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病で死んだら時間が巻き戻ったので、王女殿下ばかりを優先する婚約者を詰問することにした  作者: 日向 風花


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並行世界の水鏡

 娘から話を聞いたシリル・ローラン公爵はすぐに研究のスケジュールを切り上げ、最低限の人物を集めた。


すなわち妻のディアナ・ローラン公爵夫人、ラザロ・リシャール伯爵、そして当事者のクロエとトリスタンである。


「二人とも多忙なところ呼びつけてすまない。水鏡案件だ」


ディアナもラザロも長年シリルを支えてきた人物である。告げられた言葉に表情を硬くしたが、余計な口は挟まず頷いた。


「こちらへ」


シリルの先導で一同が足を踏み入れたのは、書斎の隠し階段を下った場所にある水鏡の間だ。


公爵邸中心部の地下に位置しており、灯火の魔道具を灯してもまだ薄暗い。


シリルに認められた使用人が定期的に清掃しているので清潔だが、殺風景で物の少ない扇型の大部屋はどこか寒々しかった。


扇の要部分にあたる壁際には、布がかけられた大きな円盤が設えられている。並行世界の水鏡だ。


表面が見やすいよう角度を変えられる台座に収まっており、台座を囲むようにして半円状に椅子が並ぶ様子は、小さな劇場のようでもあった。


シリルに促されてほかの四人が最前列に座ると、布が取り払われて円盤が露になる。


クロエが両腕を広げたほどの直径で、表面は鏡のようにつるりとした金属製だ。


シリルは防音や生体感知など情報漏洩防止に必要な魔法具をありったけ起動させ、正常に作動していることを確認すると皆に向き直った。


「時戻しの禁術が使われた。すまないが、私も娘から概要を聞いただけなので詳しい説明はできない。まずはトリスタン、再生を頼む」


「はい、閣下」


着席するシリルと入れ替わりに魔道具の横に立ったトリスタンが、鏡に触れた。


魔力が込められていくにつれ表面が水面のように揺らぎ、なるほどこれが「水鏡」の名の由来になったわけか、とクロエは納得する。


揺らぎは徐々にはっきりとした像を結び、音声を伴って動き始めた。


トリスタンにとってはこれが二回目であるためだろう、映像はスムーズに進む。


レオノールからの近衛の打診、それを断り王妃と王女の不興を買ったこと、クロエの発病とレオノールたちの亡命、戦争勃発の危機の最中に命を落としたクロエ。


先ほどクロエがトリスタンから聞いたのと同じ話が映像として流れ、大人たちは一様に険しい顔になる。


特に公爵家への忠義に篤いラザロは、怒りを露わにした。


「王女殿下がクロエお嬢様を見殺しにするとは……トリスタン、なぜあのような姫に仕えておるのだ!」


「待ちたまえ、伯爵。娘によると、時戻しは三回行使されたそうなのだ。子息を叱責する前に、まずは一通り見てみよう」


取りなしてくれたシリルに一礼し、トリスタンは一回目の時戻しを使った後の事を再生した。


国王と王太子を味方につけ、王女と王妃を幽閉し、みんなが一件落着と油断していたころに降りかかったクロエの暗殺事件。


続けて国王暗殺と王太子の毒殺未遂から先は、事態が急激に悪化していく。


事前に話を聞いていたクロエでさえ、一族が次々と殺されていく様子は目を覆いたくなるほどだった。


公爵夫妻も伯爵も芯の強い人たちだが、さすがに青ざめている。


しかし、その場の誰よりも顔色が悪いのはトリスタンだった。


心臓をえぐり取られて死んでいたクロエの遺体、公爵夫妻の処刑、レガリア兵の剣に伯爵一家が貫かれたシーンでは特に映像が大きく乱れ、そのたびに押し殺したうめき声が漏れる。


血の気の引いた顔には大粒の汗が浮かび、呼吸が大きく乱れはじめた。


トリスタンの魔力量であれば水鏡の使用にそこまで負担はかからないので、明らかに精神的ストレスによる不調だ。


「トリスタン、一度休んだほうが」


思わず制止したクロエを振り切って、トリスタンが魔力を流すたび水鏡に惨劇が映る。


中庭に面した半地下の牢獄に捕らわれたトリスタンとミラ。


家畜の血抜きでもするみたいに中庭の城壁へ吊るされた子供たちの首なし死体。


「恨むなら簡単に密告される自分たちの愚鈍さを恨むのね」と嘲笑する金髪の女。


殺された妹へ手を伸ばすトリスタンの絶叫、石の床や壁に一面びっしりと書き込まれた血の魔法陣。


異形の化け物が手当たり次第に人々を殺して回り、血まみれになっていく城内。


時系列もばらばらにそれらの映像が繰り返されたところで、駆けつけたディアナがトリスタンの手を扇で叩き落とし映像を中断させた。


「おやめ。これ以上はあなたの精神が持たないわ、トリスタン」


「おく、さま……?」


「リシャール伯爵、ご子息を介抱して差し上げて。クロエ、続きを説明できますね?」


ラザロはディアナへ深く一礼すると次男を半分引きずるようにして椅子に座らせ、クロエも立ち上がった。


「はい、母上」


二度目の時戻しに至る経緯をクロエが説明すると、最初に困惑の声を上げたのはラザロだった。


「それならますますわからない。トリスタン、お前、どうして王女の近衛など引き受けたのだ……?」


「一族に裏切り者がいるそうです、ラザロおじさま」


クロエの言葉に最初は怪訝そうな顔をした親たちだが、すぐに納得の表情を浮かべた。


「そうか、我らの血に秘匿された力を、漏らした者がいるのだな?」


シリルの問いかけにクロエは頷いた。


マグノリア一族の鮮血が媒体になるというのは、血族でも限られた人間だけに秘匿されてきた。


一族の魔術師であれば自分で気づく者もあるかもしれないが、素材として狩られるリスクを考えれば他言は控えるものだ。


トリスタンの映像の中で王妃が裏切り者について言及していたこと、クロエを殺してから転移の魔法を活用するまでの迅速な動きを鑑みるに、裏切り者がいたのはまず間違いない。


