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1話:新しい日々の始まり

 贄から食事係兼嫁候補になり、1日目の朝。


(良く寝た……こんなにスッキリしたの、いつぶりだろう)


 目覚めてみればとてつもなく快調だ。情報量と貧血で倒れた事が嘘のようだった。

 昨日は気絶から復活した後、看病してくれていたらしいティーガから仕事の説明を受けてすぐ寝たため、相当長い睡眠時間を取ったように思える。


(さて……お仕事だ)


 二度寝の欲が出てくる前に、さっと身支度を整える事にした。

 幸い今日だけは寝坊を許されている。昼までに起きれば良いとの事だった。


(ん……? リボン?)


 支給された厨房係の制服を纏おうとすると、はらりと何かが床に落ちた。

 シルクのような触り心地の、エプロンと同じ紺色のリボンだ。

 これも制服なのだろうかと、ミヤはヘアゴムで纏めた上からリボンを付けた。


(……よし、バッチリ)


 白い制服と、紺色のエプロンとリボン。元の世界でも通じるような、シンプルだが良い感じの組み合わせだ。

 これなら多少前向きに仕事ができそうだと、ミヤは指定された王の仕事部屋に向かった。


「おはようミヤ。顔色良くなったな」

「おはようございます……おかげさまで」


 そこには先客がいた。ティーガと軽い挨拶を交わした後、パチリと目が合う。

 灰色がかった金髪と狐目が特徴的な青年だ。どことなく昨日ティーガが着ていた黒い軽装と似ているが、より城勤めの役人らしい落ち着いたデザインの制服を纏っている。


「今日はまずはロッゾに城を案内してもらえ。

 その後昼飯を頼む」


 ティーガに名を呼ばれ、青年は一歩ミヤの方に歩み寄り、恭しく頭を下げた。


「ティーガ様の側近を勤めておりますロッゾと申します。以後お見知りおきを」

「初めまして……本日はよろしくお願いいたします」

 

 物腰柔らかな態度にミヤはほっとしつつ、会釈を返した。


「部下にも俺にも敬語使うな。俺の嫁になるんだろ」

「まだ候補ですよね⁉︎」

「……候補だろうと一緒だろ?」


 ミヤとしてはまだ半信半疑だったが、ティーガはいたって本気で考えているらしい。

 このままダラダラと押し問答が続きそうになったところで、パンッと、ロッゾが手を鳴らし会話を断ち切った。


「王、お仕事が終わらなければ、冷めた飯を食べるはめになると、覚悟しておいてください」

「何っ⁉︎」

「ではミヤ様、早速参りましょうか」

「は、はい……」


 流石側近と言うべきか、ティーガの扱いが上手い。立場の違いを超えた悪友のような雰囲気もある。

 ロッゾに感謝しつつ、ミヤは後に続いた。


「元々ここはグロシュリウス王国の母体の1つとなった部族が作り上げた城塞です。

 そのため、デザリア王城のような華美なものではありません」


 荒い石畳の廊下を渡りながら、歴史も交えて説明が入っていく。

 確かにこの城は、テーマパークにありそうなデザリア王城に比べたら大分武骨だ。

 だが、内装はとても洗練されている。手入れが行き届いており、居心地が良く、変に緊張しないで済む分ミヤとしてはとても好感を持てた。


(グロシュリウスの歴史も、今後しっかり勉強していかないと)


 様々な部族が寄り集っているのなら、それぞれ大切にしている文化があり、タブーがある。

 今後王城勤めで平和な関係性を築くのなら、勉強は必須だ。


「今回の案内からは省きますが、血なまぐさい場所もございます。

 興味がおありでしたら、また後日ご案内致しますね」

「な、なるほど。大丈夫です」


 特に最初に連れて行かれた倉庫は、贄としてやって来た竜の使いたちを速やかに処刑する際に利用していたらしい。

 悪寒がしてしまったため、ミヤはそこで思い出すのをやめた。


 その後も順調に案内は進む。

 説明に過不足はなく、どんな質問にも的確に答えてくれた。

 メモが取れない事は少し不安だったが、あとでいつでも見返せるよう、地図や説明を纏めた書類を渡してくれるとの事だった。

 

