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4話:勇気を出して

「それでも……」


 腐り果てた国と宗教は、これから滅びゆく事は仕方がないと、どこか腑に落ちている。

 だが、せめて、矛先を少しだけでも逸らして欲しい。

 息を呑み震えるが、ミヤは言葉を紡ぐ。

 

「何の罪もない、一般の人々だけは、どうか……」


 貴族、神官、竜の使いなどではなく、デザリアに住まう普通の国民たち。

 月に二度のボランティア活動でちょっとした会話を交わす程度だが、一人異世界に投げ出されミヤにとっては唯一の救いだった。

 ――お姉ちゃんが作ったスープ、美味しかったよ。

 ――貴方は他の竜の使い様と違って優しいのね。

 ――また来て欲しいな。

 あの時だけは心が安らいだ。泥だらけになりながら労働に精を出し、気持ちを封じ込めず、彼らの屈託ない笑顔に釣られて笑えた。

 ミヤが今ここまで、心を腐らせず生き延びられたのは、彼らのおかげだ。

 エゴだとわかっていながらも、勇気を奮い立たせる。


「刃を収め静観する事もまた強さです……復讐は次の復讐を産むだけです」

「綺麗事だ。民とは国の命。

 国を一切滅ぼすのなら、民も滅ぼす必要がある」

 

 再びミヤの首筋に、牙が突き立てられる。

 今度は容赦なく力が籠り、肉が嫌な音を立てながら抉られていく。血が法衣を汚し、床まで滴り落ちていく。

 そこから火が出ているかのような痛みがミヤを襲うが、悲鳴が出そうになるのをぐっと堪えた。

 

「まだ、止めろと言うか?」


 これが最後の問い。

 自分は今、餓虎王の皿の上なのだと、ミヤは覚悟する。

 生きていたい。だがそれと同じくらい、自分に良くしてくれた人々が辛い目に合うのは耐えられない。


「そ、それでも……! 何の罪もない国民を巻き込むのは間違えてます!

 デザリアの過ちを、グロシュリウスは繰り返さない。それだけでも立派です。

 滅ぼすだけの力があるのなら、剣を抑え、別の道を探す事も可能なはずですから──」


 ミヤは祈りを込めて、声を振り絞った。

 絞り切ったところで、貧血からか頭がぼんやりしてきた気がする。ここまでかと、諦念がちらついてきた。

 事なかれ主義の臆病者が、みっともなく感情に振り回され、平穏無事に生きるチャンスを逃し続けた。

 たとえここで終わりだとしても構わないと、伝え切った。


「そうか」

 

 次の痛みを待つミヤだったが、ティーガの頭が離れていく。


「へ……」

「……仕方ねぇ。考えてやるよ」


 口元の血を拭い去り、ティーガは笑みを浮かべていた。

 ミヤはへたり込みながら、その爽やかな笑顔を見つめる事しかできない。

 あっさり引き下がったかのように見えて、元から彼の理想はミヤと近いものだったのかもしれない。

 この王は優しく、強かった。

 自分も酷く傷つきながら、数多の部族を纏め上げ、苦しみを晴らすために戦ってきた。

 

「あーあ。さっきの威勢はどうした。

 お前、名前は?」

「ミ、ミミ、ミヤです」

「ミミヤ?」

「ミヤです!」

「くくく……おもしれぇ奴」

 

 喉を鳴らし笑うティーガの顔は、王と言うよりはどこにでもいる町の青年のようだった。

 

「あぁだが、戦いを止めるつもりはねぇ。恩赦を考えるだけだ」

「はい……」


 それだけでも充分。そう伝えたかったが、喉が掠れて殆ど言葉にできていなかった。

 ティーガは自分が付けた噛み跡に手をかざし、治癒魔法をかける。

 詠唱の短さ的に簡単なもののようだが、傷は跡形もなく消えていた。ただし、出しただけの血は戻ってこないらしく、貧血の気怠いふわふわ感は残った。


「さて、ミヤには今日から、俺の食事係を任せるわけだが」

「はい?」

「主に俺の食事を3食。

 加えて、ゆくゆく特に病状が酷い市民たちにも定期的に飯を用意してもらう予定だ。

 いいな?」


 ふわふわしている場合ではなかった。

 ちゃんと口を出さなければ、次から次へと勝手に決まっていってしまう。


「既存の厨房とは別に、異世界料理用の厨房を用意させよう。

 厨房係たちとしても良い刺激になるだろうよ」

(だ、大丈夫かな……)