「トリスタンは誰が裏切り者なのかわからない中、一人で解決しようとしたのです」


そう前置きして、クロエは水鏡に触れた。


公爵家の次期当主として使い方は教えられていたので、魔道具はすんなりと起動する。


トリスタンが実際どのようにしてリケッツアや裏切り者を探っていたのか、クロエの視点からはわからない。


この水鏡で確認しうるできごとも、遡る前の記憶を保持できるのも、時戻しの代償を支払った当人だけだ。


クロエを捨てて王女を選んだように見えるトリスタンの動向が一通り流れ、最後に彼が隠し持っていた魔道具で三回目の時戻しを行ったのではないかという推測を説明すると、親たちは一様に頭を抱えていた。


「……言いたいことはある。山ほどあるが、トリスタン。なぜ、父さんたちに何も相談しなかったのだ……?」


裏切り者のせいだと頭ではわかっていても聞かずにはいられないのだろう。半分独り言のように言ってから、ラザロは公爵一家の前に平伏した。


「閣下、奥様、お嬢様。この度は愚息がとんでもないご無礼をいたしました。どのような処罰でも受け入れます」


「申し訳ございませんでした」


いろいろな精神的ショックでふらつきながらも、父の横に並んで土下座するトリスタン。


クロエたち親子は顔を見合わせ、ここは自分が、と言うようにディアナが頷いた。


「ええ、随分な無礼だったわね。今のあなたに当時の記憶がないとはいえ、娘を傷つけた事実は覆らなくてよ?」


「重々に、承知しております」


トリスタンの言葉を聞いたディアナは振り返った。


「クロエ、何か望みの罰はあるかしら?あなたが婚約を破棄したいというなら、母は協力しますよ」


「え、嫌です」


即答した娘に「そう」とだけ答えたディアナは、トリスタンに向き直った。


「そういうわけでトリスタン。婚約は継続とします」


妻の言葉に、シリルもうんうんと頷いている。


「な、何故ですか!?あのようにお嬢様の心を踏み躙った挙句、おめおめと見殺しにした人間を婚約者に据え置くなど!」


「お黙り。お前に決定権があるとお思い?クロエが婚約を望む限り、あの子のそばで償いなさい」


それは慈悲ではなく罰だというように、ディアナは冷たく言い放った。


「ラザロ殿の言ったように、信用のおける者だけにでも相談すればよかったのよ。あのような悲劇が起こるとわかっていて、公爵家が王妃に足をすくわれると?無礼にもほどがあります」


「申し訳ございません」


冷たい石の床に額をこすりつけるリシャール親子を無表情に見下ろしたディアナは、そこで一つ大きなため息をつく。


「……でも、きっとわたくしたちのふがいなさが、あなたをそこまで追い詰めたのね」


ふいにディアナは優しい声になって、リシャール親子の前に膝をついた。


「わたくしは確かにあなたに怒りを覚えたけれど、それ以上に許せないのは自分自身だわ。国や一族を守るのはわたくしたちの役目だったのに。抵抗もできず処刑されるとは、何たる屈辱」


「奥様……?」


思わず顔を上げたトリスタンに、ディアナは微笑んだ。


「クロエの命をあきらめずにいてくれてありがとう、トリスタン。どうか今度こそ娘から離れないで」


トリスタンは返事をしようとして、嗚咽を漏らすことしかできなかった。


体を起こしたラザロが息子の背中をさすり、困惑したようにシリルを見上げる。


「ありがたいお言葉ですが、よろしいのでしょうか」


「うん、私もディアナと同感だ。娘を傷つけたことは許しがたいが、それは『前の私』が一発殴って落とし前をつけていたようだからね」


シリルは鷹揚に頷いた。


「例えば私に事情を説明して時戻しを託すべきだった、なんて後から責めることは簡単だよ?けれども焦りや恐れで視野が狭まっているときに正しい判断を下すのは、大人でも難しいことだ」


「お言葉ですが、閣下。今の息子は、肉体的には未成年ですが、何度も時を戻っています。成人として責任を負うべきでは」


「だとしても精神年齢二十歳かそこらだろう?先達が導くべき若輩であることに変わりはない」


シリルは妻の隣にかがんでトリスタンの肩に手を置いた。


「トリスタン、クロエを守れなかったことが君の罪だというのなら、この場の全員が同じ罪を背負っている」


ローラン家当主は一見すると穏やかに微笑んでいるようで、娘によく似た濃紺の瞳には激情を秘めていた。


「われらは先見の魔女マグノリアの血脈。観測を重ね、真実を見極め、一族と王国に災いをもたらす者どもに鉄槌を下そうじゃないか」

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