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病で死んだら時間が巻き戻ったので、王女殿下ばかりを優先する婚約者を詰問することにした  作者: 日向 風花


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1/3

王女を優先させる婚約者

 自宅のソファに腰かけたクロエは、魔導書を読みながら婚約者のトリスタンを待っていた。


公爵家の居間には柱時計の魔道具が時を刻む音と、時折ページをめくる音だけが響いている。


そろそろ約束の時間になろうかという頃、外から馬車の音が聞こえてきた。窓の外に視線を移せば、伯爵家の使用人が使う馬車が到着したところだった。


クロエはあきらめと落胆の混じったため息をつき、傍らに控えていた侍女らは冷ややかな空気を醸し出している。


しばらくして扉の向こうで訪いを告げたのは、やはりトリスタン本人ではなく彼専属の従僕だ。


「どの面下げてやってきた」と言いたげな侍女をなだめ通してやるよう伝えると、花束を抱えた従僕が部屋に入ってきた。


クロエは読んでいた魔導書を閉じ、単刀直入に尋ねた。


「面倒な挨拶は不要だ。用件を聞こう」


「主は緊急の仕事にて、此度は同行しかねるとのことでございます。大変申し訳ございません、お嬢様。こちらは主よりお詫びの品でございます」


花束をクロエの侍女に渡した従僕は、その場で平伏した。


「今日は大切な学会だと言っておいたはずなのだが。緊急の仕事とやらを聞いてもよいか?」


「レオノール王女殿下の護衛にございます。まことに、申し開きのしようもございませぬ……!」


これまでに何度も聞かされた名前を耳にして、侍女たちの目が怒りで吊り上がっていく。


「承知した。王女殿下のお召しならば仕方あるまい。しかし、こう何度も約束を反故にされては今度こそ婚約を見直さざるを得ないと、よくよく主に伝えておいてくれ」


「もちろんでございます」


従僕は可哀そうなくらい冷や汗を流し、何度も頭を下げて帰っていった。


「リシャール伯爵令息はいったいどのような了見なのでしょう」


年若い侍女の一人が怒りをこらえきれないように呟いた。クロエは彼女を振り返り、肩をすくめる、


「王族の護衛は近衛魔術師の仕事なのだから仕方ないさ」


「それが、そもそもおかしいのです!いずれ当主となるお嬢様をお支えするのが入り婿の務めだというのに、王家の近衛に就任するなんて。結婚前の社会勉強にしたって、もっと融通の利く部署はあるでしょう!」


