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5話:一方その頃のデザリア

 大聖堂、オルハはいつもより軽い足取りで、祈りの間までの長い廊下を渡っていた。

 ご機嫌な彼女につられて、取り巻きもほんわかとした笑顔を浮かべている。


「目障りな方が1人いなくなっただけで、こんなに清々しい気分になれるなんて」


 クセになってしまう。

 祈って寝て遊んで愛想を振りまいて、そんな退屈な毎日のちょっとした刺激。

 自分は神竜だけではなく、世界から選ばれし特別な存在なのだと実感する。

 贄を他人に押し付ける特権を持って、オルハは栄光の道に転がる邪魔な石ころを蹴り飛ばす。

 竜の使いは貴重な存在という割に、神官たちは誰が何人消えたかなど気にしない。そもそも貴重な存在だというのに数が多い。ざっと数えても200人はいるだろう。

 故にやりたい放題だ。


「全くです!」

「素晴らしい采配でした!」


 取り巻きたちの誉め言葉が、今日は一段と心地よい。


「あの子は、今頃好きな方と一緒になれたかしら」


 今回の贄は、オルハの取り巻きの1人だった。

 大聖堂をこっそり抜け出して遊んでいたところ、街の商人の青年と恋に落ちた。

 地位のないただの商人だが、容姿は整っており、彼女にとても優しかった。

 関係は順風満帆だったが、運悪く彼女は贄に選ばれてしまった。

 そんな悲劇を、オルハは救ってやった。


「きっと今頃結婚式のお話でもしてますよ!」

「本当にオルハ様はお優しい!」

「そんな、お友達の恋は叶ってほしいもの」


 ミヤに贄役を押し付け、彼女が大教会を飛び出していく背を押した。


(実際あの商人の男は、あの子の家の金目当てだったと思うのだけど、どうなるかしらね……)


 ただし、未来の保証はしない。家に連れ戻されようと、娼館に売られようとも知った事ではない。

 むしろ一時的にでも夢を見れたのだから、感謝して欲しいくらいに思っている。

 取り巻きはまだまだいくらでもいる。

 目障りな石ころを除外できるのなら、安いものだ。


(それにしても、あのミヤって女は何だったのかしら)


 3年前、突然竜の使いとして迎え入れられたミヤは、実に平凡な女だった。

 僻地の村で発見されたらしい、世間知らずの臆病者。

 少しいじめてみても、亀のように縮こまって黙るだけ。サンドバッグのように扱ってやろうかと思えば、神官たちから注意が入った。

 口頭で軽く窘められる程度だったが、こんな事は初めてだった。

 誰かをいじめてその現場を見られたとしても、皆見て見ぬふりをしたというのに。


 ――こいつは、特別扱いされている。


 オルハは確信した。

 だが、何故ミヤが特別扱いされるのか、理由がわからない。


(まさか色仕掛け……? いいえ、あんなパッとしない芋女には誰も靡かないでしょう)


 橙色の光が見える茶髪を一括りで纏め、いつも少し寝ぐせがついている。

 その割に肌と歯は綺麗だ。ここに来るまではそれなりに良い生活を送ってきたのだと思われる。

 デザリアではあまり見ない灰色の瞳から、遠い他国の貴族令嬢か、隠し子の可能性もあるかと訝しんだが、その割には社交界のマナーや貴族女性らしい愛想もない。

 掃除やボランティアといった汚れ仕事も平気で行う。


(何なのかしら……)


 強いて言えば真面目さが魅力だとは思う。知らない事が多い分、寝る間も惜しんで勉強に励んでいる。

 ミヤの部屋は、消灯時間がすぎても小さなランプが灯っていた。

 自分が押し付けている仕事も含め、丁寧に淡々とこなしていく様が、勤勉でいじらしく見えるのだろうか。


(……ちゃんと働いているだけで、特別扱いされて良いわけないわ)


 オルハは胸の前で拳を握った。

 自分はミヤよりもずっと、特別な存在だ。デザリア王国の大貴族フルール家の者なのだから。

 王家の側近であり、王家と国の繁栄のために長年尽くして来た名家。

 仕えるのは王のみ。他の誰かの下で甘んじて働くことなどあってはならない。

 その多大なる功績があるから、少しくらいの利権が許される。

 祈りの間に着くと、先にいた他の取り巻き立ちがオルハの元へ集った。


「オルハ様、そろそろ【竜宝祭】も近いですね」

「またオルハ様の舞を拝見できるの、とっても楽しみです!」


 

 あとひと月ほどで、デザリアを守護する結界を張り替える竜宝祭だ。

 竜宝祭はデザリアで一番大規模な祭りであり、市井は屋台と人で賑わい、至る所で宴会が開かれる。

 そのメインイベントである結界の儀式で、オルハは毎年張り替え役である舞手を勤めているのだ。

 他の竜の使い達はいつもの法衣で、祈りの間にいる。表に出るのはオルハだけ。

 オルハは、この祭りの主役といっても過言ではない。

 

