4話:我儘と覚悟と栄養補給
ゴン、と鈍い音が鳴り響いた以降は、悩ましい声が止んだ。
それと同時にリンカと城医が駆け込んでくる音もする。
「おっと、無事そうだな?」
様子を見に行こうかと扉を開けると、騒ぎに駆け付けて来たティーガと鉢合わせた。
「あ、え、お仕事は」
「お前のピンチが優先だ。残りの仕事ならまぁ何とかなる」
リンカと城医からすでに報告を受けているらしく、被害がない事を確認して、少しため息をついた。
応接室のソファに腰かけ、隣の部屋の状況を把握しつつ、ミヤと向かい合う。
「ロッゾの病は、軽度ではあるんだが厄介でな」
「あれでも軽度なのですか……?」
「いつもは熱を出すだとか、その程度なんだ。
理性は保ってるし、人に危害を加えるなんて殆ど無い。
今回みたいなのは例外中の例外だ」
ロッゾの病は、性欲の増幅。
ティーガと比べれば軽微ではあるが、心身の不調により酷い発作を起こす場合がある。
悪化した発作の症状は、先程見たあの尋常ではない苦しみ様。
一度起こってしまった場合は、誰かを傷つけないよう熱を内に留め、ただただ引くのを待つのみ。
「万が一発作が起きた場合、速やかに気絶させる取り決めでいてな」
(リンカさんが真っ先にロッゾさんへ駆け寄ろうとしたのはそういう……)
王城の皆はそれなりに腕っぷしが強く、発作で弱ったロッゾなら何とかできるとの事だった。
例にもれずリンカも身体能力に優れており、それなりに戦えるらしい。
ロッゾの威圧に対して立ち直りが早かったのはそういう事かと、ミヤは納得した。
隣の部屋でも、気絶したロッゾを数人がかりで運ぼうとしている声が聞こえて来る。
「ティーガ様、ミヤ様。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!」
応急処置を終えたダスクが、荷物を取りに応接室へ戻ったようだ。
怪我は無さそうだが、上着が城の庭師が着ているような質素なシャツに変わっている。
ティーガはダスクを迎え入れ、真正面から向かい合って頭を下げた。
「……此度は申し訳ない」
「ティーガ王! おやめくださいそんな……!
未遂で済んでいます故……!」
ダスクは間一髪でロッゾの隙を付き、気絶させていたと語る。
女性陣を守ろうと前へ出たが、完全に裏目に出てしまったと逆に頭を下げた。
「わたしとしましては、落とし子様にお会いでき、至上の幸福を味わった反動だと思いますため……
この程度の事どうってことありません」
恥や疲労を堪えている様子を見せず、ダスクはへらりとした笑顔を浮かべている。
「むしろ、ロッゾ様の事を労わってあげてください。
仕方がないとはいえ怪我を負わせてしまいましたし、自分の行いを酷く後悔されていました。
わたしから処罰を訴えるなどは致しません……」
「……礼を言う。今後も我々を助けてくれると嬉しい」
「勿論でございます」
これがプロの商人というものかと、ミヤは感心してしまった。
ダスクの本心は推し量れないが、ミヤとティーガの前で気丈に振舞い、商人としての職務を全うした。
荷物を担ぎ上げ去って行く背中が、とても大きく見える。
「……あれは本当にミヤと会えた幸せだけで持ち堪えたな」
「それは、その、何よりです?
……いや、それは心配ですね⁉︎」
全く実感が湧かないが、少しでもダスクの心の支えに慣れたのなら幸いだと、ミヤは思う。
(どうかダスクさんもゆっくり休んで……)
追加で、ひっそりと祈っておいた。
仕方のない病とはいえ、ダスクは襲われたのだ。怪我はなくとも心労は計り知れない。
「ダスクには相応の手当てを出そう……」
ティーガもしっかりとアフターケアを考えているようだった。
ダスクやその商会には、ミヤとしても頼りにしたい。何ができるかはわからないが、協力できる事はしようとミヤも心を決めた。
「……さて、今日はもう夕飯作って終わりにしろ。
何ならもう休んでもいい」
「えっ、でも」
「お前も事件に巻き込まれたんだぞ?」
自覚は薄いが、ミヤも一応事件の被害者だ。
ダスクが前に出なかったとしても、リンカが対応していたはずだから、実害は出なかったかもしれない。だが、ロッゾの手がミヤに伸びる可能性はあった。
「そういえばアイツ、ミヤの飯を喰わなかったのか?」
「王の取り分が減るからと……」
「どんだけ頭に血が上ってたんだ」
恐らくは意地を張らずに差し出されたトマトを食べれば、このような事は起きなかった。
これはロッゾの過失だとティーガは判断したようだが、ミヤは首を振る。
「いえ……私の態度が」
「応対する相手がどんなに憎い相手だろうと、仕事はやり切るべきだ。
アイツは与えられた仕事を果たせなかった。
事故も起こしたことだし、相応の処罰を考えねぇと」
「え、ちょっと待ってください!」
思わずミヤは声を荒げてしまった。
「……結果的にはそうかもしれませんが、私の態度が良くなかったのは確かです。
ロッゾさんの仕事の妨げになりました」
「それは同情で言ってんのか? ロッゾは本気で嫌がるぞ」
「同情ではなく! 私が罪悪感で何とかなりそうなんです! 我儘です!」
酷い開き直りだ。あの時慇懃無礼に切り替わったロッゾの事を何も言えなくなる。
ロッゾが取り乱した原因は確実に、竜の使いである自分の存在だ。そして、自分が取った態度のせいだと、ミヤは自覚している。
「……勝手な奴って思うのならどうぞお好きに!
ロッゾさんが怒っても嫌っても仕方ないです」
「ふぅん」
王の側近を勤めるような優秀な方が、自分のせいでケチが付くような事なんて良くない。
もしも今回が原因でロッゾが重めの罰を受けるなどあったら、自分はとてつもない罪悪感に見舞われる。
同情ではなくエゴだ。
「お前の覚悟はよーく伝わった」
射殺されそうな程鋭いティーガの視線に、冷や汗がぶわっと吹き出た。
冷静になり、何か弁解するべきかとあたふたしている内に距離を詰められ、壁際に押し込まれてしまう。
(壁ドンだ……)
焦りすぎて意識が遠くの方へ行ってしまいそうだったが――。
「痛いか、痛くねぇか。どっちが良い?」
ティーガの威圧感たっぷりの質問により、引き戻される。
顔が近い。まだ剣は出てきてないが、選択肢を間違えると出て来るかもしれない。
「……い、痛くない方でっ」
言い終わるか否かのタイミングで、ティーガの唇がミヤに重ねられた。
「んんッ⁉︎」
驚く間もなく、舌が口内に割り込んでくる。絡めとられる。
息を喰らい尽くすかのように何度も深く重ねられ、ミヤは抗議の声を上げる事もできない。
(あぁそうか、竜力は元々贄の血肉から取ってたんだっけ……)
唾液も体液だ。速攻で接種でき、とても効率の良い竜力接種の手段だと思い至るが――。
(いくら嫁候補だからって、異世界では普通なの……?)
段階を踏むだとか、羞恥心だとかの概念は無いのか。
恋愛経験が乏しいミヤには知る由もない。恥じらいと酸欠で混乱していく。
分厚い胸板を押し返そうとしたが、びくともしない。
段々と身体が熱くなってくる。口内を暴かれ、ざわりと身体が疼く。
止めて欲しいはずなのに、力が抜けていく。
意識が溶けて、流されていく。
(う、わ、だめっ……!)
脚が震えてバランスを崩す寸前で、漸くキスの嵐は終わった。
腰に手を回され、ティーガに抱きかかえられるような形で、ミヤは転倒を免れる。
「……よし、これで仕事がんばれそうだ。
やっぱ濃い目の竜力摂ると活力がみなぎるなぁ」
(人をエナドリみたいに言う……)
とても満ち足りたとわかる笑顔が眩しい。
ソファに降ろされたミヤは、文句よりも息を整える事に専念した。
「次は朝飯の時で問題ない。
本当はお前の飯を食いたいが、やる事増えたからな」
「あ、ありがとうございます……?」
「遅刻は厳禁だ」
何気ない言葉だったが、遅れたら良くない事が起きると思わせるだけの重さが感じ取れた。
――お前の覚悟はよーく伝わった。
脳裏に、ティーガの発言が蘇る。
(明日が怖い……)
一体何が待ち構えているのか。
机の上にポツンと置いてあるホットケーキミックスを見て、何事もなく終われば良いと、ただただ祈るばかりだった。