻を呼びに出て行く。ほどなくして、クロエの両親である公爵夫妻がお抱えの医者を引き連れてやってきた。
まずはクロエとも顔なじみの中年の女医が安心させるように微笑みかけ、診察を始める。
その背後で、公爵夫妻は沈痛な面持ちをしていた。
「父上、母上……お忙しいところを、申し訳ございません。わたくしは、学会を欠席してしまったのですね」
「今は気にせずともよい。自分の体のことだけ考えなさい」
愛情深い両親ではあったが、多忙を極める夫妻が娘の顔を見るためにそろって部屋を訪れるなど滅多にあることではない。
喜びよりも罪悪感が勝るクロエの冷え切った手を、公爵夫人がそっと握った。
「大丈夫よ、クロエ。きっとよくなりますからね」
「ありがとうございます、母上」
祈るような夫人の言葉が、かえって病状の深刻さを物語っていた。母にはお礼を言いながらも、クロエは覚悟を決めた顔で医師を見上げた。
「……先生、本当のことを教えてほしい。私は鉱血病を発症したのですね?」
それを聞いた女医は笑顔を引きつらせ、観念したように頷いた。
「さようでございます、姫様。血中の魔力濃度を計測した結果、もはや疑いようがございません」
鉱血病。それは先見の魔女の一族特有の、血液が徐々に鉱石化していく奇病である。
血中の魔力微粒子が心臓に蓄積し、最後には心臓が鉱物のように固まって死に至る。
マグノリアの一族に受け継がれる血統魔法の代償で、あまりにも濃密すぎる魔力に生身の組織が耐えられないことが原因だといわれている。
先年、リシャール伯爵一家を襲ったのと同じ病でもあった。
「三人とも、この世の終わりのような顔をしないください。鉱血病は確かにわれら一族にとって恐ろしい病ですが、治療法はあるでしょう?」
何しろリシャール家の病を治療したのがレオノール王女だ。努めて明るい声を出すクロエに、しかし公爵たちの表情は晴れなかった。
「むろん、鉱血病の疑いが生じた時点で王家には治療の要請を出した。だが……」
絞り出すような父の声と、固く握りしめられた拳から、要請を受け入れてもらえないのだとクロエは察した。
「なぜ、クロエがこのような目に……王家は、王女は、この子からいったいどれだけ奪えば気が済むの……!」
今にも泣きだしそうに顔を覆った妻の肩を、公爵が抱き寄せた。
「国王陛下と王太子殿下は尽力くださっている。しかし治療を拒否する王女殿下に王妃陛下が味方しておるのだ」
クロエが生まれる数年前、マグノリア魔法王国は自然災害とそれに起因する大飢饉に見舞われた。
運悪く、隣国スノーレイクで豊穣の力を得意としていた聖女が逝去したばかりのことだった。
そんなとき娘を王妃として嫁入りさせることを条件に援助を申し出たのが、大陸中に金融網をもつ経済大国、リケッツア通商連合国の首長だ。
以来マグノリアの流通は連合に握られており、国王すら王妃には容易に逆らえない状況だった。
「あの、商人あがりの女狐めが……!」
「なりません、父上!」
娘が命を落とすようなことでもあれば反逆も辞さぬと言わんばかりの父に、クロエは必死で声を上げた。
リケッツア通商連合国のはじまりは複数の有力商会から成る連合組織であり、首長も厳密には王侯とはいえない。
しかしながら初代首長は魔王との戦いの最前線まで物資を届け続けた伝説の商人。マグノリアと同じ勇者の盟友だ。
決して商人風情などと軽んじてよい家柄ではない。
なにより、国が割れ連合と事を構えるなど、クロエは望んでいなかった。
「戦になれば傷つくのは民です。仮にわたくしが死ぬようなことがあっても、どうか王妃陛下や王女殿下へ刃を向けたりなさいませんように」
「クロエ……」
「それに、わたくしが元気になれば済む話です。きっと王女殿下を説得してお連れくださいね?」
「ああ、ああ、もちろんだとも……!」
力強く頷いた父と、クロエを抱きしめた母は、王家との交渉のため名残惜しそうに部屋を出て行った。
女医の先生もクロエに薬湯を飲ませた後は、安静にして体調に変化があれば呼ぶよう侍女へ申し付けて出て行った。
残されたクロエは再びベッドに倒れこみ、大きく息を吐いた。
(父上たちにはああ言ったものの……レオノール殿下は私を助けてくださるだろうか)
初めて会った時からなぜかクロエを敵視し、一方的に張り合ってきたレオノール。
トリスタンに恋慕するレオノールにとって、自分がいなくなるのは好都合のはずだ。
心臓が凍り付くような激痛を思い出し、つい弱気になるクロエだった。




