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6話:餓虎王と神竜の王妃

 グロシュリウスの王城に着いてから、ミヤの希望で異世界厨房へ向かう。

 軽めの雑務を挟む事で、今日起きた事件の数々を一旦リセットしようと考えたのだ。

 第一王子の来客でバタバタして放置されていた食器を片付け、貰っていた魚のアラを下ごしらえした。ティーガはそれを手伝いつつ机を拭き、話す環境を整えた。


「ごめんなさい」

「悪かった」


 対面で座り、2人はまず謝り合う。


「もうとっくに許してます。

 でも、わけわからなくなっちゃって、ぎくしゃくしちゃってごめんなさい」

「いい。そもそも俺が軽率だったんだ」


 2人ともが喧嘩に慣れていなかった。ミヤはそもそも争いを嫌い生まれて初めてに近い正面衝突の喧嘩だった。ティーガは拳と策略で解決できない喧嘩は殆ど初めて。

 拗れが解け、ようやく膠着状態が解けた。


「……遅くなってしまったんですけど、約束の前にご飯を作らせてください」


 作業台の棚から、ミヤは小さな壺と出汁パックを取り出した。

 落ち物の中でも念願だったもので、ダスクが持ってきてくれた時は飛び上がって喜んでしまった。


「これは、私の故郷でとても一般的で……日常を象徴するスープです」


 壺の中身は味噌だ。落ち物の例に漏れず中々の高級品であり、鮮度も申し分ない。

 出汁パックの方も恐らくは贈答品向けのものだ。

 水と出汁パックを入れた鍋を火にかける。沸騰までの間にキャベツとキノコを食べやすいサイズに切っておく。

 残念ながらこの世界には豆腐や油揚げといった味噌汁常連の具材がない。


「どんな具にも合うので、毎日違った具を入れて楽しめるんですよ」


 初めてならと食べやすく馴染み深いキャベツとキノコを選んだ。いつかトマトや卵といった変わり種も作ってみたいと願望を語りつつ、沸騰した鍋で具材を煮込み、味噌を少しずつ溶かし入れていく。


「できました」


 お椀に注ぎ入れ、ティーガの前に置く。

 立ち昇る湯気からは、故郷を強く思い出させる香りがする。

 ティーガはまずその香りを楽しんで、熱さも気にせず大きな1口。味を噛み締め、もう1口を重ねて、あっという間に平らげた。

 

「美味しい」


 いつもの「うまい」ではなく、より敬意を込めて言葉を選んだ。

 ミヤの大切にする文化や思い出に触れられて、更に幸福が乗る。


「良かった」

「毎日でも食べたい。本当に美味しかった」

「……ふふっ」


 ミヤもまた嬉しくなり、思わず笑みを綻ばせた。


「そういう、毎日食べるこのスープに肖った告白の言葉があるんです。

 これから末永く、食卓を共にして欲しいです……」


 最初は恐ろしくあった欲も、今は隣にいる理由の1つとなり、愛おしい。

 苦しく憎らしい物でも、少しでも気楽に付き合っていけるように、自分がいてそうなれば良い。

 貴方の幸福を祈り、横を歩きたい。

 ミヤが祈りを込めてティーガに伝えれば、彼は椅子を立った。

 早足で歩み寄り、ミヤを力強く抱きしめる。


「お仕事は」

「……あとでがんばる。今日くらい許してくれる」

「色々ありましたからね……」

「明日も休みたい。ゆっくり寝ていたい」

「大目玉喰らいますよ?」

「いい。それよりもずっと大事だ」


 自然と唇が重なって、一度だけで離される。

 ティーガの琥珀色の瞳が美しい。少しだけ涙に濡れ、光が揺れている。


「愛している……俺の隣をいるべき場所としてくれて、ありがとう」


 * * *


 デザリアとの戦争は、呆気なくグロシュリウスが勝利した。

 速やかに王族やフルール家を含む戦犯たちは処刑され、グロシュリウスと手を組む事を選んだ第一王子クレインが王位を継いだ。

 戦勝国グロシュリウスはデザリアを属国とせず、対等な友好関係を結び、未来の遺恨を残さない選択をした。

 腐敗に辟易していた良心ある貴族たちや、優秀な商人、一般市民たちと共に復興に尽力しており、ゆっくりとだが確実に平和が戻ってきていた。


 そして、グロシュリウスの華々しい祝勝会の後に、新しい王妃が生まれた。

 ドレスに慣れず躓いてしまったところを王に抱え上げられ、困ったように笑う絵画が市民によって描かれ、幸福の歴史として刻まれていく。

 国中から祝福され、慌ただしく過ごしている内に、いつのまにか日常は戻って来た。


 今日もミヤは異世界厨房に立つ。

 公務用のドレスを脱ぎ、いつもの厨房係の制服を着て、王や側近たちに食事を振舞っている。


「グロシュリウスのカレー……本当美味しい」


 故郷を思い出しつつも、寂しくはない。


「そうか」


 食卓では相変わらずティーガが笑っている。大盛のカレーを満足そうに食べて、午後の仕事に備えている。


 餓虎王の隣には、贄として運ばれて来た落とし子。

 神竜の王妃が笑顔でそこにいた。


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