よほど憤りが強いのか、侍女は受け取った花束も握り潰してしまいそうな力の入り具合だ。


周りの先輩侍女たちも「お嬢様に対して口が過ぎるわ」と咎めはしても、トリスタンに対する無礼だとは言わなかった。


「王女殿下はリシャール家の恩人だ。近衛への抜擢を断ることは難しかろう。私を思ってくれるのは嬉しいが、花に罪はない。やめておやり」


クロエが花束を持つ侍女の手に掌を添えると、若い侍女はまだもの言いたげな顔をしながらも了承した。


「今日は夜会のように婚約者のエスコートが必要というわけでもなし、爺やたちに付き添いを頼むさ」


「お嬢様……はい、かしこまりました」


敬愛するお嬢様がそう言うならと、侍女は引退した先代の家令夫妻を呼びに行った。




 大鷲大陸の東部には、高度な魔法文明を誇るマグノリア魔法王国がある。魔王を封印した勇者の仲間、先見の魔女マグノリア・ローランが興した国だ。


マグノリア直系の公爵令嬢クロエ・ローランと、分家の伯爵家次男であるトリスタン・リシャールの婚約が整えられたのは十年ほど前。


二人が八歳になったころのことだった。


もともと親戚同士の顔見知りで仲の良かった二人は、喜んでこの婚約を受け入れた。


ともに遊び、学び、喜びも苦しみも分かち合い、十八歳の成人を迎える年には何の憂いもなく婚姻を結ぶはずだった。


その関係に陰りが出たのは一年前、リシャール一家が重い病に倒れたことがきっかけだ。


先見の魔女の一族に特有の奇病で、伯爵家の家族全員が生死の境をさまよった。


そんなとき、一家の病を癒したのがレオノール王女だ。リシャール家は命の恩人に心から感謝し、王家に対する忠誠をより一層強固にした。


しかし、話はそんな美談では終わらなかった。


隣国から嫁いできた王妃に似て奔放なところのあるレオノール王女が、トリスタンを気に入ってしまったのだ。


王女はリシャール伯爵家の忠誠をいいことに、病から回復したトリスタンを強引に専属の近衛魔術師にすると、どこに行くにも彼を連れまわすようになった。


国王や王太子はレオノールを諫め、リシャール家もやんわりと抗議したのだが、レオノールは聞く耳を持たず王妃も娘をかばった。


なにより、当のトリスタンがレオノールを一切拒絶しなかったことが致命的だった。


それまでクロエ一筋だった次男がいとも簡単に王女へ陥落したことに、伯爵一家は驚愕した。


はじめは王女に逆らえないのだろうとトリスタンに同情し、


「大丈夫だ、私たちはお前の味方だから断ってもいい」


と説得したが、トリスタンが常にクロエよりレオノールを優先するのを見て次第に呆れ、主家へのお嬢様への配慮のなさに怒りを募らせていくようになった。


しかし、家族に叱責され軽蔑されても、トリスタンは王女の下僕のようにふるまい続けた。


そのうちレオノールや王妃と親しい貴族の間では、クロエのほうこそが真実の愛で結ばれた恋人たちを引き裂く悪女のような言われ方をするようになっていった。


金髪碧眼の輝く美貌を持つ王女に対し、濃紺の髪と瞳で冷たそうに見えるクロエの容姿もそのイメージを増長させた。


研究室に引きこもってインクと油にまみれた陰気なクロエより、華やかなレオノール王女に惹かれるのは当たり前だと、口さがない人々は嘲った。


数少ない社交の機会にはエスコートを父や既婚の親族に頼まざるを得ず、みじめな女と嘲笑される。


クロエが一人になったわずかな隙を見つけては、「トリスタン殿を解放して差し上げては?」と面と向かって非難するものまでいた。


それらをクロエが毅然とはねのけても、「高飛車だ」「これだから婚約者に捨てられるのだ」と鼻で笑われた。


権力を振りかざして格下の令息を無理やり婚約者の座に縛り付けた、傲慢な公爵令嬢。


社交界でクロエに張り付けられたレッテルにローラン公爵夫妻は抗議したが、それがまた『傲岸不遜な公爵家』という印象を裏付けてしまう。


そもそも魔法卿とも呼ばれるローラン公爵家は、魔法業界の権威である半面、社交分野が不得手だ。


美貌と富で多くの信奉者を従える王妃相手に、社交界で戦うのは分が悪かった。


ならばいっそトリスタンとの婚約を解消しようと動いたこともあったが、とっくに心を王女に移していたと思われていたトリスタンが何故かこれを拒否した。


額を床にこすりつけて詫びるトリスタンを両家の家族が責める中、婚約継続を受け入れたのはクロエの判断だった。


次代魔法卿として血のにじむような鍛錬を支えあってきたトリスタンを切り捨てるのは、あまりにも忍びなかったから。


(……だが、そろそろ潮時なのかもしれない)


新しく開発した魔法の発表会に向かう馬車の中、クロエは物思いに沈んでいた。


婚約継続が決まった後も、トリスタンが態度を改めることはなった。


レオノールに呼ばれれば何をおいても参上し、かつては降るように贈られた心のこもったプレゼントも、今では思い出したようにお詫びの品が届くだけ。


ついには何年も前からトリスタンと共同開発を進めていた、二人の子供というべき魔法のお披露目にも彼は来なかった。


自他ともに令嬢らしい繊細さとは無縁だと認めるクロエでも、十年来の婚約者からの冷遇は少々堪えるものがある。


「お嬢様。どうぞこちらをお召しください、お顔の色が優れませんわ」


馬車に同乗していたばあやが、クロエの肩に厚手のショールをかけてくれた。先代の家令であるじいやも、心配そうにしている。


「ああ、確かに少し寒気がするな。ありがとう、ばあや」


多忙な両親に代わってクロエを育ててくれた二人に心配をかけまいと、姿勢を正した時だった。


「――ッ!!?」


ずきり、と心臓に激痛が走り、クロエはドレスの胸元をつかんで背中を丸めた。


「お嬢様!?いかがなされました、お嬢様!!?」


「いかん!屋敷に引き返すのじゃ!」


クロエの上半身を支えるばあやの悲鳴と、じいやが御者へ命じる声を意識の隅に聞きながら、クロエは失神した。

大鷲大陸シリーズ三作目、はじめました。

今度の舞台は魔女の国、マグノリア魔法王国です。

時代的には若かりし頃のヴィクトリア様がブイブイ言わせ、レオナルド爺ちゃん絶賛引きこもり中の話ですがスノーレイク勢はたぶん名前くらいしか出てきません。

あと、「人によっては元鞘に見えるかも?」くらいだった一作目と違ってこちらはがっつり元鞘なので苦手な方はご注意を。

おかしいな、自分、元鞘系は嫌いなはずなのに……書きたいものと読みたいものが一致しない(困惑)

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