「精一杯努めさせていただきます」

 

 結界は、いかなる外敵をも退けて来たデザリア王国の象徴であり、未だ破られた事の無い鉄壁の防壁だ。

 1年に1回張り替える事で劣化を防ぎ、更なる防御力を得る。


(実際は、結界なんて張ってないし原理もわからない。

 舞ってるだけでいいなんて気楽でいいですわ)


 結界の張り替えは、舞ってる内にいつの間にか終わってるという印象だ。

 よくわからないが自分の功績になるし良いかと、オルハは深く考えていなかった。

 無事に儀式を終えると、舞手のオルハには国中の民から賞賛が集まる。結果的にフルール家の地位をより強固なものにするのだ。

 きっと今年も恙なく終わる。いつもの繰り返しだ。

 目障りな物も取り除かれ全てうまく行く。


(……そういえば、あの猫、どこから入って来たのでしょう)


 ミヤを追い出す決定打となった白毛の猫。

 大聖堂は隙間なく積まれた石壁と鉄格子の外壁に囲まれており、どの入口も鍵がいくつも取り付けられた鉄扉だ。

 鳥ならまだしも、猫の侵入は難しいはず。人間にくっついて侵入したとしても、大聖堂はかなりの大所帯で暮らしている中、誰にも見つからなかったのはおかしい。

 それこそ、ミヤの前に突然姿を現したかのような、そんな風にも思える。


(まぁ、いいでしょう。もう外に出されたみたいですし、あの女はいませんし)


 少しもやついたが、オルハは気分を切り替えた。席に着き、胸の前で手を組み、祈りの姿勢を取る。

 今日は居眠りの間に住む祈りの仕事だけ。実に気楽で良い日だ。

 しかし、突如バンッと祈りの間の扉を開ける音が鳴り響く。


「ミヤはいるか⁉︎」


 顔面蒼白の神官たちが、祈りの間にいる竜の使いたちの顔を確認し、更に焦りを深めている。


「ミヤがいない……!」

「私室にもいないとなれば外か?」

「いや、寮にはいなかった」


 何故またあの女の名前が出て来るのか。まだ自分の邪魔をするのか。


「どうされたのですか……?」


 声をかけてみれば、よくいじめを見逃してくれる慣れ慣れしい神官が勢いよく歩み寄って来た。


「あ、あぁ! オルハくん。ミヤ君を見てないかい?

 よく仕事を手伝ってもらっていただろう?

 何でも良いんだ、聞かせてくれないだろうか」

「ミヤさんなら昨日、私のお友達に代わって贄に……」


 異様な勢いに押され、オルハは正直に答えてしまった。

 良くない予感がすると思いながらも、どこかまだ、自分なら許されるだろうという確信があったのだ。


「何だって⁉︎」

「どうする、グロシュリウス国へ向かうか?」

「いやもう殺されている可能性が……」

「そんな……デザリアは、神竜教はどうなる。このままだと結界も……」


 しかし、神官の困惑と焦燥は深まるばかり。

 あの女がいなくなっただけで、何故そこまで取り乱すのか。真面目さ以外取り柄のないみすぼらしい女が。


「結界なら、私がいるではありませんか」


 私ではダメなのか。オルハは物語で皆を救う聖女のように、そう尋ねる。

 一先ず自分が舞えば結界ができるはずだ。神竜教の経営が危ぶまれるような状況だとしても、フルール家の金を使えば、乗り越えらえるはずだ。

 何を恐れているのだろう。

 一瞬、祈りの間が静まり返るが、慣れ慣れしい神官は目を丸くして、わなわなと震えた。作り笑顔が崩れていく。

 彼は深く息を吸いこんだ後、オルハの胸倉を掴む。


「君ではダメに決まってるだろ!」


 そして、渾身の怒声をオルハに浴びせかけた。

 生まれて初めての人の本気の怒りを浴びたオルハは凍り付いてしまった。飛んで来た唾もぬぐえない。


「ミヤは()()()()なんだ!

 ここにいる凡百の竜の使いたち全員が束になっても叶わない程の強大な竜力を持っている!」


 衝撃の事実に、祈りの間が騒然となった。

 

「彼女がいなければ、竜宝祭で結界を張り替える事すらままならない……」

「お飾りのお前が躍っている裏でミヤが祈りを捧げているから、結界は張り替えられるんだ」


 オルハは全く事実を呑み込めずにいた。

 取り巻きもそれ以外も、不安げで軽蔑が混じったような視線を投げて来る。

 他の神官たちもこぞってヒートアップしていく。


(は……? わたくしが、お飾り……?)


 オルハは全身の血がザッと引くような気配を感じる。

 あんなにパッとしない女がどうして、自分寄り特別な役割を持っているのか。


 ――かつての勇者と同じく落とし子だなんて、聞いていない。


 終わらない喧噪の中で、自分の沙汰が決まっていく。

 オルハは何も言えず、ただただ呆然とする事しかできなかった。

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