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2話:炊き込みご飯を待ちながら

 甘口の、比較的オーソドックスな炊き込みご飯の予定だ。

 運び込まれる食材次第にはなってくるが、根菜やキノコがあるのならとても嬉しい。


(ついでに少しでも鶏肉があれば、食べ応えもでるし良い……)


 包丁は良く研がれており、柔らかい肉もしっかり小間切れにできそうだ。

 作業台を先んじて拭いていると、厨房係の制服を着たスマートな女性がやって来る。

 

「失礼いたします! 食材をお持ち致しました!」


 若葉色のベリーショートの髪に、同じ色のパッチリとした瞳。

 元の世界で言うところのバレー選手を彷彿とさせる、しなやかで爽やかな印象の女性だ。


「ありがとうございます。結構ありますね……」


 女性が小脇に抱えた木箱には、野菜がごろごろ大量に入っている。

 空いているもう片方の手には、肉や卵などがそれぞれ入ったボウルを2枚、器用に持っていた。

 それらをロッゾに促され作業台の空きスペースに置いた後、女性は改めてミヤに向かい合い、勢いよく頭を下げる。

 

「初めましてミヤ様! 私はリンカと申します!

 ティーガ様の命により厨房係代表としてやって参りました。

 どうぞよろしくお願いいたします!」


 元気の良さに圧倒されるが、人懐こい大型犬を連想させる笑顔を浮かべていた。

 厨房係全員が一度に抜けるのは避けたいという事と、同性のリンカならミヤも多少打ち解けやすいだろうという配慮が見えた。

 ミヤも挨拶を返し、運ばれた食材の確認に入った。


(お野菜は人参、トマト……あっマイタケみたいなキノコもある。)


 ミーユ大陸の食材は、元の世界で言うところの、ヨーロッパで使われている食材なら大体揃っている。

 一部未知の食材もあるが、殆どは知っている物だ。


(お肉は、これ鶏肉かな? 卵もある……うん、新鮮だ。

 ボウルの底の魔法陣で保冷ができるの便利だなぁ……)


 肉も同じく、似た動物が家畜としてある程度存在している事に加え、ジビエも広く流通している。

 一応魔法陣を利用した疑似冷蔵庫のような物もあり、鮮度も確保できる。

 

「足りない食材などありましたらすぐ取って来ます!」

「だ、大丈夫です予定してたものはちゃんと作れそうなので!

 本当に! 問題ありません!」


 リンカの元気さに釣られ、ミヤの声も大きくなってしまった。

 恥ずかしさをごまかすため、そそくさと調理を開始する。


「リンカ、見すぎですよ」

「すみません……厨房に残して来た者たちから、異世界のご飯作りをしっかり見て来いと……」

(……気恥ずかしいけど仕方ない。本職の方に比べたら拙いだろうけど、リンカさんたちの勉強のためなら)


 まずは使う野菜たちをボウルに移し、竜力を使う。

 水で一気に汚れを洗い流した後、汚れた水を消し去る。

 この辺りは自炊で何度もやった事があるため、すんなりイメージを練れた。

 

「これが竜力ですか……⁉︎」

「静かに」

 

 興奮気味のリンカをロッゾが宥めているのを横目に、次はキノコを食べやすいサイズにほぐす。

 野菜類をボウルに移した後、別のまな板と包丁で鶏肉を一口サイズに。


(醤油とみりんは大事に使わないとね……)


 日本の食材は基本的に落ちものでしか手に入らないと思って良い。計量スプーンを使い、無駄なくしっかり使わなければ。

 お椀にみりんと醤油と砂糖を混ぜ合わせておき、窯に米を5合分用意し、水を流し込む。

 そこへ先程切った具材たちと、お椀の調味料を加え、やさしく混ぜ合わせる。

 仕上げに窯へ加え、竜力充填後、炊き込みご飯モードにしてスイッチオン。


「竜力で動く小さな土釜……?」

「そんなところです。……これで40分ほど待ちます」


 今回は急かしてくるティーガもいないため、じっくり炊き上げる。


「結構時間が空くのでもう一品くらい作りましょう」


 ミヤは木箱からトマトと玉葱を取り出し、新しいボウルの中に入れた。


(さて、トマトは洗ってそのままカット……玉葱は……)

 

 もう一品と言っても、火は使えない。

 竜力を使えば不可能ではないが、万が一の暴発が恐ろしい。


(トマトと玉葱がとても新鮮だし、カットトマトに玉葱の和風ドレッシングにしよう)


 流石に炊き込みご飯だけでは心もとないと、知恵を振り絞った。

 味はいくつかあった方が良い。その方が楽しいし、満足感が増す。

 

(あああ目が痛い……!)


