第1話 転校生は悪役令嬢 シーン1:春の朝、鏡の前の目覚め
春の朝。
薄く開けたカーテンの隙間から、やわらかな陽射しが差し込んでいた。
篠原莉々亜は洗面所の鏡の前で、寝ぐせを直しながら制服の襟を整える。
どこにでもいる新学期の朝――そう思いたかった。
けれど、鏡の中の瞳が、ふと光を帯びた。
淡い金色の残光が、虹のように揺らめく。
息を呑む。
その瞬間、鏡の奥に“もう一人の自分”が重なった。
金糸の髪に宝石の瞳、刺繍の入ったドレス。
それは異世界の貴族令嬢、リリアーナ=フォン=エストリア――
かつて“悪役令嬢”として断罪され、処刑された彼女の姿。
莉々亜はゆっくりと目を細め、唇を動かす。
「また、始まるのね……」
呟いた声が、鏡の奥に反響した。
七度目の春。七度目の転生。
何度終わっても、何度でも“彼女”に戻ってしまう。
鏡の表面が微かにざらつき、ノイズが走る。
そこに、淡い文字が浮かび上がった。
《Bad End Counter : 7》
まるでシステムの残骸が、現実世界に滲み出しているかのようだった。
莉々亜はそれを見つめ、深く息を吐く。
「今日は、普通の女子高生として生きる。……そう決めたんだから。」
そう言って微笑を作ると、光はすっと消えた。
鏡の中の自分は、ただの十七歳の少女。
新しい制服に袖を通し、鞄を手に取る。
玄関の扉を開けると、春の風が頬を撫でた。
その香りは、かつて宮廷の庭園で感じた“桜に似た花”の匂いに、どこか似ていた。
「……今度こそ、普通に生きてみせる。」
静かな決意とともに、篠原莉々亜は坂道を下りていく。
彼女の背後、閉じた洗面所の鏡の中で――
ドレス姿のリリアーナが、わずかに微笑みを浮かべていた。