(……うん、大丈夫そう。今後も何とかうまくやれそうかな)


 ロッゾは常に笑顔の仮面を被っているという印象で、正しい感情は全く読み取れている気がしないが、表面上とても優しい。

 

(どんな感情であれ、仕事上の対応が優しければそれでいいよ……

 それだけでも大聖堂とは雲泥の差だよ)


 オルハやその取り巻きたち、事なかれ主義の神官たちの事を思い出して、苦い顔をしてしまった。

 残すは厨房だけとなったが、今は丁度城勤めの者たちへの昼食準備で、激烈に忙しい時間帯らしい。

 そのため、厨房は昼食後という事になった。


「……えっ、じゃあ私はどこで料理すれば?」

「ミヤ様専用の厨房があります。

 ほらあちら【異世界厨房】という表札がありますでしょう」

「はい⁉︎ 異世界厨房⁉︎」


 耳と目を疑った。表札は本当にあった。

 厨房の隣の部屋、その扉の上に【異世界厨房】と確かに表札がある。

  

「恐らく王が即断即決で進めた事だと思いますため、ミヤ様は知らなくて当然です」

(さらっと悪口入った……)


 普段から振り回されているだろうロッゾの苦労が垣間見えた気がした。


「念には念を、という事でしょう。

 厨房係の者たちは問題ないと確認済ですが、厨房を行き来する商人や配達係は違う可能性もあります」


 より多くの者が穏やかに働けるようにと、細やかな心遣いを感じたミヤは、素直に感心していたが――。


「あとは、碌な気配がしませんが、王としてもその方が都合良いと」

「何の都合でしょうか……」

「さぁ……?」


 何となくサボり等の邪な思考も感じ取り、複雑な気持ちになってしまった。


「おお……質素」


 異世界厨房は、少々狭めの部屋だった。

 大体元の世界で住んでいた8畳のワンルームアパートと同じくらいで、ミヤとしては非常に親近感のある広さだ。

 部屋の中央には大きな作業台が存在感を放っている。

 その上には、昨日命を繋いでくれた炊飯器と、お椀をはじめとした異世界の品々がちょこんと載っていた。


「本当に、突然の事でしたので」

(……本当に、すみません)

「ですが、この国でも特に異世界文化に詳しい落ちもの商人の協力を取り付けましたから、徐々に揃っていきますよ」

「あ、ありがとうございます……」


 ミヤの印象としては、落ちもの商人は異世界の品をよくわからないままコレクション品として売るというイメージだったが、文化や用途を正しく理解している商人もいるらしい。

 

(ということは、故郷の食材も手に入るかな?)


 今の在庫は無洗米が50kg分。ティーガの食欲相手でも暫くは持つだろう。

 しかし、お米を出し続けるにしても、おかずや調味料での味変は必要だ。

 

(可能であればコンロとか……レンジとかも……)


 そして、叶うのなら他の調理器具も欲しい。あればあるだけ調理の幅は広がる。

 竜力を使えば疑似的に再現する事はできるかもしれないが、暴発が恐ろしい。竜力を使う上でイメージを助けてくれるようなものが手に入ればとても嬉しい。


(あっ、基本の調理器具や調味料はある)

 

 幸いにも、作業台の引き出しにこの世界で使われる包丁、まな板、ボウルといった基本の調理器具と、砂糖や塩といった調味料は揃っていた。

 

「……あれっ、この醤油だとかみりんは?」

「倉庫の奥から発見されたものです。異世界の文字が書いてありましたのでミヤ様なら使い方がわかるかと」

「助かります。ありがとうございます!」

 

 追加で醤油とみりんが手に入った。例に漏れず贈答品として使われるような良いものだ。

 ロッゾの判断力はとても素晴らしい。

 

「お野菜とかお肉とかって、今日のお昼までに用意できますか?」

「勿論。厨房係が後ほど持ってきますよ」


 ――包丁があり、これだけ調味料もあるのなら。

 

 早速今日のお昼の献立は決まったと、ミヤは気合を入れる。

 

「では今日のお昼は、炊き込みご飯にします」

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