完全な日
男は、今日は「完全な日」だと思った。
強い酒をあおりながら、なんていい日だ、と心の中でつぶやく。
もし君と一緒にいられたなら、まさに完全な日だーーそう思う。
そして、蒔いた種は刈らなければならない、と自分にささやく。
男は静かに、一歩、前へ出た。
***
私は椅子に腰をおろし、窓の外を眺めながらコーヒーを飲んでいる。
今日も、あの男が落ちてくる。
決まった時刻になると、必ず落ちてくる。
最初は何が起きているのかわからなかった。
ただ、毎日同じ時間に、人が落ちてくるのだ。
それ以外には、何も起こらない。
音もなく、叫びもなく、その瞬間だけが世界から切り取られている。
彼は、死んだ瞬間に縫いとめられたみたいに、同じ時だけを繰り返した。
最初は驚き、そして恐怖した。
窓を開けて下をのぞいてもそこに遺体はない。
落下地点へ行っても、何もない。
幽霊だろうか。
屋上に線香を持っていったこともある。
けれど何も変わらなかった。
それでも、やがて慣れていく。
嫌なことがあった日は酒を飲みながら、その「落下」を眺める。
彼はなぜ飛び降りたのだろう、と考える。
考えても、答えはどこにもない。
それでも日々は続き、小さな違いが生まれてくる。
今日は美味しいコーヒーを買ってきた。
今日は満月だ。
今日は雪。
今日は蒸し暑い。
今日は空気が澄んでいる。
今日はやけに騒がしい。
私は今日も窓辺に座り、その落下を見届ける。
ーー運命の時。
男は外へ出て、ふと立ち止まった。
あの時刻だと気づいた。
顔を上げる。
男が、降ってくる。
この角度から見るのは初めてだ、と思いながら、落ちてくる影を見つめた。
だが、それは幽霊ではなかった。
そして、その日の夜、ニュースが流れた。