 ぽっと出の新人のために新しい厨房が用意される特別待遇など受けたら、厨房係の人々は嫌な気分にならないだろうか。


「いじめられねぇかって不安か?」

「そっ……れもありますけど、どちらかと言うと、今いる人たちが不快じゃないかなって。

 一応デザリアからの贄が王城で働く事になりますし」


 いじめられる事も勿論不安だが、それはもう異世界で生きる以上多少は仕方ない事だと割り切れている。

 何はともあれ、大聖堂で落とし子である事を隠していたように、慎ましく普通の新人らしく振舞っていた方が良いのではと思案を巡らせていたところだ。


「厨房の奴らは出自とか気にしねぇよ、心配いらねぇ。

 城の奴らも表立って不快感を出すような奴はいないさ。プロだからな」

(……言動には気を付けよう)

「それもお前の人柄や有用性がわかれば問題なくなるだろうよ。

 あ、あと、俺に対して敬語使うなよ。今後一切」

「流石にそれは……他の王城勤めの方も敬語使われないんですか?」

「いや?」

「だ、だったらダメなのでは!?」

 

 流石に王城勤めとなるのなら、立場は弁えるべきだ。

 他の王城勤めの人々が敬語を使うのなら、それに倣うべきだし、自分だけ敬語無しは王城に余計な不和をもたらしかねない。

 いくら堅苦しいのが苦手だとしてもダメだろうとミヤは首を振るが、ティーガは意見を変えない。

 

「問題ない。むしろそうじゃなきゃ困るんだよ」


 本人なりに理由があるらしいが、妙な胸騒ぎがする。

 今の時点で贄から生き延びた後の待遇としては破格だ。ミヤにとってとてつもなく幸運な徴用だ。

 これ以上何があるのか。

 

「お前の役目は食事係兼、俺の嫁候補だ」

 

 さらりと言われすぎて、聞き間違いかと思った。

 ミヤは物凄く怪訝な顔をしていると自覚しながら、ティーガのにこにこ笑顔を見つめる。

 

「な、なんて?」

「拒否権はない」

「いやいやいや嫁って!?」

「これが一番手っ取り早いだろ」

「いやいやいや」


 恐らく非常に合理的な発想からだろうとはミヤにも検討がついた。

 ティーガとしては、利用価値のある落とし子を守るべく王城内での立場を強固にする事と、ミヤをグロシュリウスから逃がさないように囲うためだろう。

 その場だけでもこれだけ思い至れる。


 ――それにしたって私の気持ちは!?


 今のところ全て無視だ。ティーガについては総合して良い人だと思う。優しい王様だとも思う。

 凛々しく整った見た目に、逞しい身体。爽やかな笑顔が眩しい美青年だとも。

 だが、初めて対峙した時の魔王のような出で立ちや、押しつぶされそうな殺気が忘れられない。

 さっきまで、喉を嚙み千切られて殺されかけていたのだ。

 好きよりも、おっかないと思う気持ちがともかく勝る。


「せ、政略的な……」

「俺はミヤの事嫌いじゃないぜ?」

 

 口調は変わらないが、彼の目はまっすぐミヤを見つめている。

 真剣だ。熱がこもった瞳から、嘘ではない事が伝わって来るが、ミヤは混乱するばかり。


(何故……?)


 どこで私の事をそう思うだけの理由があったのか。

 利用価値はあるかもしれないが、泣いて喚いて腰を抜かして、みっともなく命乞いをしていただけなのに。

 

(あぁ……意識が……)


 脳の容量も限界。貧血の怠さも加わり、いよいよ身体に力が入らなくなった。

 床に頭を打ち付ける前に逞しい腕に助けられた感覚がするが、もう動けない。


(よく……わからない人だ……どうかしてる)


 遠のく意識の中で、ミヤはほんの少しだけ悪態を吐いた。

 これからどうなってしまうのか。

 何でもいいから平穏に、大聖堂よりは自由な生活が送れたら嬉しい。

 そう、ぼんやり祈った。

 

 一方その頃、デザリアが大変なことになっているとも知らずに。

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