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病で死んだら時間が巻き戻ったので、王女殿下ばかりを優先する婚約者を詰問することにした  作者: 日向 風花


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12/15

深夜の秘密基地

 晩餐の後、湯あみを終えたクロエは早めに布団の中へと入った。


今日は色々あって精神的にも肉体的にも疲れているし、明日からも忙しくなる予定だ。


早く寝てしまおうと思うのに、睡魔は一向にやってこない。


鉱血病の発症は半年以上先の話だと頭ではわかっていても、目を閉じれば心臓が凍り付くような痛みと死の足音が戻ってくるような気がして寝付けなかった。


(私も存外繊細なものだ)


クロエは自嘲気味に笑って体を起こした。夜着の上に厚手のガウンを羽織ると、部屋履きをひっかけて部屋を抜け出す。すると、廊下で待機している侍女と目が合った。


公爵一家のプライベートエリアを守る、魔法や武芸にも秀でた者だ。


「寝付けないから歩いてくるよ。プライベートエリアからは出ないから、一人にしてくれないか?」


「……かしこまりました」


付き合いの長い侍女は「仕方ないですね」と言わんばかりにちょっと呆れた顔をしながらも、見逃してくれた。


月の輝く空は晴れており、大きな窓が並ぶ廊下は灯火の魔法を使わずとも進むに困らないほどだ。


クロエは両親の寝室とは反対方向に進み、目的の部屋の扉の下から光が漏れているのを見つけた。


「やっぱりあなたも来ていたのか」


扉を押し開いて見慣れた背中を見つけると、苦笑交じりに声をかける。


窓辺の机の前でごそごそと魔道具をいじっていたその人物――トリスタンは、クロエを振り返って驚きに目を丸くした。


「クロエ様。こんな時間に侍女の方も伴わず、どうしたのです?」


「たぶんあなたと同じだ。色々ありすぎて眠れなくて。それにここは私の秘密基地だぞ、好きな時に訪れて何が悪い」


この部屋は公爵家のプライベートエリアの隅、来客エリアとの境に与えられたクロエのもう一つの部屋だった。


正式な自室とは違って公爵令嬢の私室にしては狭く、絢爛な調度品も皆無だ。


実用性を重視した無骨なつくりの本棚や机、仮眠のための簡素な寝台、魔法の実験器具や、小さなころからコツコツため込んだ玩具にガラクタのような魔道具ばかりが並んでいる。


ちょっとしたひらめきや思いつき、いたずらのような魔法を試す秘密基地なのだ。


この秘密基地に無条件で入ってよいのはクロエのほかに、トリスタンただ一人。


子供のころはトリスタンが家に泊まりに来ると、ここで二人して魔法や魔道具の開発に没頭したものだった。


「これを作ったときは父上に本気で怒られたっけ。懐かしいな」


火を扱う作業台の大きな焦げ跡を撫で、クロエは笑う。子供のころ、魔法の花火を爆発させて大目玉を食らったときの焼け跡だ。


クロエはよく洗浄した鍋に魔法で水を満たし、不織布で包んだ茶葉を放り込むと金属の三脚の上へ置いた。


火をつけた清酒灯を三脚の下に設置していると、背後で道具を片付けたトリスタンが立ち上がる気配がする。


「戻る前にお茶くらい飲んでいったらどうだ?ばあやが見たら卒倒しそうな淹れ方だけど、眠れないときは蜜をたっぷり入れた濃いお茶もいいだろう?」


トリスタンを振り返って蜂蜜の瓶を揺らして見せると、彼は困ったように首を横に振った。


「俺たちはもう子供ではないのですよ?こんな時間に二人きりでいたら、どんな噂が立つか」


「研究に夢中になって気が付いたら夜が明けていたことなんて、いくらでもあったじゃないか。問題があったら二人きりになる前に誰かが止めているよ」


マグノリア魔法王国では、血統魔法の保持者が増えることを是としている。


推奨まではされていないが、同じ血統の婚約者同士であれば婚前交渉も大目に見られているのだ。


仮に今夜クロエたちが情を交わしたとして、軽くお説教される程度だろう。


「クロエ様。それは俺たちが将来結婚するから許されていた話です」


「父上たちは結婚に反対していないだろう?」


「だから困惑しているのですよ……」


晩餐の後、トリスタンは公爵夫妻に代償のことも話していた。


余命幾許もないことを知れば流石に婚約は解消になるだろうと考えていたのに、夫妻はまるで頓着していなかった。


「あの二人はなんだかんだ、一人娘の私に甘いからな」


そう言って、クロエは背後を振り返った。


鍋が沸騰していたので清酒灯を消火し、陶器のカップを二つ並べて鍋の中身を注ぐと、蜂蜜をたっぷり入れてかき混ぜる。


片方のカップをトリスタンに差し出せば、彼は諦めたように礼を告げて再び机の前の椅子に腰かけた。


クロエはすぐ傍の寝台に座り、トリスタンを見上げる。


「トリスタンは、婚約継続になって困っている?私はレオノール殿下みたいに胸が大きくないし」


甘い蜂蜜茶をちびちびと飲んでいたトリスタンが盛大に咽た。


「クロエ様、急に何を言い出すのですか!?」


「男は大きなおっぱいが好きなんですよ、って前にルイ殿が言っていたから」


「あの大馬鹿兄の言うことは本気にしないでください!」


兄さんめ、帰ったら口止めされていた例の件をミラと義姉さんに暴露してやる、二人から死ぬほど嫌われるがいい、などと呪詛を吐くトリスタン。


それからはっと我に返って咳払いをした。


「クロエ様は魅力的な女性ですよ。俺との婚約がなくなれば、求婚者が列を成すことでしょう。……あんなことが起こらなければ。俺だって他の男に、あなたを渡したくなかった」


悔しそうにカップを握りしめ、トリスタンは目を伏せた。


「『前回の俺』は失態に次ぐ失態でした。本来の計画ではクロエ様が鉱血病を発症した日、どんな手を使っても治療させるはずだったのに。どうして王女の自由意思を残したうえに、ひと月もかかってしまったのか、本気でわからない」


「トリスタン……」


「もしも、王女を絆すつもりで俺の方が絆されていたのだとしたら?クロエ様を傷つけて、ひと月も病で苦しめた挙句に死なせたのだとしたら、俺は自分が許せません」


クロエはカップをベッドサイドに置くと、猫のようにしなやかな身のこなしでトリスタンに肉薄し、彼の頬を両手で包んだ。


覗き込むと、病み上がりでは説明がつかないくらいやつれたトリスタンの顔がある。


「ラザロおじさまはお元気だったのに、あなたはひどい顔色だ。眠れていないんじゃないか?」


クロエは昼間見た水鏡の映像を思い出した。


記録として見るだけでも悍ましい虐殺の光景を、トリスタンはほんの数日前に経験して時を戻ってきたばかりなのだ。安眠などできるはずがない。


「私こそあなたを一人にしてごめんなさい。きっと私を守るために奮闘していただろうに、どうして今日は来てくれなかったんだろうって、そんなことばかり考えていた」


「そんなの、クロエ様は悪くない……」


「うん。本当に罪を負うべきなのは、私でもトリスタンでもない。どうすればあれを繰り返さずに済むのか一緒に考えよう?きちんと寝て、ご飯を食べなくてはいい考えだって浮かばないよ」


「無理、です。目を閉じると、あの光景が蘇ってきて」


クロエはトリスタンからそっとカップを取り上げて机に置き、代わりに自分の手を握らせた。


「私も一人だとあの光景を悪夢に見そうだ。怖い夢を見ないように抱きしめていてくれないか?昔、ルイ殿から怪談を聞かされた時みたいにさ」


軽く手を引っ張って誘うと、義務みたいに少しだけ抵抗があった後、立ち上がったトリスタンが恐る恐るクロエを抱きしめた。


記憶よりも瘦せてしまった背中に、クロエも腕を回して抱き返す。


「なぁ、トリスタン。水鏡の記録を見て確信したんだが。あなたの代償が寿命だと突き止めたのは、前々回の私なんだな?」


クロエの質問に返事はなかったが、沈黙が肯定のようなものだった。


「寿命なんて事前にわかるものじゃないのにはっきり言い切るから、おかしいと思ったんだ。それに冬の学会で発表する転移の魔法が、暗殺された秋に不完全だったなんて。私は魔法の開発そっちのけで、代償を反故にできないか調べていたんじゃないか?」


「……だからと言って、クロエ様が責任を負う話ではありませんよ」


「わかっている。ただ、私が失った時戻しの代償も、寿命だったらいいなと思って」


「クロエ様、なんてことを言うんですか」


ぎょっとしたトリスタンに詰め寄られたクロエはバランスを崩し、二人はもつれあうようにして傍らの寝台に倒れた。


「誤解しないで。生き延びるのをあきらめたわけじゃないんだ。代償が同じなら、延命の方法が見つかった時二人とも助かるだろう?」


現実はそんなに甘くないと百も承知だったけれど、今ぐらいはそんな夢想に浸って、幸せな子供の頃みたいに眠ってしまいたかった。


「ね、トリスタン、手をつないで寝てもいい?」


「俺があなたを手放せなくなっても、かまわないなら」


「うん。それは、いいね。ずっと一緒にいられるね」


久々に大好きな人の体温を間近に感じて、クロエは安心したように寝息を立て始めた。


「……クロエ。こんなに幸せで、いいのかな」


トリスタンははじめ葛藤するように眠気と戦っていたが、手をつないだまますり寄ってくるクロエのぬくもりと心音に、いつまでもあらがえるものではなかった。

クロエがお茶を沸かすのに使っている清酒灯はいわゆるアルコールランプのことですが、調べてみたら今は理科の実験でアルコールランプって使わないんですってね!?

これが、時代の流れ……!

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