 玉葱はみじん切りと、出来る限りミンチにしたものを用意し、ボウルで酢、醤油、少量のみりんと混ぜ合わせる。

 塩と砂糖で味を調え、酸っぱくもまろやかな風味が出ればドレッシングは完成だ。

 

「味見してみましょうか」

「いいのですか⁉︎」


 プロの料理人の口に合うかはわからないが、感覚で作ったので意見が欲しかった。

 ミヤは大き目にカットしたトマト1片に、小匙1杯分のドレッシングをかけ、リンカとロッゾへ差し出す。


「んー……酸っぱくて美味しいです!

 トマトとこの黒い液体と酢がよく合いますね! とても、奥行きある味……!」

「黒い液体は醤油といいまして、私の故郷では一般的な食材です。

 みりんという故郷の甘いお酒も混ぜています」

「これが、異世界のドレッシング……」


 リンカはとても大きなリアクションで、美味しさを伝えてくれていた。

 忖度やお世辞はなく、本心からの言葉だろうと、彼女の笑顔を見ながらミヤは思った。


「ロッゾさんもよろしければ」

「お気遣いありがとうございます。王の取り分が減りますので、僕は遠慮しておきます」


 しっかりと側近らしい理由だと、ミヤは納得しかけたが――。


「でもロッゾさん、王の言う通りならもしかしたら、少しは()調()()()()()()のでは?」

「……リンカ」


 リンカは食い下がり、ロッゾは黙らせるように威圧感を放った。

 まるで喉元にスッとナイフを突き付けられるかのような、鋭く冷たい威圧だ。

 身動き一つとれなくなる。


(……あぁ、そうだよね)

 

 ミヤは空気で察してしまった。

 ロッゾも、後天的な竜力による病を患っている。


「……申し訳ありません。仕事だというのに」


 そして恐らく、デザリアに酷い憎しみを抱いている。

 恐怖で動けなくなってしまったリンカを介助しつつ、ロッゾは頭を下げた。


「い、いえ……」

 

 ミヤは気の利いた返答ができなかった。何を言ってもどの口がという内容にしかならない。

 ただ、そんなミヤの態度に何を思ったのか、ロッゾは深いため息をついた。


「開き直らせて頂きますと、僕はデザリアから酷い仕打ちを受けたのでとても憎く思っています。

 竜の使いであるミヤ様の事も、まだまだ割り切れておりません。

 厨房係ならともかく、妃候補は反対しています」


 ものすごい開き直りだった。

 一息でロッゾの怒涛の本音が並べたてられた。

 

「そこのマヌケなリンカだとか、厨房係の料理にしか目がない例外以外は皆、複雑な感情と思って頂き結構です」

「マヌケってなんすか! ロッゾ様こそ開き直りすぎです。

 仕事と私怨をごちゃ混ぜにして、アタシ以上のマヌケです!」

「僕としてもびっくりしてるくらいです。ミヤ様の態度にここまで腹が立つとは」


 ミヤは目を見開き、圧倒されてしまう。

 素早く立ち直ったリンカに反論を貰いながらも、ロッゾはミヤから視線を外さない。

 憎悪を押し殺した末、感情が凪いでしまったかような目だ。

 

「ミヤ様が小心者なくせに、変なところで図太いというのは知っていたのに」

「ううっ」


 思わず苦悶の声が零れた。ミヤ自身も自覚している欠点を丁寧に刺してくる。

 状況が大分違うが、案内前のティーガとのやり取りもこんな感じの雰囲気があった。

 この慇懃無礼で毒舌家な態度が、ロッゾの素なのだろう。


「……残るは厨房のみなので、リンカに案内を引き継ぎます。

 僕は頭を冷やしてきます……申し訳ありません」


 仕事の面を被り切れなかった自分を恥じているようだった。

 足早に退出していくロッゾの背を、ミヤはリンカと一緒に見守る事しかできなかった